「それじゃ、またね」
「……あぁ。また」
デートの終わり。家の門の前で玲菜は茉利奈と短な挨拶をして車を降りる。そのまま振り返らずに門をくぐると車が出る音がして、少し安心した心地になり家へと入って行った。
すぐ夕飯の時間でまとまらない頭のまま食事を取り、風呂に入り、気づけば就寝前となってしまう。
「………………好き、か」
机に片肘を付く玲菜は難しい問いだと思う。
はっきりと茉利奈は口にしなかったが好きというのは先輩としてでも、友人としてでも、保護者としてでもない。
香里奈という一人の人間を好きかということだ。もっと言えば愛しているかということだろう。
それを理解した上で茉利奈の気持ちもある程度は理解する。
茉利奈は姉としての役目を果たしたいのだろう。可愛い妹を自分の手元に置いておきたいと願いながら、いつかそこから飛びだってくれる日を待っている。だが、それはおそらくあの二人だけでは解決できない問題だ。
二人でいる以上は二人で甘えあう。居心地のいい今を変えるよりも、多少の不安を抱えようともそのままでいることを望むのは誰でも同じだろう。
玲菜が結月との関係や、自分のしていることを変えられないように。
(私は期待をされている、ということか)
それを確信し思考を深めていく。
確かに香里奈のことを好意的に思っている。それが茉利奈の言うように親を失った相手への共感なのか、はたまた同情なのかは自分でもはっきりしていない。
守りたいという気持ちもあるがそれも過去の自分を慰めるためにも思えている。
結局のところは自分の気持ちすらはっきりしていない。そんな中途半端な状態で相手に応える資格などあるのだろうか。
こうした思考をめぐらせたとき、玲菜のパターンは決まっている。
(……あるはずがないよな)
自分の価値を見いだせない玲菜は決まってそれを思ってしまう。
(そもそも私などのことを好きになる酔狂な人間などいないだろうさ)
呪縛のようにそれを思ってしまう。
「………くそ」
それが自分にとっていいことではないという自覚はあっても、今更やめられることなどできず衝動的に玲菜は机の引き出しに手をかけようとしてあることに気づく。
(そう、いえば………)
パジャマの袖を捲り右の手首を見つめる。
「………………」
そこにある【痕】を見つめる玲菜は
「…………」
なぜか香里奈の無邪気な笑顔を思い出していた。
「お姉ちゃん今日どこ行ってたの?」
デートから戻ってきた姉と夕食をとりながら香里奈は団欒の時間の中で姉に何気なく問いかける。
それはただの好奇心でしかなかったが
「ん? 玲菜ちゃんとデートしてきた」
虎の尾を踏んでしまったかのような答えが返ってきて香里奈は一瞬固まる。
「え……?」
思いもしなかった答えに香里奈は手にしたお茶碗を落とさずにいることが精いっぱいだ。
そんな呆然自失とする妹を見て、姉のいたずら心が芽生えてしまう。
「実は私もあの子のこといいなって思ってるの。香里奈ちゃんはこの前好きじゃないって言ってたよね。それなら私が付き合っちゃっても何の問題もないよね?」
唇の端を歪めながら軽い気持ちで妹をからかう。すぐに冗談だと訂正するつもりの茉利奈だったが
「だ、駄目!」
いつぞやに玲菜のために作ったというお弁当をつまみ食いしようとしたときのように大きな声で香里奈は強い言葉を口にした。
「だ、だって……お姉ちゃんに本気になられたら絶対に敵わないもん」
「…………」
「ぶちょーだって絶対私なんかよりもお姉ちゃんの方がいいっていうもん」
「ふふ、好きじゃないんならそれでもかまわないんじゃない? あの子のことを好きじゃないのならあの子が誰と付き合おうと香里奈ちゃんには関係ないことだよね」
自分はおそらく損な性格をしているということを自覚しながら茉利奈は香里奈を挑発する。
「っ………だめ、だもん」
少しの涙と、心を絞り出すかのような声。
「それが香里奈ちゃんの気持ちでしょ」
香里奈の気持ちを改めて知った茉利奈は満足げに、わずかに寂しさを混ぜて笑う。
「香里奈ちゃん。確かにあの子は変わってるわ。普通でもないかもしれないし、子供にだって思われてるかもしれない。けど、香里奈ちゃんがあの子を誰にもとられたくないっていう気持ちがあるなら、それは伝えなきゃいけない気持ちよ」
「……………」
「想いは自分の中に閉じ込めていてたら心が腐っていく。結果に限らず吐き出さないといけない時はあるのよ」
「………………………」
「大丈夫、駄目だったときは私が慰めてあげるから」
「……それ、大丈夫じゃないよぉ」
軽口で返す香里奈に、茉利奈は自分のすべきことは終わったという確かな寂しさを感じつつも、どこか清々しい気分になって妹の成長を喜んでいた。