「な、なぁ……」
玲菜は珍しく狼狽えていた。
茉利奈の言う次の場所があまりに予想外のところだったから。
高速脇にある外見の豪奢なホテル。
部屋は薄ピンクの照明と、天蓋のついたベッド。有り体に言えばラブホテルというような場所だ。
「な、何故こんなところに来たんだ」
玲菜は知識としては知っていても実際に訪れるのなど当然初めてでその雰囲気にのまれてしまう。
「何故、も何もないんじゃない? 恋人同士でこんなところに来るっていう意味が分からないくらい子供じゃないでしょ?」
戸惑う玲菜とは対照的に茉利奈は余裕を持って玲菜に答える。
ハラリ、と羽織っていた上着を脱ぎ捨てながら。
「い、いや……私が聞いているのはそういうことでは、なく……だな」
玲菜は茉利奈の心が見えずに狼狽しながら答える。
「他に何があるのかしら?」
「……っ」
「ここまで来ておいてそんなことまるで考えてませんでしたなんてことないわよね?」
服のボタンを外し、着崩した茉利奈は迂闊にもベッドを背にしていた玲菜に近づいていく。
「それは………」
「もし勘違いしてたのならそれは、貴女の見る目がなかったのよ」
一歩一歩ゆっくりと茉利奈が近づくたびに玲菜は一歩下がる。
「香里奈ちゃんのお姉ちゃんがこんな人だとは思わなかった? 私が貴女を脅した様にしてるのも何か理由があるとでも思った?」
息が詰まるような重苦しさ。
「残念。私はこういうやつなのよ」
心を崩すような邪な笑み。
「っ………」
後ずさる玲菜だったがすぐにベッドに足が触れる。
確かに玲菜は勝手に想像をしていた。何か理由があるのだと。意味もなくこんなことをする相手ではないと根拠もなく思っていた。
「あ……」
ドン、と肩を押され玲菜はそのままベッドへ仰向けに倒れ込む。
「………玲菜」
そんな玲菜を見下ろす茉利奈の瞳はどこか悲壮を漂させている。
(……これで終わりでしょ)
そう諦観しながら茉利奈は自分もベッドへ上がると玲菜に覆いかぶさり、頬に手を添えた。
「…………」
突き飛ばされる覚悟で。
嫌われること。
それが茉利奈の出した今を終わらせる方法。玲菜がどんな理由で自分とここまで付き合ってきたか知らないがこんなことをする相手とは一緒にいられないはずだ。
(香里奈ちゃんのためよ……)
これで別れ、香里奈には何も告げなければいい。玲菜とて自分から言い出しはしないだろう。だから玲菜が自分を嫌ってさえくれればそれで終わりになるはずだ。
終わりになる。
はず。
(………)
その事実に気づけば瞳は潤み、それがばれたくなくてうつむきそれでも玲菜との距離を詰め……ようとして動きが止まる。
終わりする。それが香里奈のため。そうしなければならない。
そんなことはわかっている。そう決めた。
だが、動かない。何事もなく、手慣れたようにしなければならないのに。
「茉利奈……?」
様子が変わったことが玲菜にわかったのだろう。緊張よりも疑問と憂えたような声色で茉利奈を呼ぶ。
「っ…………」
玲菜の頬に当てた手が震えだし、涙が溢れてしまう。まずいと思った時には手遅れで玲菜と視線が合ってしまう。
「っ………」
震えた手に玲菜の手が添えられた。
「茉利奈………前にも言っただろう。私は貴女を信じている、と」
「なに、をっ……!」
「貴女が意味もなくこんなことをするとは思っていない。ことさらにだらしない人物を装わなくてもいい」
「な、にを言っているの。私は…っ…」
「貴女の気持ちを聞かせてくれ。今度は誤魔化さずに、だ」
震える手に添えられた手は暖かく、心に触れ手の震えは止まったが涙が止まらずに玲菜の顔にぼろぼろと落としていく。
「れ、な………玲菜ぁ………」
終わらせたかった。終わりにしなければならなかった。しかし……望みが……捨てようとした自らの望みが……玲菜の前でつけていた心の仮面を破壊し、あの時以来、いや玲菜と過ちを犯した夜にすらすべてをさらけ出さなかった心が露わになり、
「茉利奈……」
抱きしめられた玲菜の腕の中で
「うあぁ……あぁああ」
とめどなく涙を流すのだった。