ところ変わって、旅館の中。

 四足のテーブルの一面だけを使って並んでお茶を飲むときなと絵梨子。

 正面は窓になっていて、旅情を感じさせる山の景色が一望できる。

「それにしても、さすがに疲れたわね」

 ときなが入れてくれたお茶を口にしながら絵梨子は息を吐く。

「お疲れさま絵梨子」

「にしてもさすがに若い子は元気ね。ついてすぐ散歩に行けるなんて」

「そこまで離れてはいないでしょ。まぁ、絵梨子が疲れてるのは認めるけど」

「ときなだって一緒に行ってもよかったのよ? せっかく来たんだし、綺麗なところよ?」

「興味はあるけれど観光は明日以降にすればいいわよ。それに二人きりになる時間も必要でしょ」

 並んで座っているだけだったときなが絵梨子へと体を預ける。自然と絵梨子も同じように体重をかけ互いに支え合う。

「そうね」

 もう言葉を多く語らなくても気持ちは伝わる。旅行に来るというイベントは確かに大切なことだ。だが、愛する人と一緒に過ごすこと以上の喜びなんてない。

 二人は笑みを浮かべながらそれを想い、正面の景色を見つめる。

 それは間違いなく幸せな時間。そんな中、ときなが思い出したかのように口を開く。

「そういえばなのだけど」

「どうしたの?」

「あの二人ってどこまで進んでるのかしらね」

「聞いてないんだ」

「妹相手にはむしろ聞きづらいことでしょ」

「かもね。でも、私たちが気にすることじゃないわよ。あの子たちはあの子たちのペースで歩いていけばいいんだから」

 自然と教師らしいことを口にする絵梨子。それは正しい認識ではあるが、ときなは否定した。

「絵梨子の言うこともわかるけど、気になるじゃない? だってそれ如何であの子たちの前でとる態度も変えなきゃいけないでしょ」

「……変えなきゃいけないようなことはしない方がいいんじゃないの?」

 ときなの言わんとしていることを理解し絵梨子は少し呆れたように言った。

「それはそうだけれど」

「そういうことよ」

「なら……せめて二人きりの時はあの子たちの前じゃしないことをしないとね」

「ん……もう」

 困ったように頬を赤らめる絵梨子だが迫ってくるときなを拒絶することはなく旅行での一回目の口づけをするのだった。

 

 

 テーブルの上に並ぶのは豪華絢爛(というか逆に私の発想の貧困さを示すような気もするけれど)な食事。

 大きなお皿に盛られたサラダと、山菜と海鮮の天ぷらの盛り合わせ。茶碗蒸しにメインのステーキ。

 おひついっぱいのごはん。

 フルコースの料理とかを食べたことのない身としてはやはり豪華絢爛と言ってもいいかもしれない。

 特にお気に入りなのは天ぷらだった。しつこくない油と、塩をつけてのさっぱりとした味がたまらない。山菜でも、海鮮でも口の中に香りが広がる心地は言葉にしがたい。

 少し体のだるさがあって食欲がわかないかなと思っていたけれど、そんなのは杞憂なくらいにおいしい食事となった。

「ねぇ、なぎちゃん〜。こっちもたべてみて?」

 あくまでも食事は。

「ほら、あーん」

「いえ、一人で食べられますから」

 夕食を取り始めて数十分。当初は皆、料理に舌鼓を打ちながら談笑をしていたのだけれど、ときなさんと桜坂先生のお酒が進んでいくと徐々に様子が変わってきた。

「ダメよー、ちゃんと食べなきゃ」

「だから、食べていますよ……」

 二人も旅行に来ているという解放感があるのかお酒が進み、ときなさんはそんなに変わらない様だけれど、桜坂先生はこうだ。口数は多くなり、対面にいたのに今はこっちに回ってきてなぜか恋人であるときなさんにではなくて私とせつなさん積極的に絡んできた。

「なぎちゃんは若いんだし、小っちゃいんだからね」

「……だから何だというんですか」

「だから、ごはんいっぱい食べておっきくならなきゃ」

「……今更成長なんて期待できないでしょう」

 確かに周りの平均と比べて背が小さいのは認めるけれど、そこは半ば諦めている。今更望むべくもないのだし。

「あの、絵梨子さん、渚が困ってるから」

 せつなさんも桜坂先生へどう対処していいのかわからないものの、私を放っておくことはなく私と自分の間に陣取る桜坂先生をなだめるように言ってくれた。

「ねぇ、せつなー。せつなだっておっきい方がいいよね」

「いえ、私は、渚は今のままでもいいとは思いますけれど」

「ふーん、そっかぁ。せつなは胸小っちゃい方が好きなんだ」

「っ!!」

 矛先が変わったことで汁物をとって落ち着こうとした私は思わず吹き出しそうになってしまう。

「い、いえ! そ、そういうことではなく」

「ん? やっぱり大きい方が好きなの?」

「だ、だからそうじゃなくて私は別に大きいとか小さいとかじゃなくて渚のことなら全部好きだから問題ないというか」

「っ…せ、せつなさんっ!」

 なんだかとても恥ずかしい。せつなさんが私の胸をどう思っているかなんて考えたこともなかったし、そもそもまだ触れられたこともないのにせつなさんが私の胸について言及しているのが耐えがたいほどの恥ずかしさがある。

「あ、渚! 別にその……ち、違うのよ」

「い、いえ、その……わ、わかっていますから」

 何が違くて、何をわかっているのか当事者である私たちにもわからないけれどとにかく私たちは顔を真っ赤にしてしまう。

「……………」

 どんな顔をすればいいのかわからず私たちは食事の手を止め、妙な空気が流れてしまうけれど。

「絵梨子その辺にしておきなさい」

 静観していたときなさんがするどい目つきで桜坂先生をにらんだ。

「えー、なんでーお姉ちゃんとして心配してあげてるだけなのにぃ」

「お子様たちには刺激が強いのよ」

 少し強い言葉に私たちもビクっとなるけれど桜坂先生は意には返さず、

「じゃあ、ときながちゅうしてくれたらやめるー」

 などと緊張感のないことをのたまう。

「はぁ、ならこっちにきさない」

 とときなさんは言ってからなぜか水を口に含むと

(え!?)

 のこのことやってきた桜坂先生の唇を有無を言わさずに奪った。

 しかも

「んっ……んっ……」

 重なった二人の唇から水が漏れていく光景に瞳が釘付けになる。

(水を、飲ませてるの?)

 それはわたし達がしたことのないようになキスで、二人の接合部からこぽこぽと水が零れていくのがとても官能的で

「んく……」

 思わず生唾を飲み込んでしまう。

 せつなさんへ視線を送っても私と同じように目を見開いてその光景を見つめている。

「っはぁ……」

 うっとりとした息を吐いて二人はキスを終える。

「あ、の……」

 唐突に刺激的なものを見せられて私は何を言えばいいのかもわからずに硬直していると、ときなさんがこちらへと視線を向けると。

「あぁ、水を飲ませただけよ。酔いを覚ますにはいいの」

「…………………」

 それが真実なのかどうかはお酒を飲めない私にはわからないのだけれど、涼しく言い放つときなさんに、

(……この人も相当酔っぱらってるんじゃ)

 と普段のときなさんからは考えもつかない行動にそう思わざるを得ないのだった。  

 

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