希はこれからのことを不安に思っている。

 それは間違いないのだと思う。

 この前の喫茶店でもそうだけど、将来の話をすると希は途端に口数が少なくなって時には話を変え、時にはその場を去り、とにかくこれからについて話をしようとはしない。

 新しい環境を迎える時人は誰でも少なからずそういう風にはなるのだと思う。

「……マリッジブルーってこんな感じなのかしら?」

 希の部屋でお風呂をもらった後、脱衣所で着替えをしながら私は冗談めいてつぶやいた。

 冗談ではあるけど、完全に冗談というわけでもない。

 卒業をしてからは希と一緒に住むことは決めている。

 新しい環境への不安という意味じゃそう言っても差し支えないのかもしれないわね。

「希、お風呂空いたわよ」

 やはりまだ深刻考えられてない私は、「マリッジブルー」だと安易に思って寝室に戻ると希にそう声をかけた。

「……………」

「?」

 希はベッドの上で手帳を見つめたまま、私の声には気づいていないようでもう一度私は「希」と声をかけると

「っ!!??」

 大げさに体をビクつかせて、手帳を閉じた。

「え、えりち!? も、もう! いるんなら言ってよ」

「……え、えぇ。ごめんなさい」

 想定外の動揺を受けて私まで驚いてしまう。

「な……」

 何を見てたの? そう聞こうとも考えたけれど……なぜか言葉にはできないで

「お風呂、空いたわ」

 そういうだけだった。

 それから少しすると希もお風呂に向かって私は枕元に置いてある希の手帳を手にする。

(……まずい、わよね。こんなことしちゃ)

 希の手帳を覗こうとしている。そんなことは恋人であろうともマナー違反であることは明白。でも、必要以上に動揺を見せた希のことが気になって………

「え……………」

 ようやく私がいかに能天気だったのかに気づいた。

(……希があんな、ことを?)

 希の秘密を覗いてしまったその時から私はそのことばかりを考えるようになっていた。

 一人でいる時も、希と話しをしているときも、キスをしているときも、肌を重ねているときでさえ、希が隠していることが頭から離れてくれない。

「……えりち? どうかした?」

「っ……なんでも、ないわ」

 行為の後、ベッドの上で気だるい疲労と好きな人を感じられた幸福感に包まれながらも私はやっぱり希のことを考える。

(希は……本気で、考えているのかしら?)

 まずそこを疑問に思っている。

 希の手帳に書いてあったのは普通のことじゃない。多分ほとんどの人がそんなことを考えずに一生を終えるようなこと。

 手帳にあったのはある行為についての走り書きのメモのようなものだった。具体的な文章じゃなくて、それに対する希の断片的な思い。

 それが本気なのかはわからない。ただのメモなだけで私が心配するようなことはないのかもしれない。そもそも、本気でそれを考えるなんて……

(……ありえるのかしら?)

 その可能性を否定できない私がいる。

 今思えばなんていうのは卑怯な言い方かもしれないけれど、今思えばその兆しは様々なところにあった。

 例えば、ニュースなんかで誰それが結婚したなんてことを聞いた時。希はうらやましそうにそれを見ていた気がする。

 例えば、大学で一緒にいる時付き合っているのと聞かれて正直に答えられない時があった。

 例えば、私たちの関係について漠然とした不安を口にしたことがある。

(……希は、私に何かを期待していたんじゃないの?)

 【今思えば】そういう時私は、希の求める答えをしてこなかったと思う。

 結婚の話をされていつか私たちもなんて口では言ってもどこか虚しく響くだけだったし、大学で付き合っているのって聞かれた時、本当の事が言えたのは信頼できる数人だけだし、私たちのことに関しては明確な言葉を返せなかった。

 多分一つ一つは小さな出来事。

 けれど、それは希の中に少しずつたまっていき、その不安と不満が形になったものが、あれなのだとしたら……

(けど、本当に悩んでるのなら、話してくれてもいいわよね)

 そうも思える。

 私は希の恋人よ。これまではどんなことだって二人で話し合って、悩んで解決してきたじゃない。

 つまり、そんなに大したことじゃなくてただの杞憂で……きっと、偶然なんかの理由でそのことについてメモをしていただけとかそんなことよね?

(……そう思いたいだけなのかしら?)

 もし、本当に万が一、希が本気なのだとしたら、私はどう応えていいのかわからないから。

 同じ理由で直接聞くこともできなく

「っん!?」

 思考の沼に落ちていた私は希の口づけで現実に引き戻された。

「えりち、なんか変なこと考えとるやろ?」

「っ、そんなことは」

「うちとエッチしとるのに、他のこと考えるなんて……こうや」

 チュク。

「あ、ちょ、ちょっと、希。まだ、私……」

「だーめ。他のこと考えてたバツや」

 希の手が足の付け根に伸びてきて、すでにというより、これまでに散々求め合い火照ったままの体はくちゅくちゅと卑猥な音を立ててしまう。

「っ……ちゅ、っん、……はぁ……ちゅく」

 そのまま再びキスをされる。

「……えりち」

 唇と唇に透明の橋を駆けながら希は扇情的な表情で私を求める。

「……えぇ」

 元から断る選択肢なんてないけれど、希の秘密を覗いてしまったことで余計にそうは思えず私の希に体を許していく。

「ぁ……っぁふあ」

「うぅ……、あぁ、あはぁ…っ」

 お互いにすべてを知り尽くした体はすぐに熱を帯び、快感が体を駆け巡っていく。

「んっ……じゅぅぅる…ぁ、んっ、はぁ。えりち……」

「のぞみ……ぁあ、ぁつああ、それ、……んっ」

 頭の中がふわふわと思考がおぼつかなくなる。

 それでも私は

(……………)

 どこかあの事を考えてしまう。希の秘密が、不安や不満がこうして体を求めさせるのではないかと。

「ぁあ、っ、きもち、……いい……っああぁ。えりち、そこ、もっ、っとぉ…」

「わ、たしも、もっとして……っあぁ、っ」

 気持ちいい。希と溶け合うような感覚が大好き。

 それでも……

「ふあぁあ、も、もう……うち……ぁあ」

「えぇ、私も……っん」

 ベッドで体を寄せ合い、体中をまさぐりあって、快感を引き出して、頭が真っ白に染めっていく。

「あぁああ……っ……ぁ、ぁあっ、んっあああ」

 そして、絶頂を迎えても、私は

(……希)

 こんなに心と体が乖離したエッチは初めてだと冷めた気持ちで思っていた。

 

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