「はぁ………」

 今日の寮の中を歩きながらため息をつく。

 どうしても多くなってしまう。あまりに悩むことが多い。

 卒業のこと、せつな先輩のこと、キスのこと。どれもこれも重すぎて、解決の糸口すら見えなくて、

「……はぁ」

 ため息しかでない。

 そんなわけで私は今日も当てもないのに寮の中をさまよっていた。

(……ほんとに、せつな先輩は私のこと、どう、思ってるのかしら……?)

 好きって思われているのは疑ってないけれど、私のこの、【子供の部分】をどう思っているのか、それが気になる。

 やっぱり呆れられているんじゃないかとか、じらせてしまっているんじゃないかとか、逆にこんなでも先輩はやっぱりちゃんと待っててくれているんじゃないかとかいろいろ考える。

 けれど、いくら考えたところでそれは私の想像でしかない。だから、気になって……ちょっとだけ、怖い。

「はぁ……」

 と、早くも三回目のため息をついたところで

「もう今年も終わりかぁ」

「っ!」

 前から友原先輩の声を聞いた。

「そうね」

 それと、せつな先輩の声も。

「年明けたら卒業も目の前、なんだよねぇ」

「……そうね」

 二人がいるのは私が最近よくいる各階にある小さなロビー。

(……………)

 恋人とその親友がいるのだから、このまま声をかければいい場面。実際普段はそうしている。でも、今は先ほど聞こえてきた卒業という言葉に足を止めた。廊下の影、ちょうど壁が邪魔になって二人からは見えない位置で話に聞き耳を立ててしまう。

「早いような、短いような……まぁ、でも長かったかな。いろいろあったしね」

 友原涼香先輩。

 せつな先輩を振った人。せつな先輩が、好きな人。……多分、今でもそれは変わっていない。ううん、変わることはないって思う。恋人として私が一番でも、せつな先輩の中には必ず友原先輩がいる。

 昔は、友原先輩のことを嫌いに思ったりもしたし、嫉妬もしたけれど、今はそんなことはない。

 悔しいとは思うけどね。

 そんなことを思いながら私は私の人生に大きなものを与えた二人を見ていた。

「というか、卒業はいいんだけど、その前に受験よ? 大丈夫なの?」

「っ……休憩中なのに思い出させないでよー」

「現実逃避はよくないわね」

「はいはい。でもこのままなら大丈夫だと思う。この前のはA判定だったっていったじゃん」

「そうね。美優子のおかげかしら?」

「まぁ、美優子にはいろいろお世話になってるね」

「まったく、一年の時半年近く休んでた相手に勉強教わるなんてね、もうちょっとしっかりしなさいよ」

「いやいや、あれは美優子が頑張ったからで」

「涼香さんと同じ大学にいきたいって、ずっと言ってたものね」

「そうそう。まぁ、今は私のほうがそのために頑張んなきゃいけない立場だけど」

「ふぅ、別にいいけど、大学ってそういうので選ぶもんじゃないんじゃないの」

「かもしれないけど、別にいいでしょレベルの低いところ行くわけじゃないし。将来のためっていうなら美優子と一緒っていうのも十分将来のためのことだし?」

「……ひどいのろけね」

「……うるさいな。っていうか、せつなだっていつだったかなぎちゃんが一緒のところに来てくれたら嬉しいとか言ってたじゃない」

(えっ!?)

 二人の受験生の女の子らしい会話の中私は意外な言葉を聞いた。

 いつだったか言ってしまったことがある。頑張ってるのは、どこへでも行けるようにするためだと。せつな先輩がどの大学に行こうともついていけるようにするためだと。

 その時は、そんな理由で大学を決めるなとたしなめられたのに。

(…………)

 もちろん、せつな先輩の言葉は嬉しいことだったけど……どこか、胸には暗いものが落ちる。

 私が、こんな風だから一緒にいないと不安なのではとか、大学四年間でもかけないと、前に進むことはないんじゃないかと思われているのではとか。余計なこと考えてしまう。

 ……らしくない。こんな風に弱気になるところも、こんな覗きみたいなことをしてしまうのも。恋人としてという以前に人としてすべてきではないことだ。

 話に入っていこうとは思えず、踵を返そうとした私の耳に。

「っていうか、なぎちゃんとは最近どうなの?」

 友原先輩の口から、無視することのできない言葉を聞いた。

「どうって……」

 もう一度壁によりそって聞き耳を立ててしまう。

 少し間を置く、せつな先輩。

(なんて、答えるんだろう……)

 その間が私の不安を掻き立てる。言うのかもしれない、私の前じゃ決して言わない、私が気づくことのできない【本音】を。

「別に、いつも通りよ」

(…………)

 どう受け取っていいのかわからない答え。真意が、わからない。

「ふーん? 卒業しちゃって寂しい〜とか言ってくれないの?」

「渚がそんなこと言うと思う?」

「あー、言わないかもね」

 ……寂しい、ですよ。でも、今はそれ以上に、不安なんです。

「でも、思ってると思う。そういうのあんまり出してくれない子だけど」

 ……わかってくれてるんだ。ちゃんと、せつな先輩は私のことをわかってくれている。のに、私は……せつな先輩の心が、見えない。

「何? せつなとしては、もっと甘えてほしいとか思ってるの?」

「………そういうわけじゃないけど、でもそんな渚もいいわね。可愛くて。あんまり想像はできないけれど」

「ん〜。確かに。甘えるなぎちゃんかぁ………想像できない」

 それは、私も。あんまり頼ったりとか、そういうことはせつな先輩にすらほとんどしていないから。

「でも、甘えるのはともかく……もう少しって思うことがないわけじゃない、わね」

(……?)

 それは、どういう意味?

「もう少しって?」

 私が目の前で言われても決して口には出せないことを友原先輩ははばからず聞いてくれる。それは、恋人である私には不可能なことで、親友である友原先輩だからこそできること。

「……………………」

(あ………)

 無表情なせつな先輩。その中にはきっと、一言ではとても表すことのできない気持ちが隠れている。それだけはわかる。

「……いろいろよ。いろいろ」

 達観したようにせつな先輩はそう言って笑った。それが何を意味するか、私は想像もできない。

「…………えっと」

 けれど、友原先輩は心あたりがあるのか表情に陰りを見せた。

「別に、涼香のせいじゃない。そのくらいわかるでしょ」

「………」

 せつな先輩は友原先輩とは対照的にさばさばとしてるけど、友原先輩はやはりバツが悪そう。

(なんの、こと……?)

 私に関係してることだと思うけれど……

(……友原先輩のせい?)

 なんのことなのかしら?

 全然想像がつかない。私のことで、友原先輩が関係あること? それも、私には直接言えないようなこと?

 しかも、友原先輩がここまで気にするようなこと?

「???」

 全然わからない。

 混乱するとともに、友原先輩がそれをわかっているということに嫉妬を覚えている自分がいる。

 それは、今までもよく感じていた感覚ではあるけれど……はっきり言ってせつな先輩が友原先輩と楽しそうに話しているのを見るだけで嫉妬をすることもあるけれど、今はそういうのとは全然別の、うまくは言えないけど、別の気持ち。別の嫉妬。

 手を伸ばしても届かないところに二人がいる、そんな歯がゆさ。

(気になる……)

 気になる。何のことなのか、何がもう少しなのか、色々ってどういう意味なのか。私がどう友原先輩と関係しているのか。

 全部が気になって、全部を知りたいけれど、そこに手を伸ばすのは……ためらいがあった。

 パンドラの箱を開けるようなそんな空恐ろしい感覚が私を包む。

 まして、その話をするのはここで盗み聞きをしていたのを伝えるのと同じ。恋人相手だからってそんなことは考えるまでもなくマナー違反だ。

 でも、知ってしまった以上、今この場をやり過ごしたとしてもこの先このことをなかったことになんてできない。

(……なら、いっそ)

 こんな思考普通のきっと普通の女の子はしない。けれど、それをするのが私だから。

「すぅ……」

「あれ? なぎちゃん、なにしてるの?」

「!!!??」

 心を落ち着かせるため深く息を吸ったところで、背後から陽菜の声が聞こえてきた。

(……だめっ!!)

 その声を聞いた瞬間、頭にはそれがよぎって

「っ!? なぎちゃ……わあああ!?」

 陽菜を手を取って全力でその場から去っていった。

(ばれ、た……?)

 後から追ってくるその不安から逃げるように。

 

 

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