(あ………)

 思わず口付けにまったをかけてしまった私は、サーっと血の気が引くのを感じ、同時に私を抑える力の緩んだせつな先輩からふらふらと離れた。

「………嫌、だった?」

 せつな先輩は申し訳なさそうな顔で私を見つめてはいるものの、その中に寂しさと悲しみがあるのはたぶん、私でなくともわかる。

「い、いえ! そういうわけでは……」

 嫌かといわれれば嫌ではない。と、思う。

 今、されればきっと受け入れることができる。と、思う。

 さっきのはあまりに突然すぎて思わず、待ってなんて言ってしまったのだ。と、思う。

(だ、だって……キ、キ、キス、なんて)

「た、ただ……」

 さ、さっきの、せつな先輩の顔が目の前まで迫ったことを思い起こしてしまった私の頬はみるみる赤くなっていく。

「…………」

(キス。……キス、なんて)

「ただ?」

 風になびく髪を軽く抑えた先輩は、少しかがむと私の顔を覗き込んできた。

「は、早すぎます。私たちは今、付き合い、始めた、のに」

 まだ、手を繋いでだっていないのだから。こんな、キスなんてぜんぜん早すぎる。そんな手を繋いだことないからとか、段階を踏まなければいけないということはないだろうけれど。

 でも、いきなりキスなんて……。

(そんなの……無理)

 嫌とか、そういうの以前に。そんなの、恥ずかしくて耐えられない。

(あ、でも、これは私の考えで、もしかしたら、先輩は……)

 私の気持ちはその程度なのかって、幻滅されたんじゃ……

 などという普通に考えれば誰がどう考えても杞憂なことを思っていた私は、恐る恐るせつな先輩のほうを見つめると。

「ぷっ、くすくす」

「え?」

 笑っていた。

 それは、そんな大笑いとかそういうものではなかったけれど、とても楽しそうで、なんというか押し殺そうとしてももれてしまっているというような、そんな笑い方。

「あの、せつな先輩?」

「ふっ、ふふ。ごめんなさい。渚が面白い子だっていうのはわかってたつもりだけど。ふふ」

「な、なんなんですか。私はっ」

「ふふふ、ごめんなさいってば。渚が真剣だってわかってるわ。でも、普通なかなか言えないわよ。今みたいなこと」

「だ、だって恥ずかしいものは、恥ずかしい、です」

「そうよね。わかるつもりよ」

 わ、わかってなんていませんよ。何でそんなに嬉しそうにしていられるんですか。私が今どれだけ、恥ずかしくて不安でいるかなんて、キスを、か、軽く思ってる先輩なんかに

「けど……」

 ちゅ。

「え?」

 思わず出てしまった調子の外れた声。

「ふふふ」

 先輩の嬉しそうというよりも楽しそうな、笑顔。

 どこかいたずらっぽくて、あまりせつな先輩からは想像できないような不思議な笑顔。

 そんな笑顔に見とれてて、私は先輩に何をされたのかっていうのを後から思い出した。

(あ……今……?)

 今……

(え? 今……され、た?)

 ちゅ、って。

 暖かくて、やわらかくて……ふんわりしてて、いい匂いで。

「あ、あの……先輩?」

「このくらいは頂戴。渚の気持ち、ちゃんと欲しいから」

 今度はどこか達観し、でも心からの笑顔をしている。それは、今まで私が、ううんせつな先輩がしたことないような笑顔で

 その笑顔に惹きつけられるように私は……

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