私の想い人は水無彩音だ。

 生まれた時から世界で一番好きな人。

 これまでもこれからも揺るぐことのない私の大好きな人。

 どのくらい好きかと言えば、この世には私と彩音さえいればいいって本気でそう思ってもいいくらい。

 冗談のように聞こえるかもしれないけれどもし本当にそうなってもいいとは思うわ。

 私は彩音が隣にいてくれればいい。私の側で笑顔になってくれる彩音がいればいい。幸せなぬくもりをくれる彩音が私と手を繋いでいてくれさえいればそれでいい。

 他の人も、物も、何もいらない。

 中学のある時期までは本気でそう思ってた。

 星野ゆめ。

 私のもう一人の大切な人。

 今までの言動から誤解されているかもしれないけれど私はゆめの事も本当に大切に想っている。

 ゆめは私が唯一世界に入ってきていいって思った相手なんだから。

 

 

 彩音の家に住む前と比べてゆめと私は二人きりになる時間は減った。

 私の家がこっちにあった頃はゆめが私のところに遊びにくることもあったけど、今は私が彩音の部屋に住んでいるのだから必然彩音と三人で会うということになる。

 もちろん、私からゆめを尋ねれば二人きりになれるがそもそも彩音と一緒にいくことが多く、私も積極的に二人きりになろうとはしていなかった。

(まぁ、後ろめたいものもあるし)

 常に彩音と一緒にいる私としてはゆめに対して優越感と罪悪感を同時に感じている。そのせいで関係が壊れるとは思わないけど、複雑な面もある。

(特にこの子は何考えているかよくわからないところもあるし)

 と、のこのこと部屋にやってきたゆめを見て私は思う。

 今は彩音はおらず珍しく二人きりの時間。

 部屋にやってきて彩音の所在を確認した後、彩音の机で本を読みだした。

 私はベッドの上で携帯をいじりながら時折ゆめの様子を確認するくらいで会話はほとんどない。

 会話をしないからといって仲が悪い訳ではなくむしろ逆で仲がいいからこその沈黙ではあるけれど。

(……にしても最近はゆめは彩音にべったりよね)

 昔からと言えば昔からだけれど特にこの最近はそうだ。

(私はゆめのことだってきちんと愛しているつもりだけど……)

 もしかしたらこの子は違うかもね。もっとも二番であることは確信しているけど。

「ん……」

 いつのまにかケータイを見なくなっていた視線の先でゆめは顔をあげ時計を見上げた。

「……三時になっている」

「ん、そうね。彩音少し遅いわね」

「……おやつの時間」

「そっち? 何かはあったはずだから持ってくる?」

 とベッドから降りてお菓子を取りに行こうとすると、「……待て」とゆめに呼び止められる。

「……今日はクッキーを作ってきた」

「へぇ。面倒くさがりのゆめにしては珍しいわね」

「……それは余計」

 ゆめはそんな風に言うけど、事実。ゆめは料理もお菓子作りもできるくせに自分からじゃほとんどしない。私たちにしてもらうほうが好きらしい。

 それはともかくゆめは簡素にラッピングされたクッキーを取り出して机の上に置いた。

「それじゃ遠慮なくいただくわ」

 と、私はゆめの準備が終わる前に一つ手に取ると口に入れる。

「あ……」

 サクっという小気味いい音と、口の中に広がるバターの香り。それと

(うっ……あま)

 少し過剰な甘み。食べられないというほどではないけれど、好きとは言えない味だ。

 これはむしろ

「……甘すぎない?」

 ゆめは表情から何を思っているのかを予想したのか首をかしげて問いかけてきた。

「甘いわよ」

 私ははっきりと告げる。

「……これは彩音用」

 予想された解がゆめから発せられ私はなぜか目を背けた。

「でしょうね。彩音の好みの味だし」

 なぜか早口になってしまう自分がいて、そんな自分がいることにショックを受ける。

(わかってはいたつもりだけど……)

 ゆめがどちらを優先しているかそれは理解していたつもりなのに納得し切れていない自分がいる。

「ふぅ……」

 自分を棚に上げているようではあるけれど嘆息してしまう。

「ま、飲み物でも取ってくるわ」

「……美咲」

 気を紛らわすためにその場を離れようとした私だったけれどゆめはそんな私の袖を引っ張った。

「……あーん」

 そしてその小さな手につかんだクッキーを私の口元へと持ってきた。

(?)

 意図はわからないものの拒否する理由まではなくゆめに言われるままにクッキーを頬張ると。

(あれ……)

 先ほどとは明らかに違う味が口の中に広がる。

「……こっちが美咲用」

 ゆめの手には先ほどとは異なる包み。

(……別々に作ってくれたのね)

 そのことを認識すると心が軽くなったような気がした。

(ほんと、私は【ちょろい】わね)

 クッキーの全部が彩音のかと落ち込み、自分のものがちゃんとあると知ると安心する。

「………ありがと。とってもおいしい」

 私は彩音への気持ちとはまた別の愛しさを持って笑顔でゆめにお礼を述べる。

 ゆめが私を好きなこと、私がゆめを好きなことを改めて確認して。

 

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