ここに来た目的は二つ。
一つは言うまでもなくせつな先輩に会うこと。
もう一つは
「これが、せつな先輩が通ってる大学ですか」
この大学を見に来ること。まだ志望校がどうって決まったわけじゃないけど見ておきたかった。せつな先輩が通っている場所。日々を過ごしている場所を。
……私が過ごす場所になるかもしれない場所を。
「そうよ。悪くない場所だとは思うわよ。静かなところだし、周りの雰囲気とか少し天原に似てるし」
「そういえば、そうですね」
大きな敷地に、背の高い校舎。天原と違って研究棟とか、図書館とか建物は増えてるけどなんとなく雰囲気はわかる。それと、似てるって感じるのは敷地の中にも木々がいっぱいあるところや周りを山に囲まれているところが同じだからかもしれない。
「中も見て回る?」
「そうですね」
並んで歩きながら私たちは校内を回っていく。
今日が休みなこともあってあんまり人はいないけど、部活とかサークル?(違いがよくわからないけど)の人がいるのか、まばらっていうほど少なくもない。こういう光景は天原じゃ見ないものだ。
学食でお昼を食べたり、図書館を見て回ったり色々見たけど一番気になったのは。
何気なく入った教室。
私はそこで中を見回しながら歩き回る。それから、中央の席に座ってみた。
「そんなに珍しい?」
座った場所からじっと正面を見つめる私を不思議に思ったのかせつな先輩が問いかけてきた。
「いえ、そういうことじゃなくて」
珍しいとかじゃない。少し想像してみただけ。
「隣座ってくれませんか?」
「? 別にいいけど」
言うとおりにせつな先輩は隣に座ってくれて私は横と前を交互に見てみる。
「渚? さっきからどうかしたの?」
「ちょっと想像してたんです」
「何を?」
「この大学に来たらこうやって一緒に授業が受けられるんだなって」
それは私にとって新鮮な想像だった。高校までは教室は違うのが当たり前でこんな風に机を並べるなんて経験がなかったから。
一緒の授業を受けて、予習や復習、テスト勉強なんかをしたりする。それはずっと一緒の学校で過ごしてきても私が手にいられなかった時間。
「そういえばそうね。渚と一緒か……楽しそうね」
せつな先輩もおなじことを考えてくれたのか楽しそうに笑ってくれる。
「けど、前に渚も自分で言ってたけど、それで選んじゃダメよ」
「わかってますよ。先のことを考えます。先輩との将来のためにも」
「……よくそういうのをさらっと言えるわね」
「だって本気で思ってることですから」
「そうね。ありがとう渚」
「お、お礼を言われるようなことじゃありません」
多分誰から見てもいちゃついているようにしか見えない時間を過ごして私たちは教室を後にした。
一通り見て回ったしそろそろせつな先輩の家に向かおうという話になって私たちは大学を出ようとすると、
「せつな」
知らない人に声をかけられた。
私が、知らないと言うだけだけど。
(……大学の友だち?)
いくら私といるからと言って声をかけてきた相手を無視するわけにはいくわけもなくせつな先輩はその人と話しこむ。
私は居心地悪く一歩下がって二人の会話を見るくらいしかすることがない。
(……せつな、か)
まだ会ってから一か月も経ってないだろうに。
「…………」
面白くない気分。いまだに先輩ってつけてるのもそうだけど、それ以上に今まではせつな先輩が知らない人と話すっていうのを見たことなかったから。不安とかじゃないけれど面白くはない。
「せつ……」
そろそろ行きましょうって口にしようとしてやめた。そんなのみっともない。
けれど、この状況じゃ声を出すっていうことがすでにそういう意味だけど。
「ん、その子……」
ほら、友達さんが私のことを変な目で見てきたじゃない。
「この前話したでしょ」
「あぁ、そっか。なら私はそろそろ行った方がいいってわけね」
「そういうこと」
「んじゃ、せつな。また学校が始まったらね」
「またね」
思いのほかあっさり友達さんはいなくなってくれたけど、そのことよりもさっきのやり取りが気になる。
(何よ、今の)
せつな先輩のことは理解してるみたいな言い方。
「……随分仲が良さそうですね」
「んー、そうね。入学式で隣になって以来よく話してるかしら」
「ふーん。それよりもそろそろ行きましょうか」
自分から話しを振ったくせに私は答えを聞く前に歩き出した。
「もしかしなくても嫉妬してくれてるの?」
そして、すぐに止まる。
「……悪いですか」
「嬉しいけど?」
「茶化さないでください」
「本当のこと言っただけなのに。けど、心配する必要はないわよ。ほんとにただの友達なんだから」
「別に心配なんてしてません。ただ仲良さそうだっていっただけです。せつなだなんて呼ばせて、そんなに社交的だなんて知りませんでした」
声にしてからしまったと思う。せつな先輩には何も非がないのに少し言い過ぎた。
私はそれをまずいと思ってまた歩き出したけど、せつな先輩が思ったのは違うことみたい。
しばらく早歩きの私をせつな先輩がついてくるのが続いてたけど、大きな土手を歩いているところでせつな先輩が声をかけてきた。
「なら、渚も名前で呼んでみる?」
「……え?」
何のことかわからなくて私は足を止めて振り向く。
「だから、せつなって呼んでみて?」
「っ。な、何言ってるんですか」
「私が名前で呼ばれてるのが気に入らないんでしょ? なら渚もせつなって呼べば一緒じゃない」
「い、今だって、名前で呼んでますよ」
「先輩ってついてるじゃない。もう先輩じゃないんだし、名前で呼んでくれてもいいんじゃないの? 恋人なんだし」
「っ。そ、そういう言い方は卑怯です」
言われたとおり先輩はもう先輩じゃない。でも、ずっとこう呼んでたのにいきなり名前を呼べなんて。
「ずっと先輩ってつけるのも変でしょ。いい機会じゃない」
「それはそうかもしれませんけど……」
何度も言うように私たちは恋人同士。先輩ってつけちゃダメなんてことはないけどその必然性もなくて……
いつかは先輩って呼ばなくなるって想像もしたけど、こんな急に
「ね、渚」
「っ」
近づいてきたせつな、先輩が私の手を握ってきた。
「お願い」
「っーー」
ず、ずるい。こんな風に迫られたら駄目なんて言えるはずがないじゃないですか。
私はせつな………先輩の顔を見つめ返して
「わかり、ました。せつな………………さん」
呼び捨てにしてから恥ずかしさに負けた。
だ、だって仕方ないじゃない。ずっと先輩って呼んできたのにいきなり呼び捨てなんて恥ずかしいわよ。
あぁ、こんなんじゃまたせつな、さんに笑われて……
「あはっ」
ほら。
「やっぱり渚って面白いわね。普段澄ましてるくせにこういうことには奥手なんだから。そういうところが余計可愛いんだけど」
「っ……」
こ、こっちはたとえさん付でも勇気を出していったことなのに。
なんて不満を持とうとしていた私に。
「けど、ありがとう渚。嬉しいわ」
狙ったかのような嬉しい言葉。
心を優しく撫でられるようなむずかゆい喜び。
それが心地よくて。
「あら? 怒っちゃった?」
私は緩んだ笑顔で歩き出した。
(ほんの少しだけ感謝してあげますよ。友達さん)
なんて、二人の関係を一歩……半歩進めてくれた友だちさんにお礼を述べながら。