高坂穂乃果。
μ'sのリーダーにしてこの音ノ木坂の生徒会長。
まっすぐに夢を追う姿勢。太陽みたいに眩しい笑顔。言葉にできないその魅力に誰もが惹かれずにはいられない。
うちかてそう。
うちは穂乃果ちゃんのこと大好きやし、μ'sのみんな、大げさかもしれないけど学校のみんなが穂乃果ちゃんを好きに思ってる。
それだけの魅力が穂乃果ちゃんにはある。
それにな、うちは穂乃果ちゃんのこと尊敬しとるんよ。
だって、穂乃果ちゃんはえりちに告白をしたんやから。
告白ってすごい勇気のいることやん。
もちろん叶ったら最高やけど、そうなるとは限らない。
駄目になったらもう友だちでいることすらできないかもしれない。今まで当たり前にあった小さな幸せがなくなるかもしれない。最悪、気味悪がられることだってあるかもしれない。
………うちにはできなかった。
うちは臆病で、今を失うなんて耐えられなくて、本当の望みよりも目の前にある小さな幸せを望んだ。
えりちを好きって言いながら、勇気が出せなかった。
それをした穂乃果ちゃんのこと本当にすごいって思うんよ。うちにできないことをやってのけた穂乃果ちゃんを……尊敬しとる。
……あの時もそう。
えりちがμ'sに入ったとき……えりちはうちのおかげなんて言ってくれるけど、本当の意味でえりちを救ったのは穂乃果ちゃん。
だから、ええよ。
他の誰かなら耐えられなかったかもしれないけど、穂乃果ちゃんになら、この学校を、えりちを救ってくれた穂乃果ちゃんにならえりちのことを任せられる。
って、こんな言い方おかしいな。
えりちはうちのものなわけじゃないのにね。
でも、穂乃果ちゃんにならって思うのは本当なんよ。
うちはえりちが幸せになってくれればそれでよくて、穂乃果ちゃんにならそれができると信じとるから。
えりちが笑っていてくれればうちはそれで………
うちはえりちのことばかり見てる。
それは好きになってからずっとのことで、えりちと穂乃果ちゃんがあぁなった後も変わらない。
他の誰よりもえりちのことを見てるって自信がある。
だから、気づきたくないことにすらあっさりと気づけてしまう。
「あの二人、何かあったんじゃないの?」
「………………」
部室ににこっちと二人きり。
練習もなくて、一人で帰ればよかったはずなのにそんな気分にはなれずに部室にいた所ににこっちがやってきてた。
「………かもなぁ」
ぴりぴりと張りつめた空気の中うちはにこっちを見ずにうなづく。
「かもって言うか明らかにそうじゃない。練習の時まで目合わせようともしなかったし」
「せやなぁ」
「…………」
にこっちは厳しい顔でうちを見てる。多分、いらいらしとるやろな。
「だから、どうしたん?」
……うちもな。余裕を持ってなんていられない。そんなことにこっちに言われるまでもないんだから。
あの二人を見てるとかっこ悪いことも、醜いことも考えてしまうから。
「二人は喧嘩でもしとるんかもしれない。だからってうちにできることってあるん? ここぞとばかりにえりちに迫れとでも言うの?」
だから、うちはあえてその醜いことを口にした。
「……そうは言ってないでしょ」
「ならこの話は終わりやね」
うちはそう言って席を立った。
「……っ、希!」
にこっちが荒い声でうちを呼ぶ。その気持ちが嬉しくないとは言わない。
「喧嘩くらい誰だってするやろ? むしろいくら付き合ってるからって喧嘩の一つもしないほうがおかしいんやない?」
あぁ、嫌やなぁにこっちと話すの。
「うまくいくことばかりじゃない。時にはそういうこともあって、それを二人で乗り越えていく。それが付き合うってことやろ?」
意識しないようにしようと思ってたことを口にさせられる。
「こういうことは外野がとやかく言うことやない。えりちから何か言われたのならともかく。うちからは何にもすることなんてないよ」
「……………」
にこっち、すごい顔しとるなぁ。
今にも噛みついてきそうなくらいに怖い顔。
何がにこっちにそうさせてるのか知らないけど、納得とは程遠い気持ちを持ってるのはわかる。
「なぁ、にこっち? うちは本当にこれでいいって思っとるんよ。うちはえりちに好きって言うこともできなかった。その時点でうちは脱落や。自分の気持ちを伝えることもできないのに、恋人になりたいだなんてそっちの方がおこがましいって思わん?」
……誰にいっとるんやろな。
「…………」
「えりちを幸せにできるのはうちやない。うちにできるのはえりちの幸せを願うことだけ。にこっちは認めてくれないんかもしれないけど、それだって好きの形やと思うよ。好きな人が幸せじゃなかったらうちも幸せになんかなれないんやから。だから、にこっちが気にすることなんてないんよ」
バン!!
「っ!?」
にこっちが机を大きな音を立てながらたちあがった。
「だから! あんたのそういうのがむかつくって言ってんのよ!」
「……あは、手厳しいなあ。けどほんまよ?」
「それよ! そういうところ! そうやって平気じゃないくせに平気なふりをするのが気に食わないのよ。にこだってねぇ、本当は口を出すことじゃないって思ってたわよ! 絵里と希の問題で、希が決めたことならそれでいいんじゃないかって思ってた」
にこっちはすごい剣幕で迫ってきた。
「けど、あんたは絵里のことばっかり見てるじゃない。泣きそうな顔で絵里のことを見てたじゃない。そのくせ、一瞬でそういうのを取り繕って、納得したふりして、一人で抱え込もうとして見てらんないのよ!」
(意外に見とるんやなあ)
……それとも、うちがそんなにわかりやすかったってことやろか。
「絵里が笑ってれば、絵里が幸せならそれでいい? ならそういう態度を見せなさいよ。笑いなさいよ、幸せそうにしなさいよ」
……そんなんできるわけないやん。
えりちが幸せじゃなきゃうちは幸せにはなれないけど、えりちが幸せだからってうちが幸せになれるわけじゃないんだから。
「あんたはずっとそうしていくつもりわけ!? 本当に言いたいことも、したいことも他にあるくせに好きな人のためとか、誰かのためにとかそんな言葉で自分をごまかして生きてくの!?」
(………うちかてしたくてしてるわけやないよ)
「……仕方、ないやん? うちはそうやって生きてきたんだから。うちはそうやってごまかしながらじゃないと生きてこれなかったんだから」
近づきすぎず、離れすぎず、大きな幸せを得ない代わりに大きな不幸も味わうこともない。
それが……うちの生きてきた道。転校ばかりで居場所のなかったうちが生きていけた道。
今更変えることなんてできないんよ。
パン!
「あ………」
大きな音がして、急に視界が揺れた。
「バッカじゃないの!」
にこっちに頬を叩かれたらしい。怖いとか怒ってるとか、そういうことを超越した表情でうちのことを睨みつけてる。
「この前も思ったけど、今はっきりわかった。あんたは絵里とためとか言いながら自分が傷つくのが怖いだけなのよ」
(……っ)
「そんな自分を認めたくなくて、納得したふりをしてるだけ。絵里のためとか言って自分を守ってるだけ。……そういうのもほんとむかつく」
(……ふ、ふふ……にこっちにここまで見抜かれるなんてね)
「……それの何が悪いん? 誰だって傷つくのは嫌やろ? 痛い思いなんかしたくないやろ?」
なんでにこっちはこんなに食い下がるんやろなぁ。おかげで自分でも認めようとしなかったことを認めなきゃいけなくなっちゃったやん。
怖いに決まってる。
ほんまはずっとえりちに好きって言いたかった。
えりちに相談をされた時、断ってって言いたかった。うちを見てって言いたかった。
でも、怖かった。拒絶されることも、気持ちが叶わないことも、友達でいられなくなるかもしれないことも。全部怖くて、そういうのから一歩距離を置いた。
痛みから遠いところに逃げて、安全な場所からえりちを見てた。
うちは弱くて、情けないかもしれない。
けど、そんなん普通やん? 誰だってそうやろ? むしろ穂乃果ちゃんみたいにリスクを背負って前に進むことができる人間の方が少ないやん。
(……うちは悪くなんて……)
ぎゅ。
「??」
不意に柔らかな感触。にこっちが抱き着いてきた。
「………何にも悪くなんてないわよ」
「にこっ……ち?」
今までの激しさは鳴りを潜め、うちの胸に顔を埋めたにこっちはしおらしくつぶやく。
「けど、そんなの絶対後悔する。好きな人が幸せならって聞き分けのいいふりをして、納得したふりをして、これでよかったって自分に嘘をつきながら生きていくなんて悲しすぎるじゃない」
「……にこっち」
にこっちの言葉は思いのほかうちの心にすんなりと入ってきた。
悪いなんて思ってなかった。けど、思いたくなかったって言うのが本当だから。
「もっと……我がままになりなさいよ。自分の気持ちに素直になりなさいよ」
(……そうしたいよ)
けど……けど……今更やん? もうえりちは穂乃果ちゃんのものなんよ!? 今更気持ちを伝えたところでえりちのことを困らせるだけ。
うちはえりちのことを困らせたくなんかない。えりちにはいつも笑顔でいてほし……
「このまま終わっていいの? 何も言わずに終わっていいの?」
(……そんなわけないやん)
「気持ちを伝えなかったら絵里にとってはなかったのと同じなのよ? このままじゃ絵里はあんたが絵里を好きだってことすら知らずに終わっちゃう。あんたは本当にそれでいいの」
(っ!!!???)
にこっちのその言葉がうちの心を貫いた。
(終わっちゃう………?)
えりちがうちの気持ちを知らずに終わっちゃう?
それを思った瞬間、走馬灯のようにえりちとの想い出が駆け抜けた。
えりちの自己紹介。友達になった瞬間。学校、生徒会の時間。
そして、μ'sとして過ごした日々。
初めてこんなに人を好きになったのに、好きになれたのに。
えりちはそれを知らないまま、終わっちゃうん?
そんなのは……そんなのだけは
「…………嫌、や」
うちはいつの間にかそう言っていた。心の奥に鍵をかけていたはずの気持ちがようやく外で出る。
「………なら、することは一つよ」
にこっちはうちのたった一言で心変わりに気づいたんやと思う。うちを抱きしめる手を離してにこっちに似合う強気な笑顔になった。
「……そう、やね」
えりちを困らせるかもしれない、傷つくことになるかもしれない。
でもこのまま何もしないで終わるのは怖いから。えりちの中でただの親友で終わることの方が怖いから。
「にこっち………」
けどその前に一つ目の前の相手に伝える一言がある。
この小っちゃくて、可愛くて、一生懸命なもう一人の親友に
「ありがとうな」
この前とは違って心からその言葉を届けた。