入ったのはさっきの交差点からすぐの喫茶店。
天井に梁が見えているのが特徴のレトロな感じの店だ。
その中でなぜか案内される席ではなく、奥のほうの席へと取ったせつな先輩は自分と私の分のケーキのセットを頼んで正面を見つめていた。
対面に座った私ではなく、だ。
「……………」
そして、その表情はやはり、せつなさにあふれている。
(……面白く、ない)
好きな人と二人で出かけていたというのに、私の抱く感想はそれだ。
当たり前といえば当たり前。
ずっと一緒にはいても、その好きな人は私を見てくれてはいないのだから。初めて誘ってくれたというのに、していることはおそらく友原先輩のことを考えているだけ。
(はぁ……)
だが、何かを思っているせつな先輩の前でため息をつくことすらタブーと思えて心の中だけでため息をつく。
そんな気持ちのよくない時間に耐えていると、頼んでいたショートケーキとチョコレートケーキのセットが来たが、それでも先輩の表情は変わらない。
相変わらず過去を見ているだけだ。
仕方なくケーキを食べ始めても、実は大好きなショートケーキも味気なく感じてしまい、空虚な時間が過ぎるだけかと思えた。
「……ここで、初めて話したのよね」
「?」
手をつけていなかったケーキを一口食べたせつな先輩は、そんなことを口にした。
(友原先輩じゃ、ない、わよね?)
二人の出会いは知らないが、ここで初めて話すということは普通に考えてありえないだろう。
なら、ほかに過去を見つめる必要がある人物。
「西条先輩と、ですか?」
この人以外にはいないはずだ。
「……………」
道路に面した店の奥、日の光も直接は届かず昼間だというのに少し暗く感じる席に一瞬、物理的な暗さではないものが訪れる。
「そう。美優子と初めて話したのがここ」
「どうして、こんなところで」
「……運命って言うんじゃないかしら?」
「運命、ですか……」
あまり好きな言葉ではない。
そうやって言うのは逃げのような気がするから。運命なんてものはない。どんな状況でもそれを選んだのは自分なのだから。
それを運命などという言葉に隠して責任を逃れようとするのは、少なくても私は好きにはなれない。
「……あんまり褒められた言い方じゃない気がしますね。そんなものありませんよ」
……今も、せつな先輩はそういう意味で言っているような気がするから。
「ふっ……」
まずいことを言ってしまったかと若干あせった私だったけれど、せつな先輩は少しあきれたように、そして、ほんの少し思い通りだといった風に笑った。
「そんなこと言うと思ったわ」
「……これが、私ですから」
嫌われるのは嫌でもわざわざご機嫌をとるようなことをいえない。
「そうね……。でも、運命って言ってもおかしくないと思うわよ」
「……そうですか」
「一年の夏休みの最後の日。涼香と二人で遊びに来てて、偶然さっきの交差点で美優子にぶつかって、涼香が押し倒したりなんかしたもんだから美優子は泣いちゃってて、ここで落ち着かせたのよ」
「…………」
「どこかで、何かがずれてもきっと美優子とは出会わなかった。こういうの運命って言うんじゃない?」
言いたくなる気持ちはわかるし、もしかしたらそういう人知の及ばない何かというのはあるのかもしれない。
だけど
「……それなら、私とせつな先輩が出会ったのだって運命ですよ」
口答えをせずにはいられなかった。
「学校なんていくらでもありますし、ここにくるつもりだってぜんぜんなかった。ただ親への義理のために来ただけ。それに、陽菜と会わなければあなたとあんなに話すこともなかったし、好きになることもありませんでした。でも、私はそれを運命とは言いたくない。学校をここにしたのだって自分だし、陽菜と友達になったのも自分の意思。まして、あなたを好きになったのも、全部自分で決めたことです。」
たとえ、この恋が実らなくてもそれを運命のせいにするのは嫌だ。
「……あんまり正論ばっかり言ってると、友達できないわよ」
「別に、私を理解できない友達ならいりません。欠点を受け入れてこそ友達だと思いますよ」
恋の前に臆病になり続けた私だけれど、ここでようやく自分を見せることができた気がする。自分の好きな自分、見てもらいたい自分を好きな人に見せることができた。
「ふふ、ほんと渚って……」
(あ……)
嬉しくなった。
「…………面白い子ね」
この時、ずっと過去ばかりを見つめていたせつな先輩がはじめて笑ってくれたから。
喫茶店ではそれなりに話をした私たちだったけれど、そこを出てからはまたそれまでと一緒になってしまった。
といっても、帰る間だけだけれど。
せつな先輩は喫茶店を出る少し前くらいからまた無口になって、店を出ると一言、「帰るわよ」と短く言ってバスに乗り込んだ。
バスの中でもやっぱり無言で、窓の外を見つめるばかり。
「…………」
ただ、その横顔は朝と今ではどこか違うような気がして……
ポーン。
「っ?」
あと二つで最寄のバス停へとつくはずのところで、降車を知らせるボタンの音が鳴り響く。
しかも、それを鳴らしたのは他ならぬせつな先輩で。
「あの、先輩?」
「少し、歩いていきましょ」
「はぁ……?」
言われるままバスから降りた私たちは寮へ向けて歩き出す。
冬の風が痛いほどに吹き付ける中、私は先輩より半歩下がってその背中を見つめていた。
また、不可解な行動だ。
それに対して、口を挟むことなくただ先輩の隣にいるだけだった一日。
私が一緒にいること、それが先輩にとってどれほどの意味があったのだろう。
先輩は今日一日、ずっと過去を見つめてきた。おそらくまだ私と出会う前の過去を。
すでに過ぎ去ってしまったそこに私の入り込む余地はなく、隣にいる必要性を感じさせなかった。
「……ここで、最後よ」
「??」
と、先輩はなにもない場所で立ち止まった。
そう、何もない場所。
バス停から少し進んだ、冬の寂しさを感じさせる木々が立ち並ぶ歩道の何でもない場所。
そこで足を止めた先輩は。
「…………」
胸に手を当てて目を閉じていた。
「……………」
(……また、友原先輩のことよね)
「……………」
(これが、正しいことだったのかしら)
「……………」
(言われるまま、何も言わないで、友原先輩のことを見つめることを許して)
「……………」
(…友原先輩を追い出したいわけじゃないけど……でも)
追い出すくらいじゃなきゃ……このまま
「…………なら……すずか」
「……?」
今、何か言ってた?
先輩の口元が動いた気はするし、たぶん間違いじゃないんだろうけど、風が吹いていたせいもあって私の耳にははっきりとは聞こえてこなかった。
何かすごく、感情のこもっていたことのような気がするのに。
「渚」
「はい」
「戻ったら、屋上に来てもらっていい?」
「それは、別にかまいませんが……さっき、ここで終わりって言ってませんでしたか?」
普通に考えれば、今日の不可解なデートの終わりを告げるものだと思ったけれど。
「……そうよ。ここは、【終わり】」
「?」
どういう意味かしら?
「さ、行くわよ」
「あ、はい」
結局何一つわけのわからないまま、私は先輩の背中を追いかけていった。