ゆめが何を考えてるかはわかりようがない。
そもそも人の心なんて読めるわけがないし、ましてゆめ。そりゃ、あたしたち二人は誰よりもゆめのことわかってるとは思うけど不可解なことをされることもある。
ゆめが昨日何を怒っていたのか、拗ねていたのか、なんでいきなり約束を破るような真似をしたのか。
それは今は霧の中。
大抵の不満や意見ははっきりといってくるんだから少なくてもゆめにとっては大きなことなのかもしれない。
だけど、疑問があるのなら、ましてそれが親友のことならそれを解くことをためらわない。
だから当然、駅から離れたあたしたちがくるところは
カチャ
まるで自分の部屋に入るかのようにあたしはドアを開けて、部屋の中に踏み込んでいった。
「はーい、ゆめちゃん、元気かなー?」
そんなあたしたちの目に飛び込んできたのは
「っ!」
ベッドの上でビクっと体を震わせるゆめだった。
「……彩音、美咲……?」
ゆめは突然やってきたあたしたちを表情を変えないで迎えて……
「……っ」
何かを思い出したようにベッドにもぐりこんだ。
(……子供か)
まるで小学生のとき大して体調も悪くないのに学校を休んだときのあたしみたいだ。
ここであたしはやっぱり風邪なんて言い訳だったんだなと確信する。
「あら、元気そうね、ゆめ」
美咲もわかったようでずかずかとゆめの心に踏み込んでいってベッドに座りながらゆめを見つめた。
あたしもそれに続いてベッドに座る。
「………………………」
ゆめはベッドから頭だけを出してあたしたちのことを見つめる。その顔色はどう見ても健康そうだ。
「で、どうしたのゆめ?」
「……風邪」
「いや、もうそればれてるから」
「………………風邪」
『はぁ』
二人して意地を張るゆめに困ったようなため息をつく。
ったく、どうしたんだろうねゆめは。
あたしは目をあわせようとしないゆめとは逆にゆめから一切目をそらさずでも、やっぱ困惑しながら首の横をかいた。
美咲もあたしと似たような顔で足を組みながらゆめを見下ろしている。
ここで感じる限りは、ゆめはあたしたちのことを嫌いになってるわけではなさそう。もっとも、ゆめに嫌われるなんて想像もできないけど。
「…………彩音、美咲……」
と、こっちが考え事をしたらゆめはムクリと起き上がって、ベッドに座ってるあたしたちの真ん中に入ってきた。
ゆめは三人でいるとき真ん中を好む。どっちの話も聞けるから仲間はずれにならないってのが理由なんだろうけど。
「……なんで、来たの?」
あらら、こっちの質問には答えてくれないみたい。
「ゆめちゃんが風邪だって言うからお見舞いに来たんじゃないですか」
「ゆめの様子が変だったから来たのよ」
あたしは遠まわしに、美咲はストレートに言葉を投げかける。
「……映画の券、今週まで」
「あのさぁ、ゆめ。映画とあんたが比べる対象になる?」
「そうよ、三人でデートするのが目的でしょ?」
あたしたちは当たり前のようにいった。
(いつもなら、微妙に笑ってうれしい、とかいってくるところだけど……)
ゆめはあたしたちの言葉に反応しないで無表情の仮面を貼り付けたまま何かを考えているようだった。
「で、ゆめはどうしたわけ?」
まっててもなかなか話が進まないなと考えたあたしは横からゆめを覗き込んで素直に問いかけてみる。
「……だって、邪魔」
『は?』
意味のわからない返答に二人して顔をしかめる。
「私か彩音がどっちか邪魔ってこと?」
フルフル。
「んじゃ、あたしたち二人が邪魔とか?」
フルフル。
二つの質問に首を振るゆめ。あたしたちはそれに顔を見合わせてさっぱりと無言の会話を交わす。
「……二人の、邪魔になる」
「はい?」
ゆめの明らかに拗ねた声にまたも顔を見合す。
あたしたちはゆめの異様さについていけないで思わず口を閉ざしているとゆめは顔を伏せながら、なんだかゆめらしくない暗いどんよりとした雰囲気をまとっていく。
「……私がいなくても、いい」
「ゆめ?」
「……二人ともすごく仲いい、だから邪魔になる」
ゆめの声は震えてもいないのに泣きそうにも聞こえた。ゆめにとって、これは勇気のいる言葉だったんだろうし、今も無表情の裏で不安そうなのをあたしたちは感じる。
でも、あたしたちとゆめの意識の差までは敏感に察してなかった。
「あはは、いまさらんなこと気にしてたわけ?」
だから、こんなこともあっさりいえてしまう。
「…………そんなこと、じゃない……」
「ゆめ……」
「……彩音は、美咲が一番好きだし、美咲は彩音が一番好き……だから、私、邪魔」
「そ、そんなことないって、ゆめのこと……、あと美咲もあたしは一番好きだよ」
「……一番が二人なんて、変」
「え、いや……」
つか、比べられるようなことじゃないじゃん。
「えっと、んなことないって、あたしは本当に二人のことが好きだってば」
「……へん」
「ふぅ……」
あたしがゆめの様子に戸惑っていると、美咲がどこかあきれたようにため息をついた。
「じゃあ聞くけど、ゆめは私と彩音、どっちのほうが好きなの?」
「………………」
ゆめがさっきからまとっていた黒い空気が拡散を止める。っていうか、ゆめが一瞬固まった。まるで予想もしてなかったことをいわれたように。
「…………二人とも、一番好き」
って、なんじゃそりゃ。
今さっき、一番が二人なんて変って自分でいったでしょうが!
「あらあら、一番が二人なんて変なんじゃなかったの?」
あたしがゆめの我がまま姫ぶりにあきれていても美咲は容赦なくゆめにつっこむ。
「…………………」
ゆめはしばらく悩んだ後
「……私は、いい」
と、小さくいった。
ゆめのゆめらしいところが極まれりって感じ? あきれるを通り越して可愛いよ。
あたしと美咲は苦笑を隠せない。
「……二人とも、一緒に住んでるし、すごく仲いい。だから、私にかまう必要、ない」
ただゆめは淡々と続けた。
どうも、ゆめは何か自分で勝手にやきもちを妬いてるみたい。昔から自分のわからない話をされるとすぐに不機嫌になってたけど、美咲があたしの部屋に住むようになってそれが膨らんじゃった様子。
そんなゆめをこの時点じゃ、まだそれなりに軽く考えてまだゆめと仲良くなる前にも似たようなこと言われたなと懐かしく思い出す。
ただ、
「………私は、邪魔」
あくまでそう言い張るゆめにやっとゆめが本気で悩んでたんだって気づいた。
ゆめを見る目が変わる。
色々思い浮かぶことはあったけど、まぁ最初に思い浮かぶのは……悲しい、かな。
そりゃゆめにだって言いたいことはあるだろうし、ゆめの立場からすれば確かにさびしかったのかもしれないよ? もともと寂しがり屋なところもあるし。
だけど、どんなに深く悩んでたとしてもあたしたちからしたら理解できないことなのかもしれないけど、こんなこと言われるなんて悲しいよね。
あたしたちの気持ちを信じてもらえてないってことだから、ううん、信じてるから逆になのかな。ま、理由なんていいや。
今しなきゃいけないのは。
コン。
あたしはゆめの頭を軽く小突いた。
「……痛い」
「ゆめ、ふざけてんの?」
「……??」
あたしの本気がこもった声にゆめは瞳に不安を宿らせながらあたしを見てくる。
「あたしたちがゆめのこと邪魔だと思ってるって思うわけ?」
「……そんなこと、ない。……でも」
「でも、じゃないの。そんなことないんでしょ? あたしたちがゆめのこと好きだってわかってるでしょ? なら、それを信じてよ。それを信じてもらえなかったら、あたしたちがいくらゆめのことを大切に思ってても意味ないじゃん。あたしはゆめのこと世界で一番好き。美咲のことも一番好きなのは認めるけど、そんなの比べられない、本気で二人とも世界で一番好きなの。わかった!?」
あたしのこっちが恥ずかしくなる告白にゆめは顔を背けた。それを見て、あたしの言葉が届いているなと確信する。反論できるなら真正面から反論してくるんだから。
もう一押しだ。
「そうよ、ゆめ」
そして、その一押しをしてくれる相手はすぐそこにいる。
「ゆめは確かに寂しいかもしれない。けど、厳しいこというけどそんなの程度の問題で私も一緒。私だって、もし彩音がゆめと一緒に住んたりしたらヤキモチ妬くわ。大体そうじゃなくても、彩音はゆめのこと優先してる気がするし、ゆめはいつも私たちのこと呼ぶ時彩音を先に呼ぶから私は彩音の次なのかなって不安に思ったり、ゆめと彩音が二人であったりなんかすれば当然それを寂しく思うし、私がいなくても楽しいのなら私がいなくてもいいの? って寂しくなったりするわよ。彩音だってそんな感じなんだから、そんなこと気にしたってしょうがないのよ」
「…………………」
ゆめは左右から今の自分には耳に痛いことを言われて完全にうつむいてしまった。
今あたしたちが言ったようなこと、本当は最初からわかっていたはず。
わかってたけど、それでも今まで言えてなかった不満や不安があたしと美咲が一緒に住むようになったっていう出来事に心が耐え切れなくて爆発させるしかなかったんだと思う。
そして、それは美咲と一緒に住んでるあたしにはわからなかった。
「………………だけど、……でも……けど……」
お姫様の氷はまだ解けない。反論も満足にできずに続きのない言葉を繰り返してくる。
「ゆめ、確かにさ、ゆめがいなくても、美咲と二人だけでも楽しいよ? それは認める。でもね、あたしが一番好きなのはこうして三人で集まれることなの。ゆめだってそうでしょ?」
「………………」
「そうよ、それにねゆめ。ゆめと知り合ってないころだったらゆめがいなくてもそれが普通だった、でも今はゆめがいることが普通なのよ? 三人でいる楽しさも嬉しさも知ってる。もう私たちはゆめがいないのなんて耐えられないの」
「………………」
「だからさ、ゆめ。自分が邪魔だなんて思わないでよ。っていうか、今度そんなこと言ったら本気で怒るから」
「…………………………………………ぅん」
長い沈黙の後、小さくうなづくゆめにあたしたちは胸を撫で下ろすというか、若干疲労を感じながらも笑顔になった。
ったく、うい奴め。
「……ごめん、なさい」
「ゆめ、違うでしょ?」
自分のおろかさに声を震わせ泣きそうなゆめに美咲は遠慮なく浴びせかける。
「……うん」
ゆめはその意味をすばやく察するとあたしたちに見せるわけでもなく、あたしたちへと涙を流して
「……ありがとう」
満面の笑顔でそうつげた。