その日玲菜が帰宅すると最近は会うことの多くなった、しかし意外な人物が家の前で待ち構えていた。
「こんにちは、玲菜ちゃん」
その人、可愛く思っている後輩の姉茉利奈は整った顔に笑顔を浮かべ玲菜に挨拶をする。玲菜もこんにちはと返しながら距離を詰めると、茉利奈の視線がいつものと異なっていることに気づく。
「何か、用だろうか?」
「あら? 用がなくちゃ会いに来ちゃいけないの?」
一言会話を交わしただけでも茉利奈の様子が通常でないことはわかる。少しはしゃいでいるようなそんな心地を玲菜は受ける。
「いや、そんなことはないが」
「そう。よかった」
「だが、何か用があるから来たのではないのか?」
「そうだけど、用がなきゃ話したくないなんて言われたらどうしようかと思ってたから」
「さすがにそんなことを言うはずないだろう。それに貴女のことは嫌いじゃない。いや、むしろ貴女といるのは好きな方だと思っている」
「……あっさりとそういうことを言えちゃうのはすごいねぇ」
「? 何がだ?」
感心したような呆れているような茉利奈に玲菜は首をかしげるしかない。
「………浮気はしないだろうけど、こいうところはちょっと心配かも」
「何の話だ?」
「あぁぁ、いいのいいの、こっちの話。それで本題だけど、おねーさんとデートしない?」
「あぁ、かまわないが」
「っ……ここは少し照れるなりしてくれるとおねえさんとしては余裕ができるんだけどなぁ」
苦笑する茉利奈だが、それが玲菜らしくまたこういう人間だからという魅力を感じている。
「何を言っている? 貴女のことは信頼している今更妙な想像などしないさ」
「…………ほんと、こういうところが心配」
茉利奈は若干の笑みをこぼしながらそう言い、玲菜はその理由もデートの意味も理解しないまま茉利奈との初めてのデートに連れて行かれるのだった。
デートと言われても玲菜はそれが本気とは思っておらず、喫茶店でも訪れて香里奈について話しをする程度のことだと考えていた。
しかし、茉利奈の車に乗せられてかれこれ三十分ほど走っている。
「どこに向かうんだ?」
「んー、ちょっとね」
「ふむ?」
まだ出会って数か月の間柄の相手ではあるが、デートに向かう前にも言ったように玲菜は茉利奈のことを信用している。疑問は持てど不安に思うことはなく窓の外を眺めていると気づけばあまり人気のない田舎道に来ていた。
「……ついた」
と、ほとんど何もない交差点の脇に車を止める。
「? ここに来たかったのか?」
そこは本当にただの交差点で周りに人家もなければ、店もない。車用の信号と歩行者用の信号が一つずつあるただの田舎の交差点。
「……そ。貴女を連れておきたかった」
「話が見えないが?」
「でしょうね」
車から降りた茉利奈は皮肉めいた笑いをこぼし、道のわきに歩いていった。
「……あ、花を持ってくるの忘れちゃった」
何もない場所でどこか寂しそうにつぶやく茉利奈に玲菜はある可能性に思い至る。
(事故、と言っていたか)
それは香里奈の両親の死因。
その事実と、目の前で寂寥を見せる相手の様子を思えば答えは一つしかない。
「……………原因を聞いてもいいだろうか」
どんな反応をすることが正解なのかはわからないが、それをはっきりさせるためにも玲菜は茉利奈との距離をつめ問いかけた。
すると茉利奈は寂しそうに答える。
「対向車線からトラックにぶつかられて正面衝突。ここまで弾き飛ばされて、車はぐしゃぐしゃでほとんど即死だったって」
「……そう、か」
それだけを聞いたところで玲菜は茉利奈の横に立つと手を合わせ、冥福を祈る。
「相手も……死んじゃって、恨む相手もいないの」
「………辛いな」
恨むというとあまりいい感情ではないかもしれないが、それが心の安寧になる場合もある。玲菜自身両親を恨むことで心を守ってきた部分もあり、実感のこもった言葉に茉利奈はえぇ、と小さく頷く。
「……………」
秋口の涼やかな風が二人の間を駆け抜ける。茉利奈の心は今この風のように乾いてしまっているのかもしれないと思うものの、玲菜はその感情だけに流されずに茉利奈が切り出せないことを切り出した。
「それで、なぜ私をここに連れてきたんだ?」
玲菜の側から切り出すことではないかもしれないが、その一歩を玲菜が踏み込まなければ茉利奈が立ち止ってしまいそうでもあり玲菜はそう言った。
「……そうね。同情を引きたかったの」
「……?」
予想外すぎる答えに玲菜はさすがに顔をしかめた。
「どういう意味、だろうか?」
「……こういうところを見せられたら私たちのこと可哀そうって思うでしょう?」
「……………」
言い方はともかく否定はできない。そういった感情がないとは言えない。
「なんて、冗談でもないけど冗談。本当はただ貴女に見てもらいたいって思っただけ」
「?」
「貴女、香里奈ちゃんのことどう思ってる?」
「いきなり、話が飛んだな」
「……変わってないつもりだよ。私の中では」
そうとは思えないが茉利奈が嘘を言っているようには見えず玲菜は真摯に答えなくてはならないということを感じる。
「どう、と言われてどう応えればいいかはわからないが、好意的には思っているよ。放っておけないとも思う。貴女の前で言うのも図々しいかもしれないが、守ってやりたいともな」
「なるほど。それは、なぜかしら? 親がいないっていう共感? それとも同情?」
「…………はっきりとはわからない」
自分の気持ちは自分が一番わかっているようでわかっていない。想いが先にあればどんな理由も後付けになってしまう気がしている。
「ただ……香里奈が悲しんでいる姿を見たくないとは思う。この前、貴女が帰らなかったときのようなことはもう見たくはないな」
玲菜は自分の気持ちを確認するかのように話していく。
茉利奈はそんな玲菜を見定めるかのように見つめる。
「……………そう」
どれだけ見つめたところで玲菜の心が透けて見えるわけではない。しかし、茉利奈は玲菜の反応が自分の期待と外れたものでないことを確信する。
「単刀直入に聞くわ」
だから、茉利奈は前に進むことを決意し
「香里奈のことが、好き?」
姉として妹の想い人へと命題を突きつけた。