夕暮れ。
一日の終わりを表すかのように世界が黄昏に染まっていく。
昼間の強い日差しはすでに陰りを見せ、教室の中を鈍い光で照らしている。
(……沙羅。まだ、かな)
その中で望は一人教室の中央の席で沙羅のことを待っていた。
もはやそれが通常の状態であるかと思われんばかりに望の顔は暗いまま。自分では平静を装っているつもりであるのだろうが、意識をしていなければつい下を向いてしまうし、
「……はぁ」
無意識にため息もついてしまう。
それはある意味では沙羅と友達になる前だったころに似ているかもしれない。一人でいるわけではないが、どことなく周りから孤立してしまっているような感じ。
そして、自分の抱えていることを誰にも話せずすべて一人で背負い込んでしまうところも。
「……………」
望はほとんど思考を働かせることなく、ぼーっと時計を見つめた。
もうそろそろ戸締りの時間だ。
(……また、なのかな?)
戸締りは基本的に教師がすることになっている。もう数分もすればやってきて鍵を閉めるから出て行けといわれるだろう。
それを待っているのかもしれない。
(んっ……)
望は自分で自分を抱きしめるとぶるるっと身震いをする。
そんなのは、嫌、だ。
そんなのは、怖い。
(……でも、そうじゃないと。沙羅は……)
自分の前から消えてしまう。もう友達でいられなくなってしまう。一緒にいられなくなってしまう。
それが自分でどの程度本気で思っているのか、思い込んでいるのか、それは自分で理解していない。
ただ、望自身でも気づかぬ思いにそうさせられていた。
コンコン
「っ!!?」
また無意識にうつむいていた望の耳にノックの音が聞こえた。それに必要以上に驚いて音のほうを振り向いた望は
「あ……」
「なにしてるのかしら?」
戸締りに来たのであろう教師を目にして拍子抜けしたような声をだした。
「あ、え、っと……人を待って、て」
「そう? でも、悪いけどもう閉めなきゃいけない時間だから。出て行ってもらえない」
「は、はい」
沙羅にここで待っているように言われたのだが、戸締りをするといわれれば言うことを聞かないわけにはいかず望は言われるままに教室を出て行った。
(やっぱり、いない)
教室を出て、周りの廊下を見渡しても沙羅の姿はなく
(どうしたんだろう……?)
と、さんざん待ちぼうけをくらいながらもそう思うのだった。
翌日、望はのこのこと沙羅に会いに行ってしまっていた。
「どうしたの? 望」
朝から機会を探って、沙羅の教室に玲がいないこと時間をやっと見つけ沙羅の机の前へとやってきていた。
「あ、う、うん」
二人のあまりに歪な時間。
友達でいてという契約を沙羅は実行してくれていて、こんな風に人目のある場所では友達に見えるように振舞っている。ただの友達であるかのように。
「あの、ね……昨日のこと、何だけど……」
何か理由があったのか、もしかしたら沙羅に何かあったんじゃないかとすら考えていた望はどう切り出すべきか、しどろもどろになりながら体の前で手をもじもじとさせた。
「昨日? 何か、あったかしら?」
だが、沙羅はあっけらかんとそう答えた。
「え?」
沙羅が昨日教室で待っていてといった間違いないという記憶はあるが、それが揺らいでしまいそうなほど沙羅は何のことだかわからないといった様子だった。
「あの……」
昨日沙羅が来なかったこともあり、もしかしたら自分の聞き間違いだったのではという不安が沸いてしまった望はそれ以上続けられず、所在なさげに視線を散らした。
「ご、ごめんなさい。やっぱり、なんでもない」
そんな自分を沙羅がいつもとはまた違った冷めた瞳で見つめていることにも気づかずに望は勝手に昨日のことは自分の勘違いだったんだと決め付けてそういった。
「そうなの? おかしな望ね」
「う、うん。ごめんね」
「まぁ、いいわ。ところで、今日は放課後、時間ある?」
「っ!! う、うん。大丈夫、だよ」
「………そう。じゃあ、今日の放課後………………教室で待ってて」
「え…………?」
昨日と同じことを言われ、混乱する望。
やっぱり昨日のは聞き間違いだったのだろうかという思いに駆られながらも、二日連続同じことを言われたという思いもあって、どちらが現実だったのかはっきりしない。
「だめなの?」
そんなときに沙羅がそう問いかけるというよりは念を押すように言ってきて、
「そ、そんなこと、ない、よ。じゃ、じゃあ、放課後になったら教室で待ってるね」
反射的にそう答えてしまうのだった。
夕暮れの、放課後。
最初何人か残っていたクラスメイトたちもいなくなり、独りになる時間。
望は、沙羅に言われたとおりに放課後の教室にいた。
自分の席に座っては……
「……っ、く」
今にも泣きそうな顔で廊下を見つめていた。
(…………沙羅)
心細そうに、大切な友達の名を呼ぶ。
もうそろそろ下校時間、戸締りの時間。
時折、時計と廊下を見つめてはうつむいてあふれそうになる涙を抑える。
今日も沙羅は来ていない。今日も待っていてと言われたのに。
放課後になってすぐ教室に来て、ずっとここにいるのに。
沙羅は来てくれない。
「っ……ひっく」
夕陽が頬を赤く染めるなか、望は涙を抑えるのに必死だった。
(……来て、くれないの、かな……)
胸が締め付けられるように、きゅうっと痛む。喉の奥がせつなくなって、瞳の裏が熱い。
(……今日も、来てくれないの……?)
膝の上に置いたままのこぶしをぎゅっと握って、必死に泣かまいとするが、心はもう限界に来ていた。
今日も待っててって言われたのに、沙羅は来てくれない。
今日も、昨日も、一昨日も、その前も!!
もう一週間も同じことを繰り返していた。
昼間、沙羅に教室で待っているように言われ、その通りに放課後沙羅を待つが、沙羅は現れてくれず戸締りをしにきた教師に追い出されては、今日も来てくれなかったと、とぼとぼと寮へと帰っていく。
そんな一週間を繰り返せば、さしもの望も思わずにはいられない。
沙羅は来る気などないのではないかと。
来る気もないのに、自分をまたせるだけのために放課後に待っててというのではないのかと。
(………私、沙羅に……)
そして、今までどんなことをされようとも、はっきりとは思わずにいたことを思わずには、いられない。
(嫌われ、ちゃってるの、かな……)
考えたくはなかったことがどんどんと心で膨らんでいく。
こうして独りの放課後を過ごして、次の日沙羅に会うと、そんな話はなかったかのように話をされ、最後に放課後に教室で待っていてといわれる。
もう、今はそんな話をされるだけで涙が出そうになって、でも泣いたら沙羅に嫌われているというのが自分のなかで本当になってしまうそうで、今にも折れそうな心をどうにか支えようとしていた。
「……さ、ら……」
だがそんな望に追い討ちをかけるかのように、この日も沙羅は来てはくれることはなかった。