うちはえりちの親友。
えりちだってそう思ってくれてると思うしそれは嬉しいことで、うちの自慢でもあるんよ。
けどなぁ。
今はなんで親友なんやろって思っちゃうこともある。
親友じゃなければあんな相談をされることもなかったんじゃないかって。
相談をされてもあんな遠まわしにでも背中を押すようなことを言わなくてすんだんやないかって、思っちゃうんよ。
間違ったことをしたとは思ってるわけない。
だってうちには告白する勇気なんてないんやから。だから、親友として当たり前のことをしただけ。
間違ってなんかない。
間違ってなんかない……はず、なんよ。
それを見た時、
「あ………」
思わず、声が出た。
用事があって練習のあとも残ってたうちは廊下の窓から見えた光景に立ち止まる。
そこに見えたのはえりちと………穂乃果ちゃん。
校舎を出たところで何かを話してる。
(…………………楽しそう、やね)
声なんか聞こえるわけないけど、二人が笑ってるのはわかる。
胸がいたいなぁ。
好きな人が楽しそうに笑っているのに……笑っているから胸が痛い。
(……えりちのそんな顔みとうないのにな)
二人でいるところなんか見たくないはずなのに、目が離せない。
(……うちが言ったこと意味があったんやろうか)
それを多分肯定の意味で思った。
えりちの親友として役に立てたと言い聞かせたい。えりちを想う一人として言いたくないことを言ってしまった自分を消してしまいたい。
(……これで……ええんよ。うちはえりちがよければそれで)
「希? 何してるの?」
このままじゃ二人が見えなくなるまで視線を外せないかとも思ってたけど、背後から高い声が聞こえてくる。
「にこっち」
「別に、何でもないよ。ちょっと外を見てただけや」
「外? なんかあんの?」
にこっちはうちの不用意な発言に反応して窓の外を眺めようとする。
「そんなことよりもにこっちこそどうしたん? 真姫ちゃんたちと一年生同士一緒に帰るって言ってなかった」
それを遮るようにうちはにこっちをからかうようなことを言った。
「忘れ物を取りに……って誰が一年同士よ!」
「あぁ、一年生たちに交じってても違和感ないから間違えちゃった」
「絶対わざとでしょ。まったく、なにい……」
「? にこっち?」
最初はうまくいったかなって思ったけど、にこっちは急に黙って似つかわしくない神妙な顔になった。
「…………………あんたはさぁ、これでいいわけ?」
そして、今度は急に意味の分からないことを言いだしたけど、何を指しているかすぐにわかっちゃった。
にこっちの視線の先には二人並んで歩き出したえりちと穂乃果ちゃんがいる。
だから、にこっちの言ってる意味はわかるんよ。わかるから
「何の話?」
わからないふりをした。
心と顔に仮面を被る。
気持ちに気づかれないように。
それはうちにとっていつものこと。
周りに合わせるために。自分が傷つかないために。えりちを好きな気持ちがばれない様に。何にも知らないふりをする。
(……こういうのが得意って……笑えんなぁ)
「とぼけなくたっていいわよ。……三年も友だちやってればそのくらい気づくから」
(……にこっち)
……得意なつもりやったんやけどな。
けど
「だから、なんのこといっとるん?」
そんなに簡単に素直になれるほど単純に生きてきてないんよ?
「あ、うち先生に呼ばれとるんやった」
ここで逃げても何にもならないなんてわかっとるけど、この話を続けたくなくてにこっちの前を通り過ぎようとした。
ドン!
にこっちは壁に手をついてそれを遮る。
「はっきりいってあんたのそういうところむかつくわ」
上目づかいにはっきりと意志のこもったにこっちの瞳。
小さいのに、迫力があって逃がしてはくれないなぁとわかって観念した。
「……いいも悪いもないやん。あぁなったのはえりちが決めたことなんやから」
「それをさせたのは希なんじゃないの?」
「っ……」
もしかしてあの日のこと……
「……聞いてたん?」
「……わざとじゃないわよ。部室行こうとしたらあんたたちの話が聞こえてきただけ」
「いい趣味とは言えへんなぁ」
「わかってるわよ! けど、聞いちゃったものは仕方ないじゃない。聞かなかったことになんかできないわよ」
「そう、やね」
人はそんなに都合よくはできてない。あったことをなかったことになんかできない。
うちがえりちを好きっていう気持ちを失くせない様に。
「……けど、いいも悪いもないやん」
同じことを繰り返す。
「たとえうちが背中を押したんだとしても、決めたのはえりちや」
「あんたがあんなことを言うから、絵里がその気になったんじゃないの」
(………言わんといてよ)
それは考えたんよ。今更考えたくなかったけど、考えたんよ。
「絵里はあの日……希にそんなことを言われたくて話したんじゃないんじゃないの」
「…………かもなぁ」
なるべく思わない様にしてたけど、それも考えたんよ? もしかしたらえりちには別の理由があったんじゃないかって。それもうちにとってあまりにも都合のいい理由が。
「けど……」
あ、泣きそうや。
「えりち、笑ってたやん?」
うちも笑いながらそれを言った。多分崩れそうな笑顔で。
もしかしたら、万が一、うちの都合のいい妄想は現実のものだったかもしれない。
でも、今えりちは穂乃果ちゃんといて笑ってる。
うちにとってはそれで……十分なんよ。
「っ、だからってこのままで……」
「さっきからゆうとるやろ? いいも悪いもない。うちはえりちが笑ってくれてればそれでいい。好きってそういうことやろ?」
(だから、もううちのこといじめんといて)
「…………」
にこっちはそこで黙った。
にこっちも軽い気持ちで言い出したわけやないんやろうし、まだ何か言いたそうなのはわかる。
「にこっち」
だからうちは
「ありがとうな」
にこっちが今言われて困るだろうセリフを吐いて、今度こそにこっちの前を通り過ぎて行った。
(……ぎりぎり、やったな)
一筋流れた涙に気づかれなかったことに安堵して。