「……ん……すぅ……すぅ」
目の前で小さくて可愛い女の子が寝ている。
一つのベッドの中に寄り添っているからもう目の前で、体だって手を伸ばす必要もない距離にある。
整った小顔と絹みたいに繊細な髪。長い睫毛に、すべすべのほっぺ、薄紅色の唇。
「可愛いなぁ、なぎちゃんは」
私は穏やかな寝顔を見つめながら笑顔で言う。
可愛いなぎちゃん。最初あった頃は冷たく厳しかった瞳、今は人を好きになることを知った優しい瞳。
その瞳を閉じて無防備な寝姿を曝している。
「……ずっと一緒にいたなぁ」
三年間ずっと、本当にいつでも一緒にいた。特に今年朝比奈先輩が卒業してからは。
「最初不安だったっていうの本当だよ?」
聞こえない言葉を投げかけて、私は過去に想いを馳せる。
この学校に来るのは本当に楽しみだった。小さな頃からお母さんにこの学校のことを、この寮のことを聞いてて、いつか自分も行くんだって勝手に思い込んでてた。
受験の日に朝比奈先輩と出会って……ほとんど一目ぼれして、絶対に駄目だって思ってたのに合格して入学が決まったときは天にも昇る気持ちだった。
もう一度朝比奈先輩に会えるっていうことはもちろん、お母さんが言ったようにそこでしかない出会いを楽しみにしてた。
どんな子と同じ部屋になるんだろうって思って出会ったのがなぎちゃん。
初めて見た時、綺麗な子だとは思ったけど、なんていうかなまるで漫画に出てきそうなきつい子だなぁって思ったよ。
なんかいつでも怒ってるのかなって思ってたし、何にも、誰にも興味がなさそうでいつもつまらなそうだった。
クラスでも寮でも孤立してたし、私だって先に仲良くなった子は他にいくらでもいて、朝比奈先輩のことは別にしても、部屋でなぎちゃんと二人きりになるよりも他の子と一緒にいたほうが楽かなって思ってた時期もある。
けど……なぎちゃんは変わった。何がきっかけだったのか私にはわからないけど、なぎちゃんは私との生活を受け入れてくれるようになって、それからまた色んな事があった。
不器用ななぎちゃん。
朝比奈先輩と中途半端な関係を持っていた私に引導を渡してくれた。
その後、なぎちゃんに朝比奈先輩が好きって告白された時はさすがに色々思ったけど。でも、恨んだりはしなかった。
私はなぎちゃんのことを知ってたから。まっすぐ、そうだないい意味で自分のことしか見えてない子だって知ってたから。
私に嫌われるかもしれないって思っても、朝比奈先輩の隣にいたかったんだよね。苦しんでる朝比奈先輩のことを助けたかったんだよね。
だから応援した。
それから朝比奈先輩となぎちゃんが今みたいになるまでずっと私はなぎちゃんの隣でなぎちゃんの恋を見てきた。
二人の間に起きた全部は知らないけど、朝比奈先輩ですら知らないなぎちゃんのことも知ってる。
朝比奈先輩のために一生懸命だったなぎちゃん。落ち込んでることだってあった。もうだめなのかなって諦めてる時もあった。でも、なぎちゃんはくじけなくて、最後には絶対に朝比奈先輩に向かっていった。
朝比奈先輩を支え、救うために。
そんななぎちゃんはとっても可愛くて、かっこよくて、私はそんななぎちゃんを朝比奈先輩よりも近い場所で見守ってきた。
二人が付き合うようになってからもすんなりとはいかなくてなぎちゃんは、なぎちゃんなりに恋人っていうことに悩んだりもしてた。
その頃のなぎちゃんはもう私が最初抱いたような冷たい印象はまったくなくて、どこにでもいる普通の不器用な女の子だった。
時に悩み、笑いながら満たされた日々。
そして、朝比奈先輩の卒業した今年、入学以来私がこの学校でなぎちゃんの一番になった一年。
私がなぎちゃんの一番でいられる唯一の一年。
楽しかったよ、すっごく。
今までは一番近くにいたのにいなぎちゃんは一番に私を見てくれることはなかったもん。本当にいつでも一緒の一年だった。
おはようって言ってからおやすみって言うまで一緒の時間を過ごした。
もちろんその中でもなぎちゃんの気持ちは朝比奈先輩にあったけどね。
……嫉妬しちゃうくらいになぎちゃんの頭の中朝比奈先輩しかいなかった。私はなぎちゃんを見てるのに、なぎちゃんは未来に想いを馳せていた。朝比奈先輩との未来を
「……ちょっと、悔しかったな」
いつのまになぎちゃんの頬に手を当てて私はたまった気持ちを吐き出すかのようにつぶやいていた。
「………悔しかったよ」
なぜか繰り返してる自分がいる。
本当に充実した三年間、最後の一年。
卒業してもなぎちゃんとは特別な親友であることは間違いないけど、でも……一番じゃない。
(…わかりきってることだけど)
でも、胸の奥に疼痛がする。ただ痛いんじゃなくて疼痛。
それが何を意味しているのか私は知ってるはずなんだけど、見ないふりをして
「なぎちゃん」
名前を呼びながらなぎちゃんとの距離を縮めた。
そしてすべすべのほっぺと薄紅色の唇を指でなぞる。
「…………好きっていうのほんとだよ」
誰に届けているのかわからないけど私はそれを告げてなぎちゃんの顎をこちらへと向かせて……私は唇を近づけていく。
頭の中にいろんなものがよぎる。それななぎちゃんのことはもちろん、朝比奈先輩や今ここでは関係ない学校での思い出や友達のことまで。
走馬灯のようになぎちゃんとの三年間が見えて私はなぎちゃんとの距離をゼロにした。
「…………」
ただし、唇ではなく腕で抱くという意味で。
「…………長い片思いだったのかなぁ」
誰にも聞こえていない告白は夜の闇に吸い込まれていった。