(……あぁ、なにやってるんだろ)

 理々子との不完全燃焼なデートの翌日。

 美織は朝食を作るために台所に立ち、一通りの用意を済ませ立ち尽くしていた。

 もう理々子を起こして来てもいい時間だ。朝食は出来ているし、いつ呼んで来てもいい。

 問題があるとすれば

(……お弁当)

 それがないことくらいだろうか。いや、別に問題があるわけではない。毎日作っていたわけじゃない。一週間で、作らない日が多かったことだってある。

 だが、明確な意思を持って作らない、作りたくないと思ったのは初めてだ。

「ん………」

 苦々しい顔で、パタパタとフローリングの床を歩き回る。

 心が落ち着きを見せない。

 昨日会った相手を気にせずにはいられない自分が恨めしい。

 ただの同僚なのはわかっている。昨日だって、初めて外で会ったという感じではあったし、最近話すようになっただけとも言っていた。

 それでも、自分の知らない外で理々子が仲よさそうにお弁当を食べているところなんて考えたくもなくて、結局作ることができなかった。

(浮気を心配する奥さんってこんな気分なのかな)

 と、ふと頭によぎらせて

「……………」

 勝手に落ち込む。

 そんな関係ではないし。そもそも理々子は自分をそういう目でなど見ていないのだと。

「あーあ。バッカみたい」

 そのまま沈んでいってしまいそうな気持ちをどうにか浮上させようと不自然に明るくそう口にするもの、気分は落ち込む一方だ。

 それでもこちらはいつも通り朝食をテーブルに並べ理々子を待つ準備を整える。

 起こす時間が近くなれば、美織のほうから起こしにいくが今日は美織が起しに行こうと思う時間よりも先に理々子が起きてきて、いつも通りの朝食を取った。

 理々子が毎日見ているテレビの占いとニュースを一緒に見て、理々子が身支度を整えだすと美織は朝ごはんの片付けに入る。

 ただこのときはまだ食器を水につけ、テーブルを拭く程度ですぐに手が開かない状態にはしない。

「じゃあ、行ってくるわね」

 すぐに理々子が部屋を出て行くからだ。

「うん。いってらっしゃい。今日は、いつも通りくらい?」

 毎日見送らなくてもいいといわれてはいるが、そうしたいのだ。

「たぶんね。わかったら連絡する」

「うん」

「あ、っと」

 あとはドアを開けて出ていくだけだった理々子は何かを思い出したように背を向けようとしていた体を美織へむきなおした。

「今日は、お弁当ないのよね」

「っ」

 ドキリとする。

「う、うん。ちょっと、寝坊しちゃったから」

「そっか。了解。それじゃ、今度こそ行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」

 最後は、毎朝同じように笑顔で送り出すことができたがその後美織は戸締りをしたドアを見つめては

「……はぁ」

 些細な言動に気分を落ち込ませていた。

 

 

 掃除も洗濯も、以前この部屋にいたときからすでに慣れていたし、もう一度ここに来たいと思うようになってからはそういう勉強、というかコツを覚えたりもした。

 料理だって、以前よりもだいぶうまくなっている。お菓子作りも。

 それらはすべて理々子に喜んでもらいたいから、理々子に褒められたいから。

 だから頑張っているし、理々子の感謝の言葉や、料理をおいしいと行ってもらえたときなどたまらない気分になれる。そして、また頑張ろうって思える。

 勉強だってそうだ。

 頑張ってるって言われるだけでも嬉しい。この前の模試のように結果を出せば、デートだってしてくれた。だから頑張れる。理々子に褒められたいから。理々子にご褒美をもらいたいから。理々子に認められたいから。

 今美織の行動原理は理々子にあると言っていい。

 はじめ来たころは違っていたかもしれない。理々子のようになりたいという目標があった。それは最初から理々子の部屋に来るための方便だったのかもしれない。でも、本心でもあったのは間違いない。

 いや、今だってその気持ちが揺らいだわけでもなければ、小さくなったわけでもない。

 理々子のようになりたいと思っているのは本心だ。

 理々子のように強く、やさしく、自立した女性になりたい。そう思ってここに来たのだし、理々子にはそう伝えている。そのために今頑張っている。

 二度目の家出をして、ここに来てもう季節もめぐった。その間に目的と手段が逆になってしまっているのは、否定ができないだろう。

 しかし、それでもいいと思えてしまう。

 もっと理々子に必要とされたい。もっと理々子に認めてもらいたい。もっと理々子に自分のことを見てもらいたい。

 それが今の美織には一番大切なことで、頑張られる理由なのだ。

 妹であるという不満さえ除けば。

 

 

 一通りの家事を終えた美織は理々子の部屋へと入っていた。

 この部屋に入るのは別に特別なことじゃない。掃除には来るし、洗濯物をしまいにだってくる。たまにだが、夜に寝るまでの時間をここで理々子と過ごすこともある。

「…………」

 美織はフローリングの床を歩いていき理々子のベッドへと近づく。

 そして、そのままベッドに上がると壁を寄りかかりながら座って、部屋を見回す。

 本棚に、クローゼット、大きな姿見の鏡に、机とパソコン、小さなテーブルと必要なものは大体そろっている。カーテンなどは質素なもので洒落っ気のある部屋ではないが、落ち着いた感じの理々子に似合っている部屋だと美織は思っている。

 家事をするわけでもなく、ふとこうしてしまう時間がある。

 理々子のことを側に感じたくて。

 必要とされている。それはわかっているし、大切に思ってもらえているというのもわかっている。

 だが、それは妹として、だ。美織が望んでいるものではない。

 妹としてしか理々子の側にいられないというのはわかっているし、それも仕方のないことだというのは頭のどこかでは理解しようとしている。

(でも、そんなんじゃ嫌なのは……わかりきってるんだよね)

 ボフっと体を倒して理々子のベッドに横になる。シーツを皺にしちゃったとか遠くに考えながら、今朝のことを思い出してしまう。

 お弁当を作れなかったこと。

「考えすぎだなんて、わかってるんだけどな……」

 それでも昨日、理々子が瑞希と話していた姿が頭に浮かんで胸がざわついてしまった。別に毎日一緒に食べているわけではないんだろうし、お弁当がなくたって一緒にお昼をとることもあるのかもしれない。

 それでも、二人でお弁当を広げて食べているところが頭に浮かんでしまって結局作れなかった。

(せっかくのデートだったのに)

 昨日、理々子の前では模範どおりの返答しかできなかった。本当は一緒に食べるのだって嫌だったし、理々子が知らない人と知らない話をするなんて耐えられなかった。

 それでも自分は妹なんだからと、いい妹であるようにしか振舞えなかった。

「……ねぇ、理々子さん」

 いつのまにかシーツを掴んでいた美織は想像の中にいる理々子に話しかける。

「私、妹じゃないんだよ」

 伝えたくて、伝えられないことを。

「私は理々子さんが好きなの」

 いつか伝えたいことを。

「妹じゃ、嫌なの」

 でも、怖くて伝えられないことを。

(……もっと、私のことを見てよ。私のことだけを……見て。もっと、もっと、私のことを……)

 それ以上は想像の中でもまだ言えなくて、理々子が自分の気持ちに気づいているなどまったく想像もできないまま、美織は思いだけを高めていく。

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