渚と絵梨子が交流を深めているその時、姉妹で取り残されてときなとせつなはこの旅行中めったにならなかった二人きりの時間だというのに上を見上げ、それぞれ自分の恋人たちのことを気にかけていた。
「わざわざあんなところいってなんの話かしらね」
「さぁ? でも渚って抱え込むところがあるからちょっと心配ね」
「まぁ、絵梨子はあんなのでもちゃんと先生ができるしひとまずは任せてもいいと思うわよ」
絵梨子のそういうところも知っているせつなはそうねと、再び二人を見上げ軽く手を振った。
「ところでお姉ちゃん、昨日言い忘れてたんだけど」
「ん、なぁに?」
二人を見るのは変わらずに会話を交わすことにした二人。
「一昨日みたいなこと、渚の前でやめてよね」
「一昨日?」
「……夜中、絵梨子さんとお酒飲みながらキスしてたでしょ」
「あぁ、そのこと」
何のことかわからなかったときなは納得すると同時に「てっきり、昨日の……」と小声でつぶやくが、幸いせつなには届かずせつなは話を続ける。
「あぁいうの渚の前でやめてね。渚にはまだ早いんだから」
「なるほど、なぎちゃんとはまだそこまで行ってないってこと」
「……話そらさないで」
「あ、図星だった? まぁ、若者は若者なりにゆっくり進んでいけばいいんじゃない?」
糠に釘といった感触で相手にされていないことと、どこか子ども扱いされているようで少しむっとするがこの話題をしていても勝てないと割り切り、とにかくやめてともう一度伝えると。
「ふーん、まぁそれはともかくあれはいいの」
ときなは再び上を見上げて渚と絵梨子のことを問う。
「あれって?」
つられて二人を見ると絵梨子が渚の頭を撫でていた。別にそのくらいならと思っていると、
「年下が好きなのは知ってたけど、まさか渚にまで手をだすとはね」
「手を出してるわけじゃないでしょ。少しくらい……」
冗談なのはわかっていても少しくらい許してあげなよと言いかけたが
「あらら、なぎちゃんからも抱き着いちゃってるけど」
「……………別に、渚が心を許したのならいいことじゃないの」
言葉ではそういうものの表情には面白くないといった表情がにじみ出ている。
「お子様なのはなぎちゃんだけじゃないってことね」
そんな妹に温かく見守りながら
(……私も、お子様なんだけど)
嫉妬してしまう自分がいることいることは否定できなかった。
絵梨子さんと寄り添いながら二人のところに戻ると、なぜか二人は訝し気な目で私たちを見てきた。
それがなぜかよくわからないまま首をかしげているとときなさんに何を話していたのと問いかけられて、私は絵梨子さんと視線を交わし合う。
「内緒。ねっ、なぎちゃん」
「はい。絵梨子さん」
大切なことではあったけれど、二人に話せるようなことではないから目配せして私たちは秘密の共有を確認した。
「ずいぶん仲良くなったのね」
そんな私たちを見てそう言ったのはせつなさん。表面上は笑っていて私は真意に気づかずに元気よくはいと返事をしてしまう。
「ふーん。まぁ、絵梨子は若い子をたらし込むのが得意だしね」
「たらし込むって。ただ普通に話しをしていただけよ」
「そうね、人生の先輩として妹の恋人を抱きしめるくらい普通よね」
あれ? ときなさん少し怒っている?
「渚も満更じゃなかったみたいだし」
せつなさんも?
この時点で私はあまり事態を把握できていない。二人に見られていたんだろうな程度のことはわかるけれど、それが二人を不機嫌にさせるということには繋がっていない。
ただ、私の隣にいる人はわかっていて
「そうね。悩める子羊ちゃんを導いてあげるのは先生の役目でもあるし」
「っ!?」
肩を抱かれて、絵梨子さんに引き寄せられた。
「あ、あのっ!?」
確かな体温を感じながら困惑していると、二人がむっとした顔を見せた。
「絵梨子? 貴女がなぎちゃんの何を聞いてあげたのか知らないけれど、妹たちのことは妹たちで解決させる方がいいんじゃないのかしら?」
「申し訳ないけどその通りです。そもそも渚は初心なんですからそんな風になれなれしくしないでください」
(あ、あれ? 二人とも、何か怒って、る?)
もしかして、私たちが抱き合ってたのが変な風に誤解されちゃっているの?
た、確かに絵梨子さんのことをすごいと思って心を許しはしたけど、ふ、二人が思うようなことじゃないのに。
「ち、ちがっ」
違います! と言いたかったのに、その前に絵梨子さんの手が肩じゃなくて腰に回されて余計に密着させられてしまう。
「あら、たまには大人の魅力もいいわよね。ねぇ、渚」
「んっ……ん」
耳元で囁かれてつい体がビクってなった。
(ふあぁぁ)
甘い香りのする絵梨子さんに抱きしめられているという事実とせつなさんに見られているということに思わず顔が赤くなっていく。
「……渚も満更じゃなさそうね」
「っ! ち、違います」
せつなさんが顔をしかめ不機嫌そうにそう口にした瞬間私の中で何かがはじけて、絵梨子さんの手から逃れた。
そのままの勢いでせつなさんの前まで向かってその手を取ると
「わ、私が好きなのはせつなさんだけですから」
必死にそのことを訴えた。
「え、絵梨子さんには少し相談に乗ってもらっただけで、その……好きとかそういうんじゃ全然なくて! わ、私はっ」
私はとにかくせつなさんに誤解されたくないという一心で必死に訴えかけた。絵梨子さんのことは尊敬もしたし、かっこいいとも思ったし別の意味で好きとは思ったけれど、好きなのは私にとって好きって言える人はっ!
「ふ、ふふ……」
「う、くく」
真剣な瞳でせつなさんを見ていると、周りからそんな笑い声。
「ふ、ふふ……ごめんなさい。からかいが過ぎちゃったわね」
「え?」
「私たちだけがするならともかく絵梨子まで悪ノリするからなぎちゃんが面白いことになっちゃったじゃない」
「始めたのは貴女たちでしょう。まったく無垢な子をからかって、悪い姉妹ね」
「え? え?」
「……あ、はは、まあそういうことよ、渚。貴女が絵梨子さんと仲良さげにしていたから少しからかっちゃったの。まさかこんな大胆な告白をされることになるとは思わなかったからね」
「あっ……」
まだうまく状況を把握しきれてはいなかったけど、それでも恥ずかしいということだけは自覚してせつなさんの手を慌てて離した。
「う…ぅ……」
「けどね、渚。私も好きなのは貴女だけよ」
「っ!」
勘違いの告白に等しかったことにまともに返されて、余計に頬が熱くなってしまう。ただ、それでもせつなさんの言葉は嬉しくて、
「よしよし」
と抱きしめてきたせつなさんのことを受け入れていた。
(……やっぱり子供だ)
改めてそう思ってしまう私。でも、恥ずかしくはあってもこんな風な時間を過ごせることは嬉しくて、
「……好きです」
と小さく呟きながら抱き返す。
「私もよ」
同じようにささやかれながらせつなさんに抱き返され、いろいろあった旅行ではあったけれど来てよかったと心から思う私だった。
「ところで、渚に手を出していた件については後で詳しく聞かせてもらうから」
「え? …う、…うん……」