「……ぎ、ちゃーん」

 した。

「なぎちゃん?」

 しちゃった。

「なぎちゃん、ってば」

 せつな先輩と、せつな先輩に……

(…………せつな先輩……)

 ムニ。

「っ!?」

 思考をあることに奪われていた私は、何度も陽菜に呼ばれたことにも気づけずほっぺたを引っ張られやっと陽菜の存在に気がつく。

「な、なに? どうかしたの? 陽菜」

 ベッドに寄りかかっていた私を陽菜は不思議そうに覗き込んでいる。

 何かあったのだろうか?

「そ、それは私の台詞なんだけど、なぎちゃんさっきから変だよ? 何かあったの」

「何かって……」

 その一言をきっかけに私はまた、その何かを思い出す。

 数十分前に屋上であったことを。

 せつな先輩からの告白と、そして

(そして……)

「あれ? なぎちゃん顔真っ赤だよ。やっぱりまだ調子悪いの?」

「え?」

 自分でも体が熱くなってしまっているのを感じた私だけれど、陽菜の不可解な言葉に思わず首をかしげた。

 それから、すぐに今日は調子が悪いといって休んだのを思い出す。

「あ、うん。そんな、感じね」

 陽菜相手とはいえ学校をサボってせつな先輩とデートをしていたとは簡単に言えるわけもなく適当な言葉で場を濁した。

(あ、でも……陽菜には言ったほうがいいのかしら?)

 いろいろ相談に乗ってもらったりもしたし、それに、そういうことを差し置いても陽菜には話したほうがいいというよりもある意味義務のような気さえする。

 陽菜にせつな先輩とうまくいったと、言わなくては。

(せつな、先輩と……)

 あぁ、だめ。また、思い出してきた。また、あの光景がせつな先輩が迫ってきたあの光景が。

 さらさらの髪に、長いまつげ、柔らかな唇。かすかにしたシャンプーの匂い。

 かぁっとまたまた顔が紅潮していくのを感じる。もうずっとこう、屋上でのことを思い出すたびに顔が赤くなって、体が熱くなって。

「なぎちゃん?」

 また、陽菜に気づかれてしまった。

「??」

 しかも、今度はどうしたんだろうって顔をしてる。さっきは普通に調子悪そうだと心配していたのに。

(や、やっぱり、話したほうがいいわよね。どうせそのうちばれちゃうんだし)

 そうよ。これは義務みたいなもので、決して私が話したいからじゃないわよ。

「………あ、あのね。陽菜」

 私は無意識に自分に言い訳をしてしまったことを若干不思議に想いつつも、陽菜に話を切り出した。

「? なぁに?」

「今日、風邪引いたとかじゃないの」

「??」

「実は………今日せつな先輩と、出かけてたの」

「えっ! そう、なの?」

 驚きを隠せない陽菜に私は小さくうなづき、ゆっくりと今日のことを話し始めた。

 といっても、せつな先輩の行動を私自身完全に理解しているわけでもなく、話はすぐに屋上のことにうつる。

「そ、それで……先輩が好きって言ってくれて……」

 その瞬間を思い出しながら話していくのは思った以上に恥ずかしいことで、でもほとんどただ驚いていただけとはその時とは違って、改めて嬉しさがこみ上げてくるものでもあった。

「そ、それでね……」

 あぁ、な、なに話そうとしてるの。よく考えたらこれ以上は話す必要なんてないじゃない。

 キ、キスのことなんてなんで話そうなんて思っちゃったのかしら。こ、こんな恥ずかしいこと話すなんて普通じゃないわよ。せつな先輩にだって悪いし……

「それで?」

 いつのまにかちょこんと私の横に座っていた陽菜が興味津々といった感じで私の顔を覗き込む。

(…………)

 そ、そうよね。陽菜が聞きたいって思ってるなら陽菜にだけは話してもいいことよね? 今までだってせつな先輩とのことは話してきたんだし。ここまで来て隠し事なんてだめよね。うん。

 私が話したいからじゃないのよ。決して。

「キ、キスも……したの」

 だ、だめ! や、やっぱり恥ずかしくてたまんない。顔が熱いとかそういうんじゃなくて、なんかもう……死んじゃいそうなくらいに恥ずかしいし、よく考えると陽菜の気持ちも考えないでただ浮かれてるだけのような……

 そうよ。

 陽菜はせつな先輩のことが好きだったんだから。 ううん。きっと今だって……もしかしたら陽菜にこんなことを話すのは……

「え!? キスしたの!?」

 なんて一方的な不安に駆られていた私の耳にそんな私の心配した嫉妬とかねたみとかを一切感じさせない陽菜の好奇心旺盛な声が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、どんな風に!? キスってどういう感じなの!?」

 その様子は私が心配したことなんて一切ない様子で私は胸の不安を撹拌させるとゆっくりとほっぺたに触れていた。

「ここに……」

「え?」

 私はまた体が熱くなるのを感じたのとは対照的に陽菜の声はどこか間の抜けたものだった。

「ほっぺた、なの?」

「え、えぇ……」

「なぁんだ、そうなんだ」

「なんだって……」

 陽菜は期待はずれといった様子で私のほうに乗り出していた体を引いた。

「だって、なぎちゃんがそんなに恥ずかしがってるんだもん。もっとすごいのかと思ったのに」

「も、もっとって何よ」

「もーっと大人なキスかと思ったの」

「っ!!!??」

 陽菜の言う大人なキス。

 それが何を意味するかわからないほど私は子供ではなくて、ほんの一瞬だけそれを考えてしまった私は

「そ、そんなのできるわけないでしょ!! わ、私たちはまだ今日、つ、付き合い始めたばかりなのに」

 たぶん、キスされたときよりも赤くなって叫んでいた。

「ふふふ、冗談だよ。なぎちゃん」

 でも陽菜はそんな私を楽しそうに見つめてそういうだけで。

「おめでとう。なぎちゃん」

 私が一番陽菜に言われたかった言葉をくれるのだった。

 


 大切な人と、大切な友達。
 

 ……この学校に来てよかった。

 

 私は胸に暖かなものを感じながら心からそう思うのだった。

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