「はぁ……」
半ば追い出されたように図書館に来た私は奥まった場所で一応目的だった本を手にしつつも考えるのは渚のことばかりでため息をついていた。
(何であんなに怒ってるのかしら?)
渚は結構短気で、怒ることもあるけどあんなに怒ったのは初めてかもしれない。
(……それだけのことをしたって、こと……よね?)
心当たりがないけどそういうこととしか思えない。
(覚えてないって、なんのこと?)
何を覚えてないの?
覚えてないことに怒ってるって言ってたけど、直接の原因は覚えてないことなのよね。
「うーん……」
私は本から手を離して頭を抱える。
(……そう言えば、どうして頭が痛いのかしら?)
風邪を引いたとも思えないのに起きた時からずっとズキズキと痛む。
(……あぁ……そういえば……確か、お酒を飲んでみようかと思って……)
「……………」
記憶を探る様に私はぼーっと焦点の合わない瞳で目の前の本棚を見つめていると
「っ!!!??」
血の気が引いた。
背中に冷や汗が伝うのを感じる。ついで顔がかぁっと熱くなった。
気まずさと恥ずかしさを同居させ、呆然と渚のことを思う。
全部を思い出したわけじゃない。うろ覚えではあるけど……
キス……した?
それも、今までに無いようなやつを………
した、かもというような記憶だけで感触は全然覚えてないけど、でもその記憶を穴埋めするだけの要素が渚にはあった。
(それに、キスだけじゃなくて………)
ベッドに押し倒したような……? 渚の可愛いおへそを見たような気が……
(…………………も、もしかして……?)
うろ覚えでしかないのと、渚の様子から私は私のしたことを実態以上に膨らませていく。
(な、渚に……どう謝ればいいの?)
そして、渚にしてしまったことと、渚が不機嫌な理由を勘違いして私はその場で身悶えるのだった。
「……ふぅ」
せつなさんを追い出して一人になった部屋で私はため息をつく。
昨日、初めての経験をしたベッドの上で。
(……………)
昨日のことのせいでせつなさんと一緒にいたくはなかったけど一人になってすることがあるわけじゃない。
だから、必然的に考えるのは昨日のことになる。
キスのことになる。
(……すごかったな……)
ああいうキスはしたことはあるけど、その時は本当に舌先を触れ合わせるくらい。それですらあまりに恥ずかしくて一回して以来全然できてなかったのに
(あんな………)
「っ〜〜〜」
それを思いだしてしまった私。
甘い味、熱くて痺れていく舌。肌に直接響くような艶めかしい音。
「……っ……はぁ」
熱のこもった吐息を吐いてその想像から逃れる。
(……こんなに恥ずかしくて……あんなに………かったのに)
せつなさんは覚えてない。
「…………」
いきなりされたことも……半ば覚悟と期待をしたのに眠ってしまったことも怒る対象ではあるけれど……あんなことをしておいて私だけが覚えてるっていうのが、悲しいような寂しいような複雑な気持ち。
あんなことをしておいて、私をあんな気持ちにさせておいて忘れるなんて、ありえないわよ。
「……もう」
それを思うとまた怒りがぶり返してきて私はベッドに横になる。
(……そもそも、どうして急にあんなことするのよ)
少しお酒飲んだからっていきなりキスするなんて。そういうこともあるのかもしれないけど、でもいきなりキスをして、さらには……む、胸まで触られて………。
「…………………それとも……」
ある可能性に辿り着いて、私の声は沈む。
酔っぱらうと人の本音が出るとも聞く。
もしそれが本当なら……
「せつなさんは……私とああいうことがしたいのかな……?」
ポツリとつぶやいてから
「………したい、のよね」
噛みしめるように言った。
だって、もう付き合ってから大分経っているし、一緒に住み始めてからも一年が経とうとしている。
なのにエッチはおろか、キスだって子供のまま。
キス以上のこと……体を重ねること。
すごく恥ずかしくて耐えられなさそうって思うけど、嫌だなんて思わない。
ただ、きっかけがなくて(せつなさんは私をすぐ子供扱いするし)ここまで天原にいたことと変わらない付き合い方になっていた。
多分、というよりも間違いなくそんなのは普通じゃない。
「…………柔らかかったな」
そのことを思い出す。
せつなさんの体の感触。頬にかかる髪の匂い。上気した頬。胸に触れる冷たい手。
そして、熱く絡まる舌。
「んっ…」
鮮明に思い出せるせつなさんのすべて。そのどれもを知っているはずだったのに、昨日のは全然違った。
「……せつなさん……」
火が灯ったように心と体が熱い。
(……っ)
それはせつなさんのことを考えると熱を増して、心臓がはやっていく。
「せつなさん……」
無意識に名前を呼ぶと
「っ………」
余計に体が………火照っていく。
私はその意味も理由もわからないほど子供なんかじゃなくて……それを理解した上で
「せつなさん………」
もう一度愛しい人の名前を呼んだ。