せつな先輩と一緒に屋上に上がるのは、あの時以来だ。
もう半年以上前、先輩に【告白】をした日。
あの時から、何が変わって、何が変わっていないだろうか。
私と先輩の距離は。
「…………」
「…………」
授業の終わる少し前の時間に寮に戻ってきた私たちはそのまままっすぐと屋上に向かって、先輩はそこで風に吹かれている。
昔、世界から逃げていたときのように。
転落防止用の金網を背にして、私はまただんまりとなってしまったせつな先輩を見つめていると、それほど時間がたつことなくせつな先輩は口を開いた。
「……渚。今日は、ありがとう」
「……どういたしまて」
相変わらず泰然としているせつな先輩になんと応えればいいのかわからず私は、本音を隠してそういうしかなかった。
「ふふ」
「?」
そんな私を前にせつな先輩はなぜか不敵に笑った。
「お礼言うくらいなら、理由を話せって顔ね」
「っ。そんなに顔に出てましたか?」
「ううん。でも、そんな気がしたのよ。というか、否定しないのね」
「……当たってるのに、嘘をついても仕方ありませんから。それより、先輩に見抜かれたほうが問題です」
「そのくらいは、わかってあげられないとね」
また、さっきみたいな笑い。楽しくとか、嬉しくて、とかそういう笑いではないと思うけれど、別に私を笑ったりとかそういう類のものでもない不思議な笑み。
せつな先輩はそんな笑みを浮かべたまま
「今日、誕生日だったのよ」
また唐突なことを言い出していた。
「せつな、先輩のですよね」
それがどの程度の意味を持っているかわからない私はただそう確認を取るようなことしかできない。
「そう。それに、今日は美優子の誕生日でもあるわ」
「っ!!??」
だがそれを聞いただけで、ある程度の予測がついてしまった。少なくても、去年のこの日がせつな先輩にとって決して幸せでなかった日だということが。
「はじめ、涼香は私の誕生日しか知らなかった。でも、二、三日前だったかしら。美優子も同じ日に誕生日だってことがわかって……」
(あ………)
今まで決して他人にもらそうとはしなかたった気持ちを吐き出そうとしていたせつな先輩に私は、不安を覚えた。
また友原先輩のことでせつな先輩の心が占められていくような、そんな受け入れがたい不安。
「っ? 渚」
その不安が私の体を動かし、私はなぜかせつな先輩の腕をとっていた。
(っ。何して……)
自分でもよくわからない。でも、放っておくのは嫌だった。
「あ、と……」
何か、言わなきゃ。何か
「い、いいです。無理に話してくれなくても。義務感とかそういうので話されても、嬉しくなんか……」
「違うわ、渚。聞いてもらいたいのよ」
「え?」
「私のこと、渚に知ってもらいたいの」
先輩の目に見つめられた私は、自分の中にあった不安が一気に雲散していくのを感じた。
代わりにふつふつと高揚感が沸きあがってきている。
そこから先輩に話された話は、はやり聞いていて嬉しくなるような話ではなかった。
重なった誕生日による気持ちの暴走。それから三人にあったこと、陽菜のこと、私のこと、私が先輩を好きになった日のこと。
そこで知ったのは、せつな先輩の友原先輩に対する気持ちの大きさと、その反動がもたらした恋の辛さ。
「……私は涼香のおかげで、【私】になれた。涼香と会わなければ、たぶん誰かと本当の意味で笑うなんてことできなかったと思う。知らなかったと思う。だから私は涼香が好きで、笑ってもらいたくて、幸せになってもらいたかった」
でも、恋が実らなくても残るのは苦しみだけじゃないって今の私ならわかるから。
「渚は、昼間運命なんかないって言ったわよね」
「……はい」
「そう。私は、選んだのよ。涼香を……あきらめることを。美優子と幸せになってもらうことを、私は私の意志で選んだの」
声にはどうやっても感情がのってしまう。どんなに隠そうとしても、人は感情に縛られて生きている。
今先輩から聞こえるこの声は、強さがある。後悔もして、悲しみも苦しみも知っていて、それでもこの声には強さがあった。
「だから、これも私が自分で決めたこと、選んだことよ。渚」
「っ!?」
せつな先輩が空いている手で私の手を取って、体をせつな先輩へと向けらせられる。
「今日、誕生日だって言ったわよね」
「は、い」
(せつな先輩の目……)
少し潤んでいるそれは、吸い込まれそうなほど綺麗で、今まで私を見つめてきたどんな瞳とも違って、どくん、どくんと胸が高鳴ってくる。
「欲しいものがあるの」
その胸の高鳴りは、私が初めて体験するもので。
「あなたを、頂戴」
世界が変わるような、心地いい衝撃を持っていた。