美咲と一緒にご飯を食べて、一緒におしゃべりをして、一緒にお風呂に入って。美咲との時間はあまりにも早く過ぎていって、あっという間に寝る時間になってしまった。

「…………あったかい、な」

 普段美咲が泊まるときはあたしはそのままベッドで、そのすぐ脇に布団を敷いて美咲はそこで眠る。別に美咲と一緒が嫌なわけじゃなくて暑苦しかったりで中々寝れないから。

 でも、今日は二人一緒にベッドに寝そべっている。

 電気はもう消していて、明かりはカーテンの隙間から漏れる月光があるだけ。

「……私は、窮屈よ」

「こんな時まで強がんないでよ」

 あたしは呆れたように言う。

 ま、その通りではあるんだけど。一人用のベッドでしかも手を繋ぎあってれば窮屈にもなる。

でも、美咲の手を離したくはない。

「大きくなったものね」

「ん?」

「昔は、こうやって一緒に寝てても全然気にならなかったのに」

「そだね。まだ、小学生だったし、ちっちゃかったし……」

 ……こんなことになるとは思いもしなかったし。

「最後に一緒に寝たのっていつだったかしら?」

 今日はこういう話ばっかだ。昔の話、心に残っている、当たり前に二人でいて何も考えてなかった時。

幸せと気付いてなかった何よりも幸せだった時間。

「さぁ? んなことまで覚えてないって。小学校高学年のときくらいにはもう一緒じゃなかったと思うけど」

「うーん。ま、そうよね。っは、いつのまにかそうなっちゃったか。どうして、ちゃんと覚えてなかったのかしらね? どれも大切な思い出なはずなのに」

「一つ一つが大切な青春の一ページなのにね」

「彩音、恥ずかしくないの?」

「……全然。美咲相手に恥ずかしいことなんて、ないし」

「そうね………」

 沈黙。

「っぷ」

 そして、どちらともなく吹き出す。

『あははははは』

「はっずかし、彩音何言っての?」

「う、うっさい! 元といえば美咲のせいじゃん」

「あ〜ら、私は節度のあることいったつもりよ」

 ふふふと、美咲が楽しそうに笑ってあたしもつられてまた笑う。何度も何度もこんな風に笑いあう。

 美咲とはいつだって話すことが絶えることがない。いくらでも湧き出てくる。何を話してても楽しいから。

『あ』

 もう一緒のベッドに入ってどれだけたっただろう。唐突に二人の声が重なった。

「最後に、一緒に寝たのってさ。あれの時じゃなかった?」

「そうそう、確か、流星群が来て、一緒に見たのよね。そういえば、そうだったのかもしれないわね。ベランダに出てたから体冷えちゃってたのに彩音と一緒に寝てたらすごく暖かかった気がする」

「そうそう。眠いのに、目を擦りながら空を見上げて。……なんか不思議、今の今までそんなのあったなくらいにしか思い出せなかったのに、なんか今はすごくはっきり思い出せる」

「綺麗、だったわよね。まるで夜空がそのまま降ってくるみたいで。二人して毛布に包まりながら、流星に負けないくらいに目を輝かせて………」

「美咲、恥ずかしくないの?」

「夢見る乙女にはさっきのことくらいは許されるものよ。ふふ」

「なーにいってんだか」

 また笑い声が静寂な夜の世界に響きあう。

「……ね、流れ星、探してみない?」

「いいわね。あの時と違って簡単には見つからないかもしれないけど、でも彩音となら見つけられる気もするし」

「じゃ、決っまり」

 

 

 身を切るような寒空の下。あたしたちは昔そうしたように二人で一つの毛布にくるまってベランダに出ていた。

「さっむ!

 流星群を見たときには二人でくるまっても体がしっかりおさまったけど今は体からはみ出て、肌が外気に触れて寒い。

「ほんと、寒いわね。ほら、毛布一つなんだかあんまり離れないでよ」

「はいはい」

 毛布はあたしの部屋にはもちろんまだある。でも、こうしたかった。二人とも何も言わないでもこうするのが当たり前みたいに体を寄せ合って一つの毛布にくるまって窓に背中を預けた。

 とりあえず、空を見上げてみる。

「見えないね、流れ星」

「いくらなんでもいきなり見つけられることもないってば。気長に待ちましょ。こうしてれば寒いけど、寒くないから」

 寝るのにベッドに入ってからあたしたちは手を離すことはない。まるで恥ずかしくないのかって言えば、多少恥ずかしくもあるけどこうしてると美咲と心の中までもつながれるような気がして指を絡ませあったまま片時も離すことはない。

 澄んだ空気に夜の冷たさ、そして大好きな人のぬくもりに包まれてあたしたちは空を見上げる。

 この町は比較的光源も少なくて、空には満天の星空。めったに眺めることもなかったけど、キラキラと宝石を散りばめたように燦然と輝いている。

 綺麗な、とても琴線に触れる景色。

 でも、それをそう見させてくれるのは美咲のおかげだ。美咲と、好きな人と一緒だから世界が輝いて見える。そんな単純で、当たり前のことを美咲がいなくなってしまうことがきっかけで気付かされるのは皮肉を通り越して悲劇でしかない。

「みーちゃん、見つかった?」

 唐突に首をかしげながらあたしは美咲に問いかけた。

「ふ、なによ。いきなり。んーん、見つかんないよ。あーちゃんは?」

 美咲もあたしに合わせたように応えて笑顔になる。

「あたしもー」

 まるで当時の流星群を眺めた夜のように、小学生のころに戻ったようにあたしたちは空にある星に負けないくらいキラキラした目で、……涙に濡れた目で星の海に流れてくる一筋の光を探す。

 わけ、わかんない。涙がでちゃう。あの頃の無邪気だった時間と、今。してることは同じなのにあの頃を思ってしまったら、余計に寂しさを募った。

 ベッドにいたときとは違ってほとんど口を開かないで、まるであの頃の思い出を探すみたいにこの暗い夜空を切り裂いてくれる流星を探す。

「あのさ……」

 それから、十分くらいたった。あたしは、美咲に何かを伝えるかのように握る手に一瞬だけ力を込めると空を見上げたまま頭を美咲の肩に預けた。

「何?

 美咲も空を見上げたまま応える。

「あの後に言いかけたことの続きなんだけどさ」

「……えぇ」

「すごく、バカなこというみたいなんだけどさ」

「……えぇ」

「一緒に、住まない?」

 別に駆け落ちしよと誘ってるんじゃない。言葉が足らなくてもあたしが何を言ってるのかわかってるはず。

「……彩音の部屋で一緒に暮らすってこと、よね?」

「そ。親はあたしからも説得するしさ、お金のこととか色々面倒なのかもしれないけど……ほら、でも……やっぱ、さ……」

 やっぱり、こんなこと非現実的だって思う。高校生の女の子が親が引っ越すっていうのにわざわざ親友の家に居候してまだ残るなんて普通じゃない。それも、親友と離れたくないってただの我がまま、で。

 でも、我がままだけど譲れない我がまま。

「ほら、今までだって半分家族みたいなもんだったんだし、美咲が部屋にいたからって困ることなんてない、ってか朝起こしてもらえたりなんかしたらあたしもありがたいし……」

 バカなことってわかってる。わかってても、あたしだって引きたくない。美咲と離れたくない。だから、こんな幼稚なことだってすがる。

「……彩音は、親のこと、どう思ってる?」

 美咲があたしに頭を傾けてきて、コツンと頭と頭がぶつかった。

「どうって……別に、まぁときどきうざいけど、ありがたいっていえばありがたい、くらい」

 美咲相手だって親への素直な気持ちなんていいづらい。けど、当たり前がどれだけありがたいかって今はわかるから少しは素直になれる。

「そ、私はなんだかんだで親には感謝してるわよ。今回のことはともかく、ね。彩音と仲良くなれたのだってきっかけは親なんだし。それに……家族ってやっぱり、特別なのよ。彩音やゆめとはまた別に、ね」

 高校生の身分としては簡単に認められることじゃないかもしれないけど、その通り、とは思う。つまり、あたしやゆめ、こっちでの生活と家族。比べられることじゃなくて、どっちも大切ってことだ。

 それに親から離れるということは、まだ想像もできないことでそれはどうしようもなく不安なことだ。あたしも、単純にこの家を出たいとは思えない。

「それにね、親って結局子供のために生きてるようなものなのよ。なのに、私がいなくなるってわけにもいかないって思わない?」

 それはただ、不安を隠そうとしてるだけなのかもしれない。

いくら、半分家族のようなものといっても美咲にとってあたしの家ははよその家なのだ。あたしという親友が一緒とはいえ、不安がないはずはないんだから。

「…………」

 それでも美咲を引き止めたいあたしがいる。美咲が抱いている不安や親への気持ちはあたしがたどり着けない、いなくなる立場の美咲にしかわからない気持ちから生まれたものだとしても行かないでと言いたい。

 でも、あたしの気持ちと美咲の気持ち。どっちを優先するべきかっていったら……美咲の気持ちを……尊重、したい。……しなきゃ。あたしの言ってることなんてただの子供の、馬鹿な提案でしかないんだから。

相手を想うのなら、自分だけのことを考えちゃいけない、から。

「そっか。そう、だよね、あたしも、逆の立場だったら、そうするかもしれないし」

 かもしれない。

どっちつかずの優柔不断な言葉。でも、今のあたしにはそれが精一杯の抵抗。美咲を優先しながらの無駄な抵抗。

「……ありがと。彩音の気持ち、嬉しい。……ほんとにすごく、嬉しい」

 美咲の手に力がこもった。言葉にしきれない、あたしへの気持ちを伝えるために。暖かくて、せつなくて、涙がこぼれそうになった。

「…………ゆ……じゃい、そう…なくらい」

 その後、美咲がもごもごと聞き取れないことを言った、

 その時。

 キラリと、星空に一筋の光。

 まるで夜空の流した涙のような流れ星。

(………………)

「あっー、間に合わなかった」

 その一瞬の間にずっと秘めていた願い事をお約束の通り、三回言おうとしたけどとても間に合わなかった。

「彩音も見えたの?」

「見えたけどさー、駄目駄目全然間に合わない」

「何お願いしようとしたの?」

 目的のものを発見したあたしたちはやっと視線を戻して、互いの顔を見つめた。

 美咲の目にも、星のようなキラリと光る涙。それは、きっとあたしも同じだ。

「……美咲とずっと一緒にいられますようにって。一回と半分くらいしかいえなかったけどねー」

 さっき、美咲のことを諦めるみたいなこと言ったくせに未練がましいけど、これくらいは許して欲しい。

 願い、なんだから。

「美咲は?」

「……秘密。言っちゃったら叶わなくなるものよ。まぁ、私も一回と半分くらいで駄目だったけど」

「じゃ、いいじゃん。教えてよー」

「だーめ」

「ふーん、そんなケチなみーちゃんには、こうだっ」

 あたしは毛布の中で空いてる手を美咲のパジャマの下にもぐりこませてじかにお腹に触った。毛布の中で、しかも二人寄り添っていようがこの寒空の下そんなことされればかなり利くはず。

「っ! ちょ! あやね、んっ」

 案の定美咲は鋭い声を上げて身を捩るけど、毛布にくるまってるせいで逃げることなんて出来ない。

「ほらほら。いっちゃえ〜」

「あっやねー、きゃぅ。ん〜、そっちが、そうならこっち、だって」

「ひゃん!!?

 美咲の同じく冷え切った手をあたしのお腹に。

(っ〜〜。つめった〜)

 もう撫で回される必要もなく触られただけで変な声を上げちゃった。その後も美咲のすべらかな手があたしの素肌を蹂躙していく。

「ひゃ、んぅつ! ちょ、やめ、」

「彩音のクセにそんな可愛い声出してるんじゃないわよ。ほらっ」

 対してこっちはもう美咲の熱で手があったまっちゃって攻撃力が下がってる。

 ならと、今度は冷たさからくすぐりに変えたり、色んなことしてあたしたちは子供みたいにじゃれあった。

「ふふ、あは、あはは」

「っふ、はは、きゃはは」

 まるで世界にあたしたちしかいないかのような静かな夜に二人の笑い声が響く。

 それは、あたしたちにとって当たり前でとても幸せな時間だった。

 

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