幸いなのか、残念なのかお風呂には私たちのほかに一組いた。今年入ってきた一年生のコンビで私たちとは離れたところで楽しそうに会話をしている。

 私とせつな先輩は広々とした浴槽のちょうど真ん中に陣を取り、とくにお風呂とも関係ない話をしていた。

 そう、特に何もない。

 ほんの少し、本当にほんの少しだけ、もしかしたら、万が一、あ、洗いっこのようなものをするのではとも思ったが、先客がいたし、そもそも冷静になって考えればせつな先輩はそんな人ではない。

 洗いっこなどはもちろん、陽菜がからかって言ったようなことをする人ではない。

(そうよ)

 さっき食堂でした会話の延長のような会話をしながら私はせつな先輩を見つめる。

 凛々しくも優しい顔に似合う美しい黒髪。今はしっとりと濡れ、色っぽい雰囲気もあるがそれ以上に可憐で、しかもその中に強さを感じる。まるで高原に咲く一厘の花のよう。

(やっぱり、綺麗)

 その花にひかれる私はぽ〜っとその顔を見つめる。

 何度見てもそう思ってしまう。

 こんなきれいな人と恋人なんだという自覚は私の胸を改めてドキドキとさせた。

「ん?」

(っ)

 私が見つめていることに気が付いたのかせつな先輩は私を見て、軽く微笑みを返した。

「な、なんでもありません」

 それにただでさえ熱くなっている顔を紅潮させた私はごまかしように強く言って顔をそらした。

「まだ、何も言ってないけど?」

「と、とにかく……」

 なんでもないと繰り返そうとした私は私たちのほかから聞こえる水音に動きを止める。

 それを横目に確認すると先に来ていた一年生のコンビが浴槽を出たのを見る。せつな先輩もそれを目で追っていて

「ほんとに二人きりなったわね」

 出て行ったのを確認した途端そう言ってきた。

「そう、ですね」

 私は特にそこまでの反応はせずにうなづく。

「ふふ、それじゃ」

「え?」

 いきなりせつな先輩は楽しげに笑ったかと思うと

 バチャ

「?」

 両手を広げながら体をそらしあおむけになる。

「ん………」

 そして、なぜか目を閉じた。

「何、してるんですか?」

 そのまま背泳ぎでもしそうな体制で浴槽に体を揺蕩わせるせつな先輩に私は行動の意味を尋ねる。

「こんなの人がいたらできないでしょ」

 確かにそう。普通の部屋だったら大の字に横になるといった感じだろうか。スペース的なことはともかくあまり人に見せる格好ではない。

 けれど、

「私がいますが」

「渚ならいいのよ」

「っ」

 ごく当たり前の質問に、単純な答えを返され私は恥ずかしさの中に嬉しさを混ぜるがそれ以上に私は、あるもの……箇所に目を奪われていた。

(……………………)

 さっき並んで座っていたときは光の反射もあり、お湯の中はほとんど見えていなかった。

 けれど、今せつな先輩はあおむけに倒れているような形になっていて……見えて、いるわけじゃないけど……その……波があって、ゆらゆらとゆれて、山があって……えっと……

「………………」

 山が、波で…谷が…

 つ、つまりはその……無駄に脂肪の詰まったふくよかなかたまりが、湯船から出そうで出ない位置にあって、お湯に立つわずかな波がその露出度を微妙に変化させて……

「…………………」

 生意気なことはいってもまだ標準程度な陽菜とは違って、憧れすら抱くその…………

「…………ごくん」

 その、その………

「渚?」

 無意識に先輩に手を伸ばしかけていた私は、その声にビクっと震える。

「な、ななんでしょうか?」

 大きな音を立てて手を引っ込めた私は人生でも最大級に取り乱し、慌てた声をだす。

「何、っていうか静かだったから、どうかしたのかと思って」

 せつな先輩はまだ目を閉じたまま、私が何を見て何をしていたのかも気づかず気持ちよさそうに天井を向いていた。

「別に、なんでも、ありま、せんよ」

「そう? ところでこれ、気持ちいいわよ渚も一緒にしてみない?」

「……遠慮します」

 どうせ私では、こうはなれない。

 今度は冷静に先輩の胸を見つめた私はいじけたようにそう心でつぶやく。

 陽菜のもそうだが、決してうらやましくはない。

 運動するときとか邪魔そうだし、意外に重いっていうし、肩がこるって聞くし、大きいなんていうのは自己満足でしかない。

 せいぜい、下着にバリエーションが出るくらいだ。

 いつまでも中学生、へたしたら小学生がつけるようなハーフトップやスポブラをしている私とは違って。

 だが、それだって所詮は自己満足だ。衣類というのは役目を果たすことが第一なのだから、可愛い可愛くないなど機能性の前には問題にはならない。

「ん〜」

「っ!!」

 と、心で意気込んだ瞬間せつな先輩は体をそらして湯船からさらに体を露出させた。それこそ、一瞬見えてしまうほどに。

(べ、別に、見慣れてる、じゃない)

 寮に住んでいるくらいだ。人の胸などいくらでも見慣れている。そんなに一緒に入ることがないせつな先輩のだって、何度も見たといっていいレベルだ。

 別段意識する必要などない。

(…………はず)

 と最後につけてしまうのが、情けない。

(そ、そう! 陽菜、陽菜のせいよ!)

 こんなの私じゃない。普段の私なら二人きりの夜だろうと、二人きりのお風呂であろうとなんでもなくやり過ごせるはずだ。

 全部、陽菜が悪い。

 せつな先輩にはそんなつもりあるはずないのに、恋人だからとか付き合ってるんだからとか、せっかく二人きりなんだからとか、変にからかってくるから。

(陽菜さえ、余計なことを言わなきゃ……)

 私は、今の気持ちを全部陽菜のせいにおしつけどうにか心の安定を図る。

 だが、どんなに陽菜のせいにしても、実際その通りではあっても、今二人きりに動揺し紅潮している私はここにいて

「じゃ、そろそろ出ましょうか」

 もっとも陽菜に言われたことを意識してしまう時は目の前に迫っていた。

 

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