「今日泊まらない?」

 

 衝撃的な誘いから、数十分。

 一人で、部屋に戻った私は疲れたようにベッドへと倒れこんでいた。

(顔、熱い……)

 頭の中では先ほどの出来事が何度も、何度も反芻していて一向に熱が収まらない。

 あの場では一応、なんともない風にうなづいて勉強があるからと逃げてはきたけど実際はこうだ。

 意識しすぎだというのはわかっているのに体から熱が抜けていかない。

 せつな先輩はそういう人じゃないわ。ちゃんと私を待っててくれる人。

 心ではそう訴えているし、それを疑ってなんかいない。ただ、陽菜が余計なことを言ったりしたからちょっとだけ意識してしまっているだけ。

(でも……もうあれから半年近く経ってるし……)

 人の心は移り変わるもの。私がいい例だ。

 私がこんなこと考えること事態、一年前のいや、せつな先輩を好きになってからの私ですら考えられなかったことだ。

 以前そうだったものが、今でもそうである保障なんてどこにもない。

 二ヶ月も付き合っていれば、キスをしても当然と寮の誰かは言っていた。

 私たちはもう半年以上になる。春休みには待っててくれると言っていた先輩が、それから半年近くも立ってまだ、手をつなぐのにすらドキドキしている私に、呆れや……もの、たり、なさを感じていてもおかしくはない、かもしれない。

(……そもそも、そういうこと考えたりするの、かしら?)

 キス、はなんとなくわからないでもない、けれど……それ以上のことなんて嫌とか、恥ずかしいとか、そのレベルですらなく考えもしないできないことだ。少なくても私にとっては。

 でも、恋人というのは………

(っ〜〜〜)

 私はやっぱりまだまだ子供で、恋人の【こ】の字もわかっていないのだろう。私がこんな風なのはせつな先輩もわかってはいるだろうけれど……

「っはぁ……」

 私は胸にたまったもやもやを吐き出すように大きなため息をついた。

「まったく、陽菜さえ余計なこと言わなければ」

 そして、自分の未熟さをまた陽菜のせいにして私は緊張と寝不足にいつのまにか支配され

「……くぅ」

 心の準備をする時間をつぶしてしまうのだった。

 

 

「……ぎさ」

 頭が、ぼーっとする。

「渚」

 そのもやもやした頭をゆさゆさと揺さぶられている。

「渚、起きなさいよ」

 よく知っている声に導かれるように私は目をあけ

「っ!?」

 その相手が誰かを確認すると飛び起きる。

「っ!? と、いきなりね」

 思わず壁にまで下がった私は、いきなりなことに目を丸くする。

「な、なんでせつな先輩が、いるんですか」

「何って、そろそろご飯だし呼びに来たのよ」

「え!?」

 私が部屋に戻ってきたのは確か、まだおやつの時間にもなっていなかったくらいの時だったはず。

「あ…………」

 そう思って窓を見つめた私は、外がすでに暗くなり始めていることに驚く。

「まったく、何回か来たのに渚はずっと寝てるんだから」

「それは、すみません……」

 何回か。私に話すために来てくれたんだ……

 これで嬉しいって思うんだから、ほんと私は簡単な人間だ。

 などと、私は自己満足に浸りながら乱れてしまった布団を整えだすが

「別に謝ることじゃないけど。まぁ、気にしてないわよ、可愛い寝顔も見れたし」

「っ!!?」

 せつな先輩のとんでもない一言に思わず体をびくつかせた。

「な、ななな……」

 みるみるうちに顔が赤くなり、目を大きく見開いたまま迂闊にもせつな先輩の顔を見つめてしまう。

「ん? どうしたの渚?」

 しかし、せつな先輩は何もおかしなことは言っていないという顔でそう問いかけてくるだけだ。

「い、いえ……」

(み、見てたって……どのくらい、なのかしら?)

 起きてるか確認したときに少し見ただけ? それとも、起きるのを待っててずっと見てたとか?

 べ、別に変な夢も見てないし変な寝言言ったりもしてないと思うけれど、もし何か言ってたりなんかしたら…………

 かぁっとまた顔を熱くなっていく。

(だ、大丈夫よね? そうだとしたら、何か言ってきてもよさそうだし)

 でも、せつな先輩はこういう時なぜか時間をおいて不意打ちしてくることも多い。

「なーぎさ」

「ひゃい!?」

 急にほっぺがつねられる感触に私は驚いて声をあげ、せつな先輩に触れられているんだということを自覚すると思わず体を固くする。

「また何か可愛いことでも考えてそうだけど、とりあえずごはんいかない?」

 だが、せつな先輩はすぐに手を離してそういった。

「あ、は、はい」

 そうしてせつな先輩が背中を向けてくれるとようやく私も多少落ち着きを取戻し先輩の後についていけた。

 起きた時こそ、せつな先輩の不意打ちにあたふたとしてしまった私ではあったけれど、食事中はどうにかいつもの私を取り戻せていた。

「そういえば、夏休みの宿題は終わった?」

「とっくに終わっていますよ。陽菜のを時々手伝ったりはしていますが。そちらはどうなんですか?」

「私の場合は宿題というよりも自主学習だからね。それなりにはやってる」

 私たち以外には一組しかいない広々と感じる食堂で、色気もなにもない学生同士のありきたりな会話。実は私たちはこういう会話をすることが多かった。

「そういえば、渚はすごいわよね。この前の期末は二番だったんでしょ」

「まぁ、努力はしていますから。せつな先輩だって一桁だったと思いますが」

「私はまだあれが二回目。渚なんてほとんど一桁じゃない」

「努力はしていますから」

 話しながらもきちんと食事を取る私は特に興味がないように同じことをいってご飯をほおばる。

 その裏に決して口には出せない理由があることを隠して。

(……貴女がどの大学に行っても、ついていけるようにしているだけですよ)

 その本音を表に出しはしない。

 実際どうするかはその時だろうが、もし自分の方向性がせつな先輩と一緒だった場合実力が足りなくて同じところに行けないなんてことはごめんだから。

 できる努力をしているだけ。

「ま、その話はともかく今日だけど、せっかくだしお風呂も行かない?」

「っ……それは、別にかまいませんが」

 いきなりあまり意識をしようとしていなかったところに話が来て心はわずかに動揺を見せるが、仮面を崩すほどではない。

「いつも誰かはいるけど、今日は二人じめできるかもしれないわね」

「そ、そう、ですね」

 だが、二人きりということを必要以上に意識してしまっているのにこんなことを言われては仮面の下に隠す表情が赤くなっていくのを止められない。

(二人きりの……お風呂)

 思わずそれを想像してしまう。

 広い浴場の中ならんで湯につかる私と、せつな先輩。

 周りには誰もいなくて、二人きりの静かな空間。響く水音。しっとりと濡れた髪に上気した頬。

(……のぼせ、そう)

 いつの間にかふたりじめのお風呂を想像していた私は頭をくらくらさせてうつむく。

 実は先輩とお風呂に入るのは多くはない。いつもは同室ということもあり陽菜とがほとんどだ。

 まして、二人きりのお風呂なんて緊張するなというほうに無理がある。

「さて、じゃあちょっと休んだら部屋迎えに行くわ」

 いつのまにか夕食を平らげたせつな先輩はそう言って食器を片づけにいき、その背中を見つめる私はすでに心臓をバクバクとさせるのだった。

 

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