あれから私は柄にもなく、今の私と先輩のことについて考えてしまっていた。

(別に、キスとかをしなければ付き合ってないとか、恋人じゃないなんてことはないだろうけど)

 そのことに関しては考えが変わってはいない。

(……本当に、先輩が遠慮しているの、かしら?)

「……どうしたの。渚。何か言いたいことでもあるの?」

「……いえ、別に」

 食事中だというのにじっと見てれば気になるのは当然だろうけれど、先輩はそれ以上の追及はしない。

 遠慮とは違うと思うけど、あまり先輩から深く追求してくることは少ないかもしれない。

 もっとも、昨日のことがあったからそう思うのかもしれないけれど。

(……してるの、かしら。遠慮)

 何せ私はせっかく先輩から告白されたというのに、その時のキスには、あれだ。

 遠慮というか、そういうことから一歩引いてもおかしくはない。

 私としては今にはまるで不満はない。先輩とは付き合う前以上に話はできているし、その話題も尽きることはない。休みの日にはデートをすることもある。

 私はそれで満足だ。手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、抱きしめられたいとか、そういうのはほとんど思わない。

 ただ、私が思っていないことを先輩が思ってないかどうかは別の話だ。

(……先輩は、したいのかしら? 【恋人】がするようなことを)

 そんなこといくら考えたところでわかるはずはない。昔の私なら、それを聞いていただろうが、今は……

(弱くなったものね……)

 恋をして変わったことは大体は受け入れているつもりだけれど、これは……中々に受け入れられない部分だ。

 付き合っている二人が一緒のテーブルでお昼を取っているというのにほとんど会話のないまま時間だけが過ぎ、二人ともそろそろ食べ終わってしまう。

「渚。これから時間ある?」

「午後、ですか? 別に予定はありませんが」

「そう。じゃあ、図書室でも行かない? 今日開放日だし」

 私の心情など知るはずもなく、先輩はそう提案してきて結局一人で考えていても、相手を目の前にしても私の悩みは前進を見せないのだった。

 

 

 学校の図書室ということで、大きさ自体はそれほどのものではない。

 赤い絨毯に背の高い本棚が無数に置かれている空間は、普段からそこまで人が目に付くことはないが、長期休みの開放日ともなればわざわざ来る人数も少なく今日など、私と先輩だけだ。

「……………」

 せつな先輩は入り口から一番遠い、カウンターからもほとんど見えない位置に陣取り、早速本棚から取ってきた本を手に取っている。

 私も同じように本棚から本を取ってせつな先輩の正面に座っていた。

「…………」

 ただ、私の視線は本ではなく、昼食のときと同じようにせつな先輩を見つめるのみだった。

(私は……わからない)

 せつな先輩のことは大好きだ。恋人として、好きだ。

 だが、その恋人として好きというのはどういうものなのだろう。

 一般的に恋人として好きというのは手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、そういうものが含まれて当然なのだろう。

(……私は、思えない)

 キスをされたときは、あまりにも恥ずかしかったというだけでそれ以外はほとんど覚えていない。

 キスをしてくれた、というのはそれだけせつな先輩の気持ちをもらえたということなのだとは思う。そういう意味では嬉しいと言えなくはないのかもしれない。

 私にとって考えられもしないキスをしてくれた、それは……嬉しい、かもしれない。

(だけど……)

「……………」

 私はさっきからまるで進まぬ本を閉じ、いつのまにか先輩だけを見つめていた。

(先輩は、したい、のかしら? キス……)

 もし、そうだったとしたら、私は先輩の恋人として、役目を果たしているのかしら?

 いえ、恋人にそんなものがあるのか知らないけれど。

「……ふぅ」

 私が一心に先輩を見つめていると、先輩は困ったようなため息をついて私と同じようにパタンと本を閉じた。

「渚」

 そして、少し困ったように私を呼ぶ。

「なん、でしょうか?」

「……それは、私の台詞だと思わない?」

「…………」

 まぁ、その通りだろう。食堂にいるときから先輩は私の視線に気づいていたのだから。

「いいたいことがあるのに黙ってるなんて、渚らしくないんじゃないの?」

「わかり、ますか?」

「当たり前でしょ。渚のことでそのくらいわからなくてどうするのよ」

 淡白ながらも思いを通じ合わせなければでない言葉に私は、胸を暖かくしながらも、ほんの少しだけ罪悪感のようなものを感じていた。

「で、どうしたの? 何か悩み事?」

「……いえ、悩み、というほどのことでは」

「……そう。渚がそういうのなら無理には聞かないけど」

 まただ。やっぱり、先輩は自分から引く。それは単に先輩の性格かもしれないけれど。

(……………)

 今更だけれど、私は子供だ。自分のことや他人のこと、世の中のことなどは人よりも冷静に見れるという自負はある。

 けれど……恋愛のことに限定すれば……私は小学生程度なのかもしれない。

 だから、こういうときどうすればいいのかわからない。

 わからないことは聞く、というのが私だけれど……

(あ………)

 ほんの少しだけ寂しそうな顔をして先輩は読んでいた本をもう一度開きなおした。

 本当に寂しそうだったのかはわからない。気のせいかもしれなければ、ただの思い込みなのかもしれない。

 けれど……

 本に目を落とす先輩はやはり寂しそうに見えて……

「……せつな、先輩」

 気づけば口を開いていた。

「何、渚」

 もう一度本を閉じた先輩は私の気持ちを感じたのか、今度は本を机に置いた。

「……私ってどうなんでしょうか?」

 あえて、私は遠まわしに切り出す。

「どういう意味?」

「私は、先輩の……恋人、ですよね」

 たぶん、面と向かってそういうのは初めてだ。

「そうね。私はそのつもりだけど」

 そういってもらえるのは嬉しい。そうは思うけれど

「……私は、恋人として、どうなんでしょうか?」

「どうって?」

「恋人として、その……」

 い、いえない。キスとか、そういうことをしないのか。させないように見えているのか、なんて。

「…………こ、この前、人に言われたんです」

「?」

 急に話題を変えてしまうのは弱さ。恋の弱さ。

「普通、二ヶ月も付き合っていたら……キスとか、するものなんじゃないかって。わ、私……付き合うのっていうか、人をまともに好きになるのも、初めて、だから、よくはわからないんですが」

 わ、私は何を言ってるのよ!! こんな、こんなこと私が言うなんて……信じられない。相手がせつな先輩じゃなかったら、恥ずかしくて死んでしまう。

「……渚」

 いえ、むしろ先輩にいうほうが恥ずかしくてたまらないけれど。

「…………」

 思わず下を向いてしまった私の目には、テーブルの木の色が目に入るばかりで

「ん……」

 いつのまにかせつな先輩が迫っていたことにも気づかなかった。

「ひゃ!」

「熱は、ないみたいね」

 せつな先輩の冷たい手が私の額に当たっている。気づけば火照っていた私の顔はそれが心地よく感じはするものの先輩に触れられているというのを自覚するとまた熱くなっていくのを感じた。

「あ、あるわけないです。な、なんですかいきなり」

「渚があんまり可愛いこと言うから熱でもあるのかと思ったのよ」

「か、かわい……」

「可愛いわよ。渚」

「っ〜」

 な、何よ。そんなこと言われるようなことはしてないわ。

 それでも好きな人に可愛いといわれるのは嬉しくて……顔が……顔が、

 赤く、熱くなっていくのを感じる。

 こんな気持ちになるのは久しぶりだ。先輩から告白され、キスをされたときと、バレンタインにチョコを渡したとき以来。

「渚」

 何を言われるのか、もしかしたらいきなりキスでもされるんじゃなんてすら私は考えていてぎゅっと目を閉じた私の耳に。

「場所、変えない?」

 図書室に人の気配を感じた先輩の声が聞こえてきた。

 

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