「こういう光景も悪くないわね」

 お風呂から数時間後、ときなは一人部屋の隅にある小さなテーブルと左右に椅子が配置されているこじんまりとしたスペースで窓の外を見つめていた。

 テーブルには備え付けの冷蔵庫にあった日本酒をお猪口で飲みながらほとんど光のない窓の外を見つめている。

 広がるのはうっすらと影が浮かぶ景色。近くは同じように旅館やホテルがあるけれど、遠くの山に視線を移すと暗闇が広がっている。

 吸い込まれてしまいそうな闇。恐ろしくもあるのだけれど、どこか魅力的にも映る光景。

「こういうところで飲むのもオツなものね」

 すでに日付は回っていて、言いながら再びお猪口に口をつけた。

「ん、ぅ……」

「……ふぅ」

 窓とは逆方向から聞こえてきた声に視線を向けると、

 視線の先には並んで寝ている渚とせつな。二人とも幸せそうな顔をして穏やかに寝息を立てている。

「微笑ましいというかなんというか」

 その姿を見たときなは一時間ほど前のことを思い出してそう思う。

 それはのぼせてしまった渚を介抱していた時のこと。

 真っ赤な顔で熱っぽい吐息の渚とそれに寄り添うせつな。

 することはおでこをタオルで冷やしてあげたり、仰いであげたりと特別なことはしていないが二人の会話がなんともむずかゆかった。

 二人して自分に責任があるなんて言いあい、それを否定し、落ち着いてきたと思ったら無言で見つめ合うだけ。

(私がいるからって遠慮しないでキスの一つでもしてあげればよかったのに)

 言葉だけでうまく伝えられないのなら、そういう行動もありではあるのにせいぜいせつながしたのは寝付こうとしている渚の手を握ることくらいだった。

 しかも渚の方もそれで満足したように寝つき、せつなはそんな渚を同じように幸せそうに眺めているだけ。

(どうも私たちの妹たちは思った以上に純な子らしい。私にもそんな時期が……)

 と、自分のことを振り返ると顔をしかめ

「……なかったわね」

 自分の初めてを思い出し、なんとも言えない表情となるときな。そのこと自体はまるで後悔はしていないが、普通ではなかったのは確かだから。

 ふぅ、とため息をつきときなはもう一杯あおると

「ただいまー」

 部屋のドアが開けられそんな声が聞こえてきた。

「おかえりなさい、絵梨子」

 ちょうど二人が寝入ったタイミングで起きた絵梨子がお風呂から帰ってきたのを迎える。

「ただいま。いいお湯だったわよ」

 言いながら一直線にときなのもとに向かい、ときなの対面に座る絵梨子。

「あ、また飲んでるの? 私ももらっていい?」

「……別にいいけれど、ほどほどにしなさいよ」

「わ、わかってるわよ」

 酔っていた自覚はある絵梨子は頬に朱を散らし、その姿に自分の恋人も可愛いものだと思いながらもう一つお猪口を用意する。

「乾杯」

 コン、とお猪口をぶつけて酒を口に含む。

「ん……」

 口の中に広がる芳醇な香りと冷たくも、熱く喉を過ぎていく感覚。

 それと

「やっぱり、こういうところで飲むのは違うわね」

 旅行という特別なイベント。

 薄暗い部屋の中わずかな月明りの下で恋人と飲む。その非日常感は高揚をもたらすには十分だった。

「旅行、来てよかったわね」

 一杯飲みほしたときなはお猪口を置くのと同時に言う。

「まだ初日よ?」

「それでも、私は十分に楽しかったのよ。特に妹たちのことはわね」

「何かあったの?」

「綺麗な交際をしてるなぁと思っただけ、私にはなかったものだからちょっとうらやましいわ。なにせ私は初めてのキスとエッチが同じだったからね」

「ぅ……」

「今思うと、とんでもないことよねあれ」

「だ、だってそれは……その……」

 合意の上でなかったかと言えばそんなことはもちろんないのだが、傷心の生徒を慰めそのまましてしまったというのは教師としては褒められたことではない。

 その自覚のある絵梨子はしゅんと身を縮ませてしまう。

「……ご、ごめんなさい」

 小さく謝罪をする絵梨子。よくあることだがどちらが年上かわからなくなる瞬間だ。

 そしてこういう時はきまって

「んっ!」

 ときなが絵梨子の唇を奪う。

 飲んだばかりのアルコールの匂いのする口づけ。

「誰が嫌だったなんて言ったのよ。私はあの時からもう絵梨子のことを愛していたのよ。絵梨子ならいいって貴女を受け入れたの」

 椅子に座る絵梨子を見下ろしながらときなは強気な表情で言い切った。

「この私がそう思っているんだから、絵梨子は堂々としてればいいのよ。私はときなの恋人だって胸張って私の隣にいればいいの」

 言いながらときなは絵梨子の頬に触れ顎へと指を滑らせていくとクイ、っと自分の方を向かせた。

「……もしかしてときなも酔ってるの?」

 いつになくハイテンションときなにそう問いかけたが

「……さぁ。どうかしらね」

 片側の口角を吊り上げて不敵に笑う。

「でも、酔ってるのもかもしれないわね。貴女に酔わされてるのかもしれないわ」

「やっぱり酔ってるのよ。いつもならそんなこと言わないじゃない」

「そうね……だから」

 今度は両手を頬に添え、距離を詰めて己を重ねるときな。

「ちゅぷ…ちゅ……んっ」

 迷わずに舌を絡め、互いに熱さを感じ合う。

 くすぐられるようなむず痒さとしびれていくような心地よさ。口の中に残るアルコールが普段とは異なるキスの味を感じさせる。

「じゅ…ちゅ、ぴ……くちゅ」

 息苦しさすら感じるほど長い口づけ、それを終え……

「もっと貴女に酔わせて」

 うっとりとした顔で三度口づけを迫るのだった。  

 

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