(ぅ、う、ん……う、ん?)
どれくらいの時間が経ったのか私はいつのまにか気だるさの抜けた体で目を覚ました。
「ぅ、ん……は、あ」
(あ、れ? 電気、ついて、る)
眠っていたというのを自覚していた私はそのことを疑問に思ってから、ベッドの脇に目を向けると
「あ、起きた」
「あ、やね……」
私が眠る前と同じようにパタパタとうちわをあおぐ彩音がいた。
「ふぁ、あ。おはよ」
そんな彩音は私が起きたのを確認すると大きくあくびをした。
「おはよ、って……っ!?」
私は何気なく壁時計を見て驚いた。
もう日付が変わっている。
小学生なら起きているのもつらい時間だ。
「……ずっと、してくれてた、の?」
「ん? あぁ、ま、一応。なんか顔が真っ赤なままだったし」
「そ、そう……」
(そんなこと言わないでよ……また顔が赤くなるでしょう)
「あ、でも、ずっとでもないかな。腕疲れて休ませてたりしたし」
そうだとしても、こんな時間まで私のために起きてくれていたのはかわらない。
(……彩音)
胸がいっぱいになるのを感じた。
(……やだ、泣きそう)
彩音が私を大切に思っていてくれるのはわかってるつもりだったけど、好きになって、色々不安にも思った私に今、こんなことされたら……
目の奥が熱い。油断すると、涙が出ちゃいそうなくらいに。
「っ!?」
私はもしそんなところを見られて、指摘でもされたら気持ちが抑えられなくなりそうで体を半身にすると彩音に背中を向けた。
「美咲?」
だけど、それを変に思ったのか彩音のどうしたのといわんばかりの声が耳に響く。
「ば、ばかじゃないの? 私はただのぼせただけじゃない。なのにこんな時間まで起きて……」
(…っ〜〜〜!!)
ごまかそうとした私は咄嗟に憎まれ口を叩いて一瞬で後悔する。
(バカじゃないの!!)
なんでこんなこといっちゃうのよ!! これじゃまるで彩音のこと迷惑がってるみたいじゃない!
あぁ、ど、どうしよ。本当にそんな風に思われたら……怒られちゃう? 喧嘩になる? きられちゃう??
(……そんなの……いや)
「……………?」
さっきとは別の意味で涙を流しそうになっていた私は彩音が何も言ってこないことを逆に怖く感じていた。
普段の彩音なら、ここはたぶん怒ってくるはずなのに……
「…………ね、美咲」
「っ!?」
少し真剣そうな彩音の声に体を震わせる。
(なに? 何言われちゃうの??)
怖くてたまらなかった。ただ、怒るのなら普段の彩音で取り繕うこともできたかもしれないのに、こんな風な声を彩音が出してくるなんて……
「……あたしってさ、何か美咲のこと怒らせてる?」
だけど、彩音の口から出てきたのは想像もしてない言葉だった。
「え……?」
思わず私は潤んでいる目のまま彩音を見返した。
な、なんで彩音がそんなこと、言うの?
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ」
「だってさぁ、何か最近美咲あたしの前で全然楽しそうじゃないし、ため息ばっかついてるし、思えばお風呂一緒に入らなくなったり、一緒に寝なくなったりって何か美咲のこと怒らせちゃったからなのかなって」
彩音はベッドのはしに座って脚をぷらぷらとさせていた。それは少し悲しそうにも、いじけているようにも見えて……
(……ほんと、私ってバカ!)
彩音の様子を見せられた私は自分あまりの愚かさを痛感する。
彩音のこと大好きなくせに、そのせいで彩音に私への不安を持たせちゃうなんて。
無意識に布団を握り締めて皺を寄せてしまう。
「お、怒ってなんかないわよ……」
なのに小学生でまだまだみじゅくな私は素直になりきれなくてこんな風にどこかまったいらじゃない言葉を出してしまう。
「……ほんと?」
「当たり前でしょ。私が彩音のこと、嫌い……になんかなるわけないじゃない……」
今度はなんとか本音に近いことが言えたけど、私は論点がずれているのに気づいていない。
「いや、別に嫌われたとかは思ってないけどさ。美咲がそんな風に思うわけないって思ってるし」
「っ!?」
(こっちの気も知らないであっさりこんなこといって……)
「ま、美咲がそういうんならいいや。ふぁあ、あっと」
あんな少しの会話だけで彩音は安心したのか、大きくあくびをすると眠そうにした。
「やー、でもよかった、よかった。あたしが悪いんじゃなくて、ふぁあ、美咲に嫌われたら生きていけないし……ふぁあ」
「っ!!!??」
「って、あれ? んなこと聞いてないか、なんか眠くてよくわかんない。つか、寝る。お休み」
「ちょ、ちょっと待って!?」
私のベッドのすぐ横の布団で寝ようとしていた彩音を呼び止める。
「んー? 何よ〜。こちとらあんたのせいで眠いんだから……ふぁあ」
「あ、あの……それってどういう、意味?」
「ん、何が、よ……ふああ」
「嫌われたら……その、生きて、いけない、とか」
あぁあ、こんなこと言ってどうするのよ……バカじゃないの。聞きなおすようなことじゃないじゃない。
「あぁ、まぁ、そうなんじゃない、の? だって、美咲とはずっとこれからだって一緒だろう、し……ふぁ〜あ。嫌われ、たら、困る、でしょ? もう、いい?」
「あ、も、もう一つだけ、ず、ずっとって?」
「はぁ? ず、っとはずっと、でしょ?」
「い、一生って、こと?」
「まぁ、そうなんじゃ、ない、の? つか、もういいでしょ? 寝させてよ……」
「あ、う、うん……」
彩音はもともと限界だったのか、会話が終わるとすぐに眠ってしまった。
「…………彩音」
私は若干呆然としながら彩音のために電気を消して部屋の中を暗くした。
「……ずっと」
(一生……一緒)
彩音の未来には、私がいる。
「……一生」
それはただの親友って意味なのかもしれない、けど……
「……彩音」
私はベッドから降りると彩音のほっぺをなでた。
「……ん、みゃ、う?」
すべすべでさらさらでぷにぷにで……可愛いほっぺ。
(…………大好き、彩音)
私はゆっくりと彩音のほっぺに顔を近づけていって
ちゅ
ちょっとだけ、本当に触れただけのキスをした。
「っ〜〜〜」
それだけでも恥ずかしすぎた私はすぐにベッドに潜って布団をかぶる。
「………………おやすみ、彩音」
しばらくしてそう呟いた私は今度はちゃんと布団に寝そべると目を閉じた。
(…………今は、これでいいわよね)
友達として、親友としてずっと側にいられる。
振り返ればもしかしたら、今の不安定な状況から逃げようとしただけだったのかもしれないけど……彩音と一緒の未来にいられるという百点じゃない幸せに私は飛びついていった。
そして、それは数年先まで続くことになる。