トントンって軽快にまな板が包丁を叩く音。ぐつぐつとお鍋が煮える音。
それは、普通の小学生なら御飯前ののんびりとした時間をくれるものかもしれない。けど、私のところじゃ違う。
その音をだしているのは私たちだから。
って、偉そうなこと言うけど実は紗奈お姉ちゃんが料理を作るのを少し手伝うくらい。
いつも手伝うわけじゃないけど、たまにこうしてお手伝いもする。今日は、手伝いしたい気分なの。
べ、別に、さっきのことが関係してるわけじゃないからね。
「あ、悠里。次はそれね」
「うん」
「包丁、気をつけてね」
「はーい」
手伝うのは野菜を切ることくらいで、細かいことはほとんどお姉ちゃんがやっちゃう。私が一人でできるのは本当に簡単なお料理くらい。味付けなんかも全然できないし。
「つっ!!」
私がにんじんを切ってたら、お姉ちゃんがするどい声を上げた。
「お姉ちゃん? 大丈夫?」
見ると、お姉ちゃんが指を押さえていた。指の先には赤い血が少したれていた。
「っ〜〜」
「気をつけなきゃだめだよ」
お姉ちゃんは料理はできるけど、たまにこうやって指を切っちゃったりする。そんなに深く切っちゃったことは一回もないけど、妹の身としてはこんなドジをされると心配になっちゃう。
「悠里」
お姉ちゃんが私に向かって指を差し出してくる。
「もぅ、しょうがないなぁ」
ちょっと呆れながら私はお姉ちゃんに近づくと、お姉ちゃんの手をつかんで指を口に含んだ。
「はむ……ちゅぅ…。ペロ」
お姉ちゃんの指の先を優しく吸って、舐めて、お姉ちゃんの指を消毒する。
ちょっと甘くて、しょっぱくて、不思議な味。
こんなのもしかしたら変なことなのかもしれないけど、小さいころ私が怪我したりするお姉ちゃんがこうして慰めてくれたことがあって、それ以来ずっと今でもお姉ちゃんが怪我するとこうしてあげるのが普通だった。
「ん、……ちゅ…」
「ふふ、悠里」
こうしてると、お姉ちゃんが私の頭を優しく撫でてくれる。甘えたいわけじゃないけどこうしてもらうのも嫌いじゃないから、ちょっと嬉しいの。
「ん、はぁ……」
最後に口の中に溜めたつばをお姉ちゃんに指の先につけて、口を離した。
「ふふ、ありがと、悠里。ん……」
私がしてあげた後なのにお姉ちゃんはいつも自分で咥える。お姉ちゃんにするのは私にとっては当たり前だけど、こうするんなら自分でするだけでいいのに。
「……おいし」
それに、指を舐めるのはなれちゃってるからいいけど、こんなこと言われるのは恥ずかしい。
「ありがと、悠里。もうこっちは大丈夫だから、お風呂やってきて。そろそろ美奈が帰ってくる頃だし」
「あ、うん」
そんな恥ずかしいっていう気持ちもあって、言われるままにお風呂に向っていった。
栓をして、蛇口からお湯を注ぐ。
しばらく、お湯の温度の調整をしながら私はさっきの、っていうか、紗奈お姉ちゃんのことを考える。
お姉ちゃんの【消毒】をするのはいやじゃないけど、最近ちょっと思うことがある。
お姉ちゃんって別にドジじゃない。それに、あんな風に包丁で指を切ったりするのって考えてみると私が手伝いをしてるときだけな気がする。
それに、今日はちゃんと血の味がしたけどたまにお姉ちゃんが痛いっていっても全然血の味がしないこともあるけど……
(っ、ううん)
お姉ちゃんが嘘つくわけないよね。大体そんなことしても意味ないんだし。
疑ったりなんかしたらお姉ちゃんに悪いもんね。
「よし」
適度な温度がちゃんと出てるなって確認した私は一言頷くと、立ち上がってお風呂から出て行って、
「ただいまー」
丁度、美奈お姉ちゃんが帰ってきた声が聞こえた。
「お帰りなさい、美奈お姉ちゃん」
とっとっとって玄関に向っていって美奈お姉ちゃんを出迎えに行った。
「悠里ちゃん! ただいまー」
「わっ」
美奈お姉ちゃんは帰ってくるなり、私にぎゅーって抱きついてきた。
(あ、胸当たってる……)
セーラー服の上からでもはっきりわかるくらいやっぱり、お姉ちゃんのって大きい。
(今もあんなブラジャーしてるのかな……)
って違うよ! そんなこと考えてどうするの。昼間のことがあるせいでちょっと意識しちゃうけど、そんなことしちゃだめ。
「ん、悠里ちゃんどうかした?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「そ。あ、お風呂沸いてる?」
「うん、今汲んでるところだから、準備してるくらいにいっぱいになると思うよ」
「ありがと、さっすが悠里ちゃん。んじゃ、着替えとってくる」
「うん、いってらっしゃい」
お姉ちゃんは部活動で疲れて帰ってくることが多いから、帰ってくると先にお風呂に入る。今日も、いつもと同じような会話をして美奈お姉ちゃんは自分の部屋に上がっていった。
「美奈は今日もやかましいわね」
紗奈お姉ちゃんの様子を見に台所に戻ってくるとちょっと呆れたように言ってきた。
「ん?」
「な、なぁに?」
紗奈お姉ちゃんはお鍋の火を止めると、私に近づいてきてクンクンと匂いをかきはじめた。
(や、やだ、何か変なにおいするのかな……?)
って、不安に思ったけど、
「ちょっと、汗の匂いがするけど、また美奈に無理矢理抱かれたの?」
「え、えっと、べ、別に無理矢理じゃないよ」
「まったく、汗かいてきてるんだから少しは自覚しなさいよね。美奈は」
紗奈お姉ちゃんはちょっと怒ってるみたいだけど、私はあんまり。そりゃ、汗の匂いがしたらやだけど、美奈お姉ちゃんは一生懸命頑張ってきてるんだからそのくらい許してあげないと。
ガララ、
その後もちょっと紗奈お姉ちゃんが美奈お姉ちゃんの悪口を言ってたけど、少しすると脱衣所のドアが開いた音がして、あれ? 閉じる音はしなくて変わりにこっちに足音が向ってきた。
「悠里ちゃん、お風呂はいろー」
「え?」
台所にやってきた美奈お姉ちゃんは急にそんなことを誘ってきた。
「だめ」
「……なんで姉さんが断るわけー」
「悠里の気持ちを代弁してあげただけよ」
「悠里ちゃんはそんなこと言わない。ねっ、悠里ちゃん」
「え、えっと……」
「ほら、あたし帰ってくるのにちょっと汗かいちゃってたから悠里ちゃんにもにおいうつっちゃったかもしんないし、お風呂入ったほうがいいよ」
「……最初から、理由つけようとしてただけのくせに」
「姉さんが何言いたいのか知んないけど、姉として妹を可愛がるのは当然じゃない。ほら、悠里ちゃんいこ」
美奈お姉ちゃんはそういって私の手を引っ張っていこうとした。
「あ、ま、まって美奈お姉ちゃん」
美奈お姉ちゃんとお風呂入るのが嫌じゃないけど、やっぱり恥ずかしい。それに、お風呂に入るって言うと一つ問題がった。
「ん? どしたの悠里ちゃん」
「美奈となんかお風呂入りたくないって」
「ち、違うよ。えっと、着替えないから……」
「大丈夫、一緒に持ってきてあげたから」
「あ、そう、なんだ」
「ほら、じゃ、いこ悠里ちゃん」
「あ、う、うん」
やっぱりちょっと恥ずかしい、けど、断っちゃ悪いよね。それに、いえないけど、昼間のことがあるから美奈お姉ちゃんに応えたいっていう気持ちもあるし。
そんなちょっと悩んでいる合間に私は美奈お姉ちゃんにお風呂へ引っ張られていっちゃった。