茉利奈は十分ほど泣き続けその間玲菜は黙ったまま茉利奈を抱きしめ続けた。

 その後はベッドの上で腰を下ろし、再びの沈黙。

 今度は長くはなくまだ泣きはらした赤い目で茉利奈は玲菜を見つめた。

「貴女ってほんと女の子の扱いに慣れてるって感じよね」

「そんなことはないが」

「けど、キスとかそういうのは初めてじゃないんでしょ?」

「……まぁ、な」

 今更茉利奈の前で嘘はつけない。そんなことをしていては茉利奈の気持ちには届かないから。

「…………私は、初めて」

 茉利奈はそんな玲菜に恥ずかしさを感じながら小さくつぶやいた。

「え?」

「キスも、こういうところに来ることも。ついでに言うならデートだって貴女としたのが最初」

「そ、れは……なんというか、意外、だな」

 自分を棚に上げるが、やはり意外に思った。もう成人している茉利奈がすべて初だったとは少なくても多数派には思えない。

 もっとも玲菜も結月との関係さえなければ同じだったかもしれないが、それでも大人に思っていた茉利奈がそう告げるのは違和感があった。

「だが、その……そうは思えなかった、が」

 関係を持ってからも茉利奈は常に余裕を持っていて、いつ香里奈にばれるのではとおろおろとしていた自分とは違うと玲菜は思っていた。

「……全部、演技よ。弱気なところなんて見せたら貴女に逃げられちゃうって思ったから。大体ね、キスやデートどころか初めて本気で人を好きになったんだから」

「っ………」

 それはある意味好きと言われた時よりも衝撃的な告白だった。

 再三だが、玲菜は茉利奈のことを大人だと思っていた。一人で香里奈を育ててきた人だと。

 その大人な茉利奈が、人を好きになったことすらないということはにわかには信じられないと思ったが。

「……だって、ずっと香里奈ちゃんのために生きてきたのよ」

 茉利奈の言葉が、玲菜の意外の念を重く抑え込む。

「中学の時からずっと香里奈ちゃんの面倒を見てきたの。好きな人どころか友だちだってまともにいない。家で仕事するようになってからは仕事関係と香里奈ちゃん以外となんてほとんど会わなかったわ。そんな私に好きな人なんてそうそうできないでしょう」

「それは……そう、かもしれないな」

 玲菜には共感がある。玲菜もまた結月以外とはまともに接してこなかったし、学校に通うようになっても結月のことが第一で自分のことは二の次だ。茉利奈の言うことも一理ある。

「それにこういう言い方はずるいかもしれないけど、貴女は私をわかってくれる。親がいないっていうことをわかってくれるのは貴女くらい。同情はされても共感してくれる人なんて今までいなかった」

「……だろうな」

 茉利奈の言うことはわかる。もともと香里奈に興味を持ったのも親がいないというところに共感を持ったからだ。

「もちろん、だからと言って最初は貴女を好きになるつもりなんてなかったわ。香里奈ちゃんと仲よくしてくれるのならそれでいって思ってた。それは本当」

 茉利奈は懐かしげに語る。そこにはもう玲菜の前で隠そうとしていた気持ちはない。

「でもね、貴女を知っていくうちに、貴女に惹かれていく自分がいた。最初は友達のようになれたって思ってたわ。けど、そのうちそれだけじゃ我慢できなくなっていった。私をわかってくれる貴女を好きになってた。香里奈ちゃんが貴女を好きだって知っててもね」

「……………」

 玲菜は茉利奈の話がどこに帰結するのかわからずに今は口を閉じる。

「あの日……香里奈ちゃんと貴女が付き合うようになってよかったって本当に思ったわ。貴女なら香里奈ちゃんのことを託してもいいって思えたもの。でも、寂しかった。香里奈ちゃんが幸せになって欲しいけど、香里奈ちゃんが幸せじゃなきゃ私は幸せにはなれないけど……」

 再び茉利奈は体を震わせ、涙を流し始めた。

 それは茉利奈にとっては禁断の言葉。いや、言葉だけならば誰にでも発する権利はある。

 その対象が妹の想い人と同じでなければ、涙など流す必要はなかった。

「私、だって……幸せになりたい。貴女と幸せになりたいの」

 それは悲痛な願いだった。誰にでもそれを望む権利があるのに、自分の願いはこの世で最も大切な妹の願いと重ならない。それでも自分の幸せを求め、玲菜を手に入れてしまった。

「いけないことだなんて、あの時からわかってた。貴女の優しさに甘えちゃいけないって。けど……私には貴女しかいないのよ。ずっと私はひとりで……きっとこのまま一人なんだろうなって諦めてて……でも、貴女に出会えた」

 香里奈のために生きていくことは苦ではなかった。だが、香里奈に自分よりも大切な人がいつかできて香里奈が自分の手の中から巣立っていくことも想像していて、その時取り残されてる自分に恐怖を抱いていた。

「……怖かったのよ……香里奈ちゃんが貴女に取られたら。貴女が香里奈ちゃんに取られたら……私はひとりになってしまう。そうしたら私はどうすればいいの? これから先何のために生きればいいの? 怖くて……本当に怖くて…お酒に逃げて……そこに貴女がやってきたのよ……」

 そうあの時茉利奈には逃げる理由があった。酔ったせいという自分をだませる口実があった。玲菜の茉利奈への礼が例えば翌日であったとしたらこんなことにはならなかっただろう。

「……貴女のせいなのよ? 貴女が優しくするから……私の気持ちも考えずに私に優しくするから……抑えられなくなっちゃったのよ……」

 再び涙を流している茉利奈は自分を嘲笑しながら、思いのたけを吐き出す。

「ふふ……貴女だって自業自得よ……? 貴女は自分がどれだけ魅力的か気づいてないみたいだけど不用意に女の子に優しくしちゃだめ……私みたいに貴女の優しさに甘える人がきっといっぱい出てきちゃうわ」

 崩れそうな笑顔で茉利奈は精いっぱいに笑って見せた。なぜ笑っているのかと自分でもはっきりしない笑い。

「……かっこ悪いわね。年下の女の子の前で泣いてばっかりで………ふふ……あ、は。ごめんね……ふ、ふ……あ、………っく」

 まだ言わなければいけないのに茉利奈はそれ以上続けられなくなり意味のない嗚咽を漏らす。

 そんな茉利奈の告白を受けた玲菜は………

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