「んっ………」

 唇が重ねられた。

(あぁ………)

 思わず心の中で歓喜の声をもらした。

 つないだ手のぬくもりから、重ねられた唇から心が伝わってくる。

 私への想い、愛が。

 どんな果実よりも甘くて、優しい唇。

 触れ合う感触が気持ち良くて、心地いい。

 指を絡めて、唇を重ねて、溶け合っている。

 私たちは今、一つになっている。

 そんなこの世で一番の幸せの中。

 

 ポタ。

 私の手に暖かな雫が落ちた。

(なみだ……)

 それがせつな先輩の涙だと直感的にわかる。

 泣いてるんだ。

 泣いて、くれてるんだ。

 理由もわからないくせに私はそれを嬉しいと思った。

 この涙は決して、決して哀しみの涙じゃないから。これまで心が枯れるほどに流してきたであろう涙とは違うってわかるから。

 こうして、一つになっている私にはそれがわかるから。

 ポタ、ポタ、ポタ。

 重ねた手にとめどなく雫が落ちる。

 きっとこれは想いの雫。

 私への好きという気持ちが形になって現れたせつな先輩の涙。

 ポタポタポタポタポタ。

 止まらない。

 止まって欲しくもない。

 もしかしたらこのまま二人で溺れてしまうんじゃないかって思うほどに流れても、それでもいいと思えるほどに私たちはお互いを感じあっていた。

 今まで味わったことのないほどに満たされた時間ではあっても、永遠にくっついているわけにもいかずどちらともなく唇を離す。

「……………」

 数秒言葉がなくなる。

 お互いに見惚れていたから。

 これ以上ないほどに瞳を潤ませ、頬を上気させる先輩の表情。

 この世のなによりも輝いて美しい私だけのせつな先輩。

(好き)

 そんな言葉しか出てこなくなるほど、衝撃的で魅力的な表情だった。

「なぎさ………」

 掠れながらも、気持ちのこもった声が私を呼ぶ。

「好き……好き……っ大好き……大好き」

 また、涙を流し始めてせつな先輩はキスで伝えてくれた気持ちを言葉にしてくれた。

「っ……く、ぅあ……ひぐ………ぁ…、ぅ」

 それから何やら口を開いては、詰まらせたように黙るのを繰り返す。

 それは、私への愛の言葉を口にしようとしてくれるんだとわかる。キスをしたときに二人の心が混ざり合ったように今は不思議なほどにせつな先輩の気持ちが自分の気持ちのように感じられる。

「いいです。何も言わなくても、全部伝わったから」

 そう言いながら私は両手をせつな先輩の手に添えた。

「っ……なぎさ」

 せつな先輩は胸が震えるほど気持ちのこもった響きを持って私の名前を呼んで

「っ」

 抱き着いてきた。

「っく……っひっく……ぁあ、ああぁ……ぅ」

 そのまま嗚咽をもらし始める。

「…ふぁ……ひぐ……ひぁ……」

 肩を震わせ、私の胸に頭をつけるせつな先輩を私はそっと抱きしめた。

(あぁ……私………)

 すごく幸せだ。

 この手に感じるせつな先輩のぬくもり。それが私にそんなことを思わせた。

 キスができたから、想いを通じ合わせたから。

 そんな自分のことじゃなくて、あの日、ちゃんと告白をできた日に誓ったことが現実になったから。

 

 辛かったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも全部無駄じゃない。

 

 私はせつな先輩にそう告げた。

 意味を持たせてみせる、と。

 それが叶ったから。

 せつな先輩がこんなにも幸せそうに泣いてくれるから、私は幸せだ。

 世界で一番幸せだ。

 そしてそれは……

「……なぎさ」

 涙に濡れた声が心に響く。

「ありがとう……ありがとう……ありがとう」

 万感の想いが込められたそれに私は同じだって確信する。

 せつな先輩も世界で一番幸せだ。私と同じで。

 ううん、当たり前だ。

 私たちは今二人で一つなんだから。

「貴女で、よかった……貴女を好きになってよかった。貴女に好きになってもらってよかった」

「そんなの、私もです。貴女を好きになったから、貴女に好きになってもらったから、だから今こんなに幸せなんです」

「……なぎさ」

 顔をあげたせつな先輩が私を呼ぶ。

「……せつな」

 その情熱のこもった瞳を受けて私も名前を呼んだ。

 そして、また惹かれあう。

 指を絡めながら、体は自然に寄り添っていく。

 愛しい相手を映す瞳は閉じられ、けれど瞼の裏には相手を鮮明に感じて。

 そのまま私たちは、一つになる。

 

 

(あ………)

 唇に触れた瞬間。

 不思議な光景が頭の中をよぎった。

 暗闇の中でせつな先輩が膝を抱えている姿。

 その後ろには長くくねった道。

 前には何もない。

 途切れた道の前で、せつな先輩がうずくまっている。

 行く場所を失った迷子のように、助けを求めて。

 私はいつの間にかせつな先輩の前にいて、その姿に手を伸ばした。

 それに気づいたせつな先輩は私を見つめて、その手を取ってくれる。

 お互いのぬくもりを感じながら私たちは歩き出す。

 つないで手に力を込めて。

 二人の想いが紡ぐ新しい道を。

 

 

 そんな不思議な光景。

 それが一瞬のようにも永遠にも感じた。

 それは本当にせつな先輩の心の中に入ったようなそんな気分だった。

 もちろんそんなこと現実にはありえない。

 それでも今確かにあったこと。

(全部……無駄じゃなかった)

 その光景はそのことを改めて思わせてくれた。

 せつな先輩の想いは、一つも無駄なんかじゃなかった。

 友原先輩への恋も、苦しみも痛みも。喜びも、悲しみも。

 私への想いも。

 今この瞬間のためにあったんだ。

「っ――」

 私もいつの間にか涙を流している。

 せつな先輩への想いが溢れて、形になっていく。

 世界中探したってこんなに幸せな涙はない。

 ううん、もしかしたらこれからいくらでもあるのかもしれない。

 だってこれは始まりだから。

 私たちの未来の始まりだから。

 それを二人で実感し合いながら、私たちは深く深く溶け合った。

 

10-6/エピローグ

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