「っ……」

 頭が真っ白になった。

 だ、だってこんな……こんなことをしてるところを見られるなんて……

「ん……ん、美咲……なんでベッドに……?」

 彩音はまだ覚醒しきっていないようでどこか呆けたままだったけど

「……!? 美咲、何で、泣いてるの?」

 すぐにそれに気づかれてしまった。

「……………」

 何を、言えばいいの? なんて言えばいいの?

 ベッドに忍び込んで勝手に腕を抱いて、泣いている。

 彩音の気持ちを不安に思いながら。

「美咲……?」

 ベッドに横たわったまま彩音が私を見つめている。

 突然のことに戸惑いながらも恋人の私が泣いていることを心配そうに見つめてくれている。

(そんな目で、見ないで……)

 今の私には彩音にそんな風に心配してもらう資格なんてない。勝手に一人で暴走して、彩音の気持ちを信じられなくなっただけの私には。

「………………」

 でも、そんなことは言えるわけもなくて私はただ彩音から目をそらすだけ。

「………美咲」

 彩音はそんな私を優しく呼ぶと。

「っ……」

 抱きしめた。

 柔らかな感触と、暖かさと大好きな匂い。

「…………なに、すんのよ」

 嬉しいはずの状況に私はそんな憎まれ口を返す。

 けど、きっと通じない。

「美咲の様子が変だったから落ち着いてもらおうかな、って」

 ほら。私の苦し紛れの言葉なんて簡単に看破されちゃう。特に私の心が弱ってる時には敏感に私の機微を察してくれる。

「で、どうしたの?」

 こういうところは本当に敵わないって思う。

 普段は私の気持ちになんて気づかないくせに、隠したいことにはすぐに気づいてくれる。

 それは本当に嬉しいことだとは思うけど

「……………」

 それでも、今は……言葉が出なかった。

「美咲……?」

 彩音も私が普通ならこうなったときにすぐに話してくれることを知っていてそうならないことを少し不思議に思っているようだった。

「っ……」

 そんな私に彩音は容赦しない。

 ぐっと抱きしめる腕に力が込められた。

「どうしたのかは知んないけど、美咲が話してくれるまで待つよ。話してくれるまで離さないけど」

「……なによ、それ。実質話せって言ってるようなもんじゃない」

「そうだよ。美咲が悩んでるなら力になりたいに決まってるし。あたしが聞けば力になれないわけはないし」

 自分勝手な言い方。

 けど、絶対の真実。私のことで彩音が力になれないことなんてない。というよりも、私の悩みで彩音が関係ないことなんてないんだから。

「ただ、無理やりはしたくないってだけ」

「……離さないっていうんじゃ無理やりと一緒でしょうが」

 でも、強引に彩音がそうしてくれるっていうのはどこか嬉しさもある。

(……いつも、こうならいいのに)

 私はそう思いながら彩音に体を寄せた。

(……あったかい)

 それを身体的な意味じゃなくて思う。

 私の触れてほしいところに触れてもらえているようなそんなこそばゆさと嬉しさを感じる。

「……………………」

 彩音の優しさに包まれるこの感覚。その優しさに導かれるように私は

「……………………不安、なのよ」

 彩音の前で初めてもらす本音を口にしていた。

「え?」

 言葉の意味を理解しかねている彩音に身を寄せるとぎゅっと彩音のパジャマを掴んだ。

「…………あんたの一番は、本当に私なのかなって。たまにどうしようもなく、不安になっちゃうのよ」

「美咲……」

 それが冗談や軽い気持ちじゃないっていうことを彩音はわかってくれて少し戸惑った声が耳に届いた。

「……だって、あんたはいつもゆめばっかりじゃない。好きっていうのも、抱きしめてるのも、キスをするのも、エッチするのも。ゆめにばっかり彩音からするのに、私には全然してくれないじゃない」

 こんなことを言う自分は情けないし、はしたないとも思うわよ。けど……

「……わかってるわよ。彩音の気持ち。彩音が本気で私のこと好きだってわかってる。それでも、ゆめにばっかりされたら不安になっても仕方ないじゃない……」

 口にすると本当に勝手なことを言っていると思う。どれだけ彩音に愛されているのか一番知っているのは他ならぬ私なのに、それだけに満足できずに大好きなはずのゆめに醜く嫉妬している。

「っ………」

 あまりのみじめさにさっきとは違う理由で目頭が熱くなってきた。

 自分がこんなに弱くて、醜いだなんて知らなかった。好きな人すら信じられないような人間だなんて知らなかった。こんなにも独占欲の塊なことを知らなかった。

 彩音にふさわしくないような人間だなんて……知らなかった。

「ふ……ふふ、何言ってるのかしらね、彩音のこと疑ってるわけじゃない、の……」

「美咲」

「っ!?」

 自虐的になってしまった私の耳に彩音の鋭い声。

 そして、肩を掴まれたかと思うと体を引き離されてじっと真剣な表情で見つめられた。

 めったにないような顔。そこには申し訳なさと一緒に、彩音の本気がにじみ出ているような気がした。

「好きだよ」

「っ……」

「大好き」

「ちょ、な……」

「愛してる」

「は!?」

 それは、言われなれていると言っていいほどの事だけど今彩音から伝わってくる想いは私が今まで受けてきたものとは重さが異なるような気がして、みるみるうちに私は赤面した。

 そんな私が彩音は抱きしめてまた想いを乗せた言葉を出す。

「ごめん。美咲がそこまで悩んでるなんて全然知らなかった」

「これは、別に……私が勝手に……」

「違う。勝手じゃないでしょ。あたしのせいだよ」

「………」

 そうかもしれないけど、違うわよ。私が彩音に望みすぎているっていうことくらいわかっているの。私は十分に愛されている。それはわかっていて、それでももっとって思っているだけなのよ。ゆめよりも私を、私だけをって勝手なことを考えているだけ。

「……自覚、なかった。確かにゆめにばっかりかまってるかなとは思ってけど、美咲がそこまで寂しがったりしてるんだって気づいてなかった。ゆめ相手ならとか、美咲はそんなこと思わないって勝手に決めてた。ごめん」

「……謝らないでよ。こんなのは私が我がままなだけなのよ。悪いのは……私なのよ」

 何度も言うように私は愛されている。それに満足できないで二人に嫉妬して、私を一番に見てもらえないことを僻んでいるだけ。

 そこまでは口に出せないけれど、でも悪いのは完全に私なのよ。

「美咲……」

「笑って、いいわよ。私はこんなん、なんだって……こんなに弱くて情けない人間なんだって…」

 ゆめよりも圧倒的に有利な場所にいるのにそれでももっとを望むような人間なのよ

「………美咲。好き」

「っ、だから……そんなこと」

「大好き」

「っ……今、あんたにそんなこと言われたって」

 同情にも聞こえれば、言わせてるだけにだって聞こえちゃうのよ。

「好き。大好き……好き。美咲、好き。大好きだよ。美咲のことを誰よりも愛してる」

 何度もささやかれる好き。そこに込められる想いは私を包み込むように優しく強く、心に響く。

「……………やめて!」

 嬉しくて、同時にむなしい。

 言わせているって思っているくせに嬉しくて、その嬉しいって思う自分が惨めで……

「……ねぇ、弱いから何?」

「っ!?」

 途端に彩音は怒ったような口調になる。

「美咲が弱かったら、我がままだったら、嫉妬深かったらあたしは美咲を好きになっちゃいけないの? あたしはさ、美咲が好きなんだよ。弱いとか強いとかそういうんじゃなくてそういうのも全部含めて美咲のことを愛しているんだよ」

「っ……」

 彩音は本気で怒ってる。自分勝手に彩音に好かれない人間だって暗に言っている私のことを怒ってる。

「美咲を寂しがらせておいて今更だけど、あたしの気持ち甘く見ないでよ。あたしはどんな美咲だって好きだし、幸せにするって決めてる。あたしのことを好きなくせに、自分でふさわしくないとかそんなこと思わないでよ。あたしの好きな人を悪く言わないでよ」

「ぁ………」

 彩音の怒っている理由はそれなんだ。

 好きな人を悪く言われて怒らない人はいない。その相手が本人ならなおさら。

「美咲」

 私が彩音の怒りの意味に気づくと、今度は暖かさを持った声が聞こえた。

「……寂しくさせて本当にごめん。あたしは多分、そういうのを感じるのが苦手なんだと思う。前にも後輩ちゃんと仲よくしてて怒らせたしね。だからさ、不安だったら言って欲しい。美咲が情けないって思うことでも、全部聞かせて。自分を悪く思う前にあたしに甘えてよ」

 なんだ、こいつは……

 どうしてこんなことがあっさり言えるの? 私はいつも次への一歩を躊躇してしまうのに。

「……………甘えて、いいの? 弱くても……いいの?」

 そういうことを私は無意識にしてこなかった。もう十分に彩音に愛されている私がこれ以上を求めることはいけないことのような気がしていた。

「当たり前じゃん。プロポーズだってしたんだよ? そのくらいさせられないでどうすんの」

 月明かりが見せた彩音の強気な笑顔。不安も、嫉妬も、寂しさも全部を受け止めてくれるようなそんな気持ちにさせてくれる彩音。

 これが私の愛している人。

「……………大好き」

 彩音を好きになることでできて、彩音に好きになってもらうことができて本当によかった。

 そう思う私は愛の言葉を伝えながら彩音の胸に顔を埋める

 その私の目には先ほどとは意味の違う涙が浮かんでいた。

二人と一つ4/二人と一つ6

ノベル/Trinity top