月日がたつのは早いもの。この間働き始めたばかりとは言わないが、あっという間にここまで来てしまった気がする。

 昔何かの本で、年を取るごとに月日がたつのが早く感じるのが当然だと読んだことがある。たとえば十歳の時には一年が今までの十分の一だが、二十歳のときには今までの二十分の一になる。だから一年の濃さは薄くなるのは当然だと。

 それと関係あるのかは知らないが、とにかくこの一年は色々あったせいかいつのまにか一年の最後の月となっていた。

「ふ、ぅ……」

 その最後の月の最初の大仕事、入学試験の関連の仕事を一通り終えると絵梨子は安堵の息を吐く。

 発表のあと、喜びに沸く少女たちに手続きの書類を渡すのが絵梨子の仕事だったが、思ったよりも疲れる仕事だった。

 歓喜に沸くのは一向に構わないのだが、こちらの話をまともに聞いてくれない受験生も多い上、そもそも一人ひとりに同じことを説明するのはまったく楽しくない作業だった。いくらかは地理条件の関係で郵送になっていたが、これで全員手渡しの学校だったらと思うと寒気すらする。

「んーー。はぁ」

 絵梨子は両手を組んで天に掲げ背伸びをすると、大きく息を吐く。

「つっかれた。……さて、と」

 小さくつぶやくと絵梨子は歩き出す。

 発表場所であった校門の前から裸になった並木道を通り校舎へと足を向け、まっすぐに職員玄関から中へと入っていった。

 平日ということもあり、合格発表の日ではあるが普通に授業が行われており廊下は静まり返っている。

 本来絵梨子はまっすぐに職員室に報告へ向かわなければならないのだが絵梨子はそこではなく階段を上がって一年生の階へと向かっていた。

 授業中ではあるが、それもあと数分。なら、一刻でも早く会いに行きたいと思う今では迷うことですらない。

「……………」

 キーンコーンカーンコーン

 一年三組の教室の前で待つこと数分、時限の終わりを告げるチャイムがなった。すぐにがやがやと学校中がざわつきを見せる中、教室の窓からときなを見つけ出した絵梨子は、軽く手招きをする。

 ときなもすぐにそれに気づき、人波をぬうように絵梨子のところへ来た。

「何か御用ですか?」

「んとね、今入試の合格発表があったんだけど」

「……はい」

 ときなはその話題に際し明らかに心の準備をするかのように身構えるような表情を見せた。

 だが、絵梨子は早く伝えてあげたくそれに気づかなかった。

「受かってたよ、妹さん」

「………………っ」

 まず始めに見せたのは驚き。

 ついで、

「……そう、ですか……」

 一瞬ではあるが明らかに心を沈ませた表情をした。

「あさひな、さん……?」

 今度は絵梨子もそれに気づく。と、同時におめでたいことであるはずの報告になぜこんな顔をするのかという疑問が沸いた。

(そういえば……)

 思い出される数ヶ月前の記憶。

 学校見学の際、妹のことを話題にしたときもなぜか複雑な顔をしていた。

「……どうも、ありがとうございました。失礼します」

「あ………」

 絵梨子が混乱している間に、ときなはそう言って教室に戻るのでもなく廊下を早足に歩いていってしまう。

「朝比奈さん……」

 絵梨子は追いかけたい衝動をいだきつつも、今のときなはそれを望んでいないような気がして寂しそうに背中を見つめることしかできなかった。

 

 

 放課後、一日の授業を終えた絵梨子は意外な話を聞くことになった。

「え? 朝比奈さんが授業出てないんですか?」

「そうなのよ。なんだか無断でサボってるみたい……って、桜坂先生!?

「すみませーん! 失礼します」

 先輩の教師にその話を聞いた絵梨子は、昼に別れたときの絵梨子の様子が頭に浮かんでいてもたっても入られなくなり、その場を後にしていた。

(朝比奈さんっ)

 後悔する。何故あの時に追いかけなかったのかということを。

(妹さんのことで悩んでるなんて秋の時からわかってたじゃない! 昼間も様子がおかしいって思ったでしょ!?

 教師としてはもちろん、それ以前に個人として気にかけるべきだった。いや、気にかけたかったはず。

(どこ、どこにいるの?)

 まずは下駄箱に靴があることを確認した絵梨子はあてもなく校舎をさまよい始める。ときなの教室はもちろん、なぜかよくときなと一緒になることが多かった第二会議室などを回るがどこにもときなの姿はなく絵梨子の心をあせらせる。

 ここで見つからないからといって、ときなに何かが起きるとは限らない。それどころか、自分で解決してしまうかもしれない。

 しかし、少なくても今は苦しんでいる。

 そこに手を差し伸べてあげたい。

「あ………」

 心当たりがあったわけではない。だが、思い返すとときなと何かがある時には【偶然】の力が働いていた気がする。そして、そのたびにときなとの絆を強めることが出来た。

「朝比奈さん!

 特別教室しかない四階、その中腹あたりを歩いていた絵梨子は正面から所在なさげに歩いてくるときなを発見して駆け寄った。

「桜坂先生」

 ときなは別段沈んでいるようには見えず、少なくても正面上はいつも通りに絵梨子に答えた。

「どうしたんですか? そんなに息切らせて」

「え。あ、えと……」

 見つけたのはいいものの、ときながあまりに【普通】なので絵梨子は戸惑ってしまう。

「授業、サボったんだってね」

「……はい。さすがに、先生にはすぐに広まりますよね。まして、私がそういうことすれば」

 自信の表れにも聞こえる言い方だがときなはそれを疎ましがっているように絵梨子には思えた。

「どうして?」

「……私が平気でこういうことする人間なら、あの子は私の後を追おうなんて思わなかったんでしょうね」

「あの子って、妹さん?」

「はい。でも、ダメですね」

「何が?」

「こういうことです。結局私は真面目で優秀で、悪いことなんてできるような人間じゃないんですよ。今だって、すごく後悔してるんですから」

「朝比奈さん……?」

 今まで完全な人間に思っていた。容姿も中身も非の打ち所がなく、どんなことでもつつがなくこなす。一時は少し性格に問題があるようにも思ったが、いじわるだとしても結局は優しく、その上人当たりもよくて、完璧に思っていた。

 そんなときなの弱みを始めてみた気がした。

「……さて、これから職員室に行って担任に謝ってきますね。失礼します」

 しかし、ときなはそれをすぐに隠して絵梨子に頭を下げると絵梨子の横を通り過ぎた。

 いつものように耽美な黒髪を揺らして去っていく。

 いや、行こうとした。

「待って!!

 ときなが手の届くところからいなくなる寸前絵梨子はそう叫んで、ときなの腕をつかんでいた

 

 

/冬2

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