物の見方というのは人によって異なる。

 同じことをしても、同じものを見ても、それについて思うのはその人が決めることだ。

 たとえば、同じ時間、同じ場所で夕焼けを見れば綺麗という人もいるかもしれないし物悲しいという人もいるかもしれない。理々子の嫌いな季節の変わり目を楽しみに待つ人もいるかもしれない。

 体験することは同じでも、その人の立場、性格、気持ちによって意味も、感想も様々で、理々子からすれば単なる妹とのお出かけも、美織からすれば好きな人とのデートに変わるのだ。

「図書館ってさ、休みの日にいかなきゃならないこともあるから大変かなって思ってたけど、平日に休めるとすいてるからいいよね」

 電車で少しのところにある大きなショッピングセンターを二人で歩きながら、美織は周りを見回してそういった。

「まぁ、そうね。人と予定会わなくなったりもするけど、買い物とかは楽よ」

「へぇ。なんか特別な感じがしていいよね」

「美織のほうが十分特別な気がするけど?」

「あはは、そういえばそうだよね。ある意味毎日日曜日みたいなもんだし。まぁ、ある意味毎日平日のような気もしてるんだけど」

 確かに両方あっているのだろう。学校に拘束されているわけではないが、理々子が仕事の日はほとんど朝はお弁当を作っているし、家事もしている。その上勉強を欠かすこともできない。

 ある意味、普通の学生以上に忙しいのかもしれない。

「まぁ、そうかもしれないけど。今日はそういうことは忘れて楽しみなさいな。息抜きだって必要なんだから」

 今日ここに来た目的の一番は、おいしいと評判のケーキバイキングだ。美織にご褒美というのも目的の一つだったが理々子自身一度来てみたいとは思っていたもの。あと、ついでにこのショッピングセンターでもお買い物。

 服やアクセサリに目がいくのは美織の年頃として当然なのだろうが、たまに食器や、家財道具など、主婦の見るようなものに目を向けてしまうのがなんともギャップがあって面白かった。

(私のせいだけど)

 それが悪いことというわけではないのだろうが、やはり少しは罪悪感を感じてしまう。美織を縛っているのではないのかと。

 普通はただ服やバッグ、アクセサリなんかを見て、あれがいいこれがいいとわくわくさせるものだし、時には友達と交換しあったりもする。それが正常なんだろう。まだ、そういうことだけを考えていい年頃なのだ。自分のことだけを考えていい年頃なのだ。

 だが、美織は今こうしている。美織の両親からいくらかのお金を受け取ってはいるが、美織は気を使ってかほとんどおねだりをしない。

 さっきだって、服を見ていて買ってあげようかとすら言ったが、今日は別にご褒美があるからと断られてしまった。

「りーりこさん」

「? なに、かしら?」

 最近は本当によく考えるようになってしまったことを考えながら理々子はいきなり迫ってきた美織にどぎまぎする。

「ん、ちょっと理々子さんがぼーっとしてそうだったから」

「そ、そう?」

「そうだよ。ほら、確かもうすぐだよね。いこ」

「はいはい。そんなはしゃがないの」

 少し前を行く美織はとても楽しそうだ。さっき考えていたことを思えば、そういう姿を見せてくれるのは決して悪いことではない。

 その理由を考えるとまた別の心配が頭をよぎってしまうが今はそれに目を瞑り、美織の後を付いていった。

(……あれ?)

 目的だったお店を発見した理々子だったが反対側から知った人物を見かけ思わず声を上げる。

「瑞希さん」

 それは職場の先輩であり、最近仲良くなった瑞希だった。

「川里? 何してるのこんなところで?」

 丁度お店の前で対面し、誰だろうといった顔の美織を傍らにしながら二人は会話を始める。

「あ、このお店のバイキングに来たところなんですけど。瑞希さんは?」

「奇遇ね。私もそうよ」

「へぇ。そうなん、ですか……」

 そのことは別に問題ないことだったが、理々子は改めて瑞希の姿を確認する。

 一人、だ。どうみても。

 確か人数制限はなかったはずだし、一人で来てはいけないものでは決してないだろうが……一人の来る人間は圧倒的に少数派だろう。

「あの、みず……」

「ところで、その子が妹さん?」

 一人なのかとたずねようとしたところで瑞希が美織に興味を示す。

「あ、えーと、そんな、ところです」

「何よ、そんなところって妹なんでしょ?」

「え、えぇ。妹、です。ほら、美織挨拶」

「美織、です」

 誰だかわからないというところで緊張しているのか、美織はぺこりと小さく頭を下げるだけだ。

「美織ちゃんね。私は入間瑞希。川里の先輩ってところね」

「職場の方、なんですか」

「えぇ。そうよ。あなたが妹さん……」

 瑞希は何か気になったのか美織のことをまじまじと見つめる。当然、その視線の意味がわからぬ美織は居心地悪そうにその視線を受け止める。

「喧嘩してるわけじゃなさそうね」

「?」

「だ、だから別に喧嘩してないって言ったじゃないですか」

「じゃあ、なんでお昼あんな感じなの?」

「あんな……?」

「そ、そんなことより瑞希さんは一人なんですか?」

 これ以上瑞希にこの話題を続けさせると美織に聞かれたくないことまで言われてしまいそうで、理々子は強引に最初自分が気になっていたことに戻した。

「ん? そうだけど」

 話題をそらしたかったのは事実だが、これにこうやってうなづかれるとそれはそれで困ってしまう。

「…………」

 今日は美織のご褒美として来たのだし、いきなり初対面の二人を合わせても気まずいだけかもしれない。さらにはさっきのような危険もある。

 だが、妙齢の女性が一人寂しくケーキバイキングをするのをわかっていてほっとくのは気がひけた。

「あの、瑞希さんよかったらご一緒しませんか?」

 だから理々子は深くも考えずそんな提案をしてしまうのだった。

 それが美織にとってのデートを崩すものであると知りながら。



 お店の味自体は、噂に聞いていた通りおいしいといえるものだった。雰囲気も明るく、お店の内装も西洋風に凝った造りは特別な場所にいる気分にさせてくれてそれも、文句なしだ。

 平日の昼間だというのに、それなりに人がいる店内に納得してしまうだけのものはあった。

 が、帰りの電車に乗る美織と理々子の顔はどことなく疲れた様子だった。

 出会ったときと同じく瑞希とはお店の前で別れたのだが、二人は疲れたというか圧倒された様子で駅まできてやっと電車に乗ったところだ。

「すごい、人、だね。瑞希さんって」

 まだまだがらがらな電車の中で対面の座席に座りながら美織はポツリとつぶやく。

「そう、ね」

 二人の疲れた様子。その原因は理々子が軽い気持ちで誘ってしまった瑞希にあった。

 別に瑞希が何かをしたわけではない。二人の時間を邪魔される形になったからというわけでもない。

 ただ

「見てるこっちが気持ち悪くなっちゃうよね。さすがに」

「そう、よね」

 二人はその光景を思い出してはまた、微妙な表情をする。

 それも、そうではあろう。

 一緒に入った瑞希は考えられないほどの量を毎回テーブルにとって来てはそれをあっという間に平らげていった。

 最初は圧倒されるだけだったが、自分たちがお腹いっぱいになると今度はそれが、なんというか胸焼けでもしそうに気分にさせられてしまった。

 聞けば、休みにはよく来ているらしい。それも一人で。一人なのを心配というか、かわいそうに感じてしまい誘ったのは正直、うかつだったといっていいんだろう。

「なんか、ごめんなさいね」

「う、ううん。そんなことはないよ。すごいものは見れた気がしてるし」

「そう。でも、なんだかんだで瑞希さんと話してばっかりだったし。やっぱりごめんなさい」

 そこには二人で話してしまったことだけじゃない意味を含めた。あえては言わないが、美織がデートのつもりだったのなら、謝っておかなければならないのだと思う。それを表立って口にするつもりはないが。

「だから、そんなことないってば」

 美織は屈託なく笑う。

 たぶん、理々子は心配しすぎというか意識しすぎなのだろう。自意識過剰といってもいいのかもしれない。

 いちいち、気にしすぎてしまう。

 言葉の一言、一言、行動の一つ、一つ。美織の気持ちを確信している理々子はその時々の美織の気持ちを察してしまう。

「そういってもらえると助かるわ」

 理々子も安心したように微笑んで、話すために少し前のめりになっていた体を座席に預ける。

 美織もまだ明るい窓の外を見つめ、何かを考えているようだった。

 一日歩いていたせいか肉体的な疲労もあって、少しの間電車が走る音だけが空気を支配する。

(……本当に、自意識過剰なだけならよかったけど)

 あのキスを受けては、そんなこと言えるはずもなく、これからのことを考えつつ目の前にいる美織を見ていた。

(………………)

 その顔は無表情ながらも、美織を見つめる瞳にはどこか儚さすら感じさせるもので、理々子の中の大人の部分がさせるものだった。

「……みお」

「あのさ、理々子さん」

 ほとんど同時に二人は口を開き、理々子は瞬間に口をつぐむ。

「なに、かしら」

「あの人とは、仲、いいの?」

「あの人って、瑞希さん?」

「うん」

 窓辺に手を置いて、見ずに質問をする美織。

(……美織)

 やはり、深読みをしてしまう。見ないのではなく見れないのではないのか、と。こんな些細な質問にすら臆病になっているのではないかと。

「そう、ね。すごくってわけじゃないけど、最近はよく話すわ」

「そうなんだ。どうして、最近なの?」

「お弁当、よく一緒に食べるようになったから」

 美織の気持ちを気にはするものの理々子は美織との会話ではことさら言葉を選ぶわけではない。いちいち考えていられないし、そのほうが不自然で美織に感づかれてしまいそうだから。

「お弁当?」

「そう、瑞希さんもお弁当で一緒に食べたりするの」

「そうなんだ」

 その答えが美織にとって満足だったのか不満だったのかはわからない。ただ、その後美織はまた黙ってしまい、また二人の間に沈黙が流れる。

 理々子も先ほど、言いかけた今日楽しかった? という言葉を口にはせずまた窓の外を見つめる美織を見つめていた。

 聞けはしない。楽しかったなどと。冷静になればそのこと事態がご褒美が目的だった今日にふさわしくない言葉だし、答えも決まっている。

 絶対に美織は楽しかったと答える。

 それはたぶん美織が本当に思っていることではあるだろう。百パーセントの本心であるかはともかく、理々子自身も妹と過ごした今日という日は楽しかった。まして、好きな人と過ごすのであれば楽しくなかったはずはない。

 だからそんなことを聞いても仕方ないし、また聞きたくもなかった。

 それは美織に応えるつもりもなく、今を続ける罪悪感を和らげることであり、また応えるつもりもないのに美織にそれを伝えようとしない自分への罪悪感を膨らませてしまうだけだから。

(……このままじゃ、いけないのよね)

 そして、以前美織が部屋にいたときと同じことを思い始めていく。

 美織がどんなことを考え出していくのかも知らずに

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