その日も玲菜は香里奈と共に下校をし、寄り道も香里奈の家に寄ることもなく帰宅路が別になるところで簡単な別れの会話をする。
「じゃあ、ぶちょーまた明日ねー」
「あぁ、また明日な。気を付けて帰れよ」
「はーい」
元気よく返事をする香里奈を見送り玲菜もまっすぐに家へと帰っていく。
学校でこそ同じ時間を過ごすことは多いし、放課後も一緒になることは多いが普段別れた後に連絡を取り合うことは少ない。
だからこの日も玲菜は今日はもう香里奈と話すこともないだろうと家に戻り、夕飯をこしらえ結月と共に夕食を取り、片づけを行う。
一通り終えた玲菜は風呂に入るか、部屋で本を読もうかと考えながら部屋に戻ると。
ブーブーブー
携帯が鳴っていることに気づく。
「む……」
珍しいなと思うが、自分に対し喫緊の連絡が来るとは考えられずのんびりとした足取りで机の上で充電中の携帯を手に取ると
「タイミングの悪いことだ」
ちょうど電話が切れてしまい、玲菜は誰からかくらいは確認しようと履歴を開くと
「……む」
ふと目を奪われる。
(香里奈、から、か)
それが珍しいということではなく、複数件かかってきていることに疑問を抱いてかけなおそうとすると
「っ……はい」
手の中で振動する携帯の通話ボタンを押してそう答えた。
「ぶちょー」
「香里奈か、すまないな。夕食の片づけをしていたもので気づかなかった。何か用だろうか」
「あの……あのね……」
(?)
香里奈の声に焦りのようなものを感じて玲菜は何かあったのだろうと察する。
(まさか………)
一瞬最悪の展開を想像した。
「お姉ちゃんが……帰ってこないの」
「っ!?」
最悪の想像とは違うが、それでも悪い部類の想定らしい。
「……お仕事、行ってるんだけど……夕方には帰ってくるって言っていたのにまだ帰ってこないの」
「連絡も、ない……のか?」
「……うん」
玲菜は思考を巡らせる。
理性を優先させるのなら今はまだそこまで心配する事態ではないかもしれない。
これが深夜の話であれば事態は切迫するかもしれないが今はまだ何かあったということとは断定できない。仕事に行ったということがあれば状況によっては連絡もできないこともあるだろう。
その可能性が一番高い。
だから、ここは心配するなと答えることが正着なのかもしれない。
(……が)
玲菜はそこに逆説の接続詞を繋げ、
「………今から行く、私が行くまで心配せずに待っていろ」
香里奈に有無を言わせずにそう伝えたのだった。
「ぶちょー……」
香里奈の家を訪れた玲菜が目にしたのはリビングのソファの上でその体躯に似合わず小動物のように憔悴した香里奈の姿だった。
「まだ、連絡はないのか?」
「……うん。いつもなら遅くなる時は絶対に連絡くれるのに………」
「そうか」
今はまだ玲菜も何を言うべきか迷って短く答えた。
確かにあの姉が妹に連絡もよこさないということはまずありえないだろう。だが、ここに来る前に思ったように仕事をしているということを考えれば仕方のない場面もあるはずだ。
「………ところで、夕飯は取ったのか?」
その程度のこと香里奈もわかっていないはずはなく、玲菜はあえて日常的な会話を持ち出した。
ううん、と小さく首を振る香里奈。
「なら、とりあえず一緒に作ろう。お前も手伝ってくれ」
「でも……」
「姉が心配なのはわかる。しかし、何もせずに待っていたとしても帰りが早まるわけではないだろう」
「……それは、わかってる……けど」
「それに、帰ってきた時においしいものを食べてもらいたいだろう」
動機を姉へと持っていくとようやく香里奈はうんと頷き、二人で夕食に取り掛かっていった。
(………こんな時に想うことではないが)
二人で作った夕食を香里奈に食べさせながら玲菜は自分の中の疑問を確信に変えていた。
「? どうしたの? ぶちょー」
「……いや、何でもない」
そう言いながらも玲菜は香里奈のことを意味深げに見つめる。
(子供として振る舞っているのだろうな)
香里奈の本当の姿が普段周りに見せているようなものであれば、今頃泣いてしまっていてもいいだろう。だが、香里奈は理性を優先させて行動しているように見える。
玲菜にわがままを言うこともなく、すべきことをする。それは香里奈が甘えるだけの妹ではない証拠だろう。
「? ぶちょー」
自分を見つめたままの玲菜を不思議に思い香里奈は再び玲菜のことを見つめ返す。
「……なんでもないさ」
「むぅ。さっきからぶちょー、そればっかり」
「ふふ、確かにな。そうだな、なぜ私を呼んだのか気になってな」
「そ、それは……その」
その予想外というほどのことではない質問に香里奈はかぁっと頬を染めた。
「おねぇちゃんと、連絡つかなくて……寂しくて……少し、怖くなっちゃって……そしたら、ぶちょーのことが頭に浮かんで………」
「……そうか」
「迷惑、だった?」
短く答えた玲菜に香里奈は不安そうな顔で聞いた。
「いや、光栄だよ。私を選んでくれてな」
意外なほど香里奈からの好意を素直に受け止めている自分がいる。
「よかったぁ。ぶちょーが来てくれた時すごく嬉しかったよ」
安心しきった笑顔。なんと評すればいいのだろうか。
(母性をくすぐられるという感じか)
その感情に素直になって玲菜は気づけば香里奈の頭を優しく撫でるのだった。