「……なんで……どうして、そんなことを言うの? 私が、こんなこと望んでるって思うの? 私が喜ぶって思うの?」
いくら、こんな残酷な望だろうと、本当に何でも言うことを聞けば沙羅のことを繋ぎとめられると思っていたのなら、人の心を理解することに障害があるとしか思えない。
「……そん、なの……」
望は本当に心から搾り出すといった感じに声をだした。これまで無意識に沙羅の前では出していなかった本気の言葉。
「……私だって、わかんない、よ……」
「わかん、ない……?」
そんな、そんなわけのわからない理由で今まで。
一瞬そんな不安にも怒りにも似た思いが沙羅の中を駆け巡る。
しかし、
「でも……」
と、その言葉が聞こえた瞬間。
(っ!?)
背筋が凍りつくようにすくみ、心に隙ができる。
「沙羅と、離れるなんて考えられないんだもん。沙羅がいなくなるなんて、絶対に嫌なんだもん」
(っ………)
それは、想いの言葉。
優しく、心を包んでくれるような想いの言葉。
そう言ってもいいはずだったが、今の沙羅には心を内から蝕まれるような、そんな恐ろしい感覚をもたらした。
「私、沙羅と一緒にいたいの。怖い、ことされても、恥ずかしいこと、されても、嫌われた、って……一緒にいたいって思うんだもん」
(やめ、て………)
逃げる、べきだった。耳をふさぐべきだった。
でも、今は望に抱きしめられてしまっていて、しかも突然の望のこく、はくに沙羅は竦んでしまっていて、何もできなかった。
(やめてよ……)
ただ、心を震わせて聞きたくもない好きな人の、好きだった、人の告白を聞くしかなかった。
「沙羅が、いないとだめ……、沙羅がいないのなんて、やだ。……ずっと沙羅と一緒にいたい」
(やめて!!)
心でいくら叫んだとしても、それは届かない。心の叫びが届くのであれば、きっと今頃は……
「私……沙羅が、好きなんだもん」
「っっく、ぅああ」
あまりにも残酷な告白に沙羅は一度は止まっていた涙をあふれさせる。
(なんで……なんで、今)
嬉しいはずだった。望んでいたはずだった。望にこんなことを言われることを。
望んでいた。
そう。望んで【いた】もの。
もうそれは、過去の話なのだ。
「ひぐ、ひっく……ひぐ……っ」
とめどなくあふれる涙。とめられない、とめられるはずもない。
(こんなの、こんなの……ひどすぎる)
望、望の告白だ。誰よりも恋焦がれ、毎日、毎晩、枕を濡らして、こんなときを、こんな瞬間を望んでいた。
でも、想像ですらほとんどできなくて、許されないような気がして、いつしか歪んだ想い。
「さ、沙羅? ど、どうしたの?」
(最低………最低、だ)
嬉しかったかもしれない。これが、本気の言葉だったら。想いを受け入れてくれる告白ならば。
だけど、これは違う。
どうしたと聞いてくる時点で、違うことが確信できてしまう。
これは、告白と言っていい。好きだと言われている。それも、以前は望んでいた形で。
「な、んで……」
つぶれてしまいそうな心から、どうにかそんな言葉を搾り出した。
「なんで、今、そんなことを、言うのよ……」
「え?」
これがすべてを受け入れてくれる告白なら。沙羅の想いを理解しての告白なら。
でも、違う。望は何もわかっていない。
望は自分勝手な想いを述べているだけだ。何もわかってないくせに、ただ自分勝手な理由で【親友】と離れたくないという想いをぶつけてきているだけ。
「どうして、今、なの?」
「あ、の? どういう……?」
今じゃ、なければ。もっと、もっと前なら、
「なんで今なのよ!!」
あの日の、前ならば!
「何で!? 何でよ!!? なんで【今】そんなこと言われなきゃいけないの!? ふざけないでよ! どうして私をいじめるの!? 私が、どんな気持ちで……今まで……うわあ……あぁ……ああああ!!!」
望を突き放すようにして距離をとった沙羅は髪を振り乱し、涙に溺れた顔をする。
壊れてしまいそうだ。
あまりに圧倒的な後悔が沙羅を襲っていた。一瞬で、もしを、あったかもしれない未来を想像してしまった。
すなわち、あの時早まったりしなければ、と。
【今】は! 【これから】は!!!
あった、かもしれない。自分の望んだ未来が。望と恋人になれる未来が。
「あぁ…あぅ…」
立って、いられない。ガクンとひざを折り、床に足をつけると沙羅は心に埋め尽くされたものを少しでも吐き出すかのような叫びを上げた。
「うあああああ!!」
こんなに大声を出して泣いたのなんて生まれて初めてだった。絶望が、後悔が、沙羅に悲痛などという言葉では形容できない叫びをあげさせる。
(今、今、今!! なんでなんでなんで!!!)
「ぅ…ぁっく…あぁああ、うあああ!!」
「ね、ねぇ。どう、したの? なんで、泣くの?」
そして、心を理解できぬ望の無責任な声。
望もまた床にひざを突くと、不安そうにしながらも沙羅へと手を伸ばす。沙羅がなぜないているのか、何をしてしまったのか、なにもわからないまま優しく、何よりも優しく望は沙羅を抱きしめた。
つもり、だった。
(っ……。遅い。もう…………遅いのよ!!)
だが、それが沙羅にもたらすのは安心でも、安寧でもない。好きな人の香りが、柔らかな感触が、憎悪に変わる。
終わりだ。もう。今度こそ、耐えられない。
(終わらせて、やる)
「望……」
それは、あの時と同じ響きを持っていた。
今となっては後悔しかなくなったしまったあの時、と。
「さ、ら?」
望もその時を思い出してしまったのか、沙羅を抱きしめる腕の力が緩んでしまい、
「んっ!!」
あの時と同じ、キスをされてしまった。
「んちゅ…ちゅぶ、くちゅ」
頬を熱い涙を流しながら沙羅は望に熱烈すぎるキスをする。
想いを伝えるためではなく、想いを終わらせるため。
望に嫌われるために。
「ん、ぷあ、さ、」
なんでも言うことを聞くといった望が反射的に逃れようとするほど情熱的で、憐れな口付け。
「さ、ら……んむっ!?」
キスをするたびに心を削っていくのわかっていながら沙羅は、望に呼吸すら許さないほどキスを浴びせかける。
「くちゅ、ちゅぶ、くちゅ」
自分と相手を傷つけるキスをしながら、まるで子供が母親にしがみつくように望を抱きしめて沙羅は涙を流す。
そして、
「のぞ、み……」
「さ、ら……?」
ほぅっと顔を真っ赤にした二人は一瞬だけ、見つめあい。
「きゃん!!?」
沙羅は、望を押し倒した。
無理やり、望の背中を床へとたたきつけ、
「さ、さら!?」
驚きというよりも恐怖に近い声を出した望の制服を
ビリリ!
力任せに引きちぎった。
「きゃああああ!」
言うことを聞くなどという誓いよりも本能があげさせた望の声。
そんな望の心からの叫びを聞きながら、沙羅はゆがむ視界で望の体を見つめた。
下着の露になった上半身。それはひどく小さく見え、扇情的で、頼りなさげで……なによりも……
「ふ、ふふ……ふふふふ」
自分が何をしているか、冷静にそれをわかっている。だからこそ、沙羅は腕を押さえつけ望に覆いかぶさるようにして、もう一度キスをした。
すべてに終わりを告げるためのキスを。