「っ……はぁ」

 部屋に着いた瞬間ため息。

 ふらふらと部屋の中を歩いていって、着替えもせずにベッドに倒れ込む。

「今日も……疲れた」

 早番で夕方には上がれるはずだったのに色々あってもう深夜近く。

 毎日じゃないけど、こんなことは珍しいともいえない。

(覚悟はしてたつもりだけど………)

 正直にいって毎日がつらい。

 不安定かつ多忙な勤務時間。好きな人とも満足に会えず、話せず、激務を終えて家に帰っても疲労のあまり何もできない。

(………どうして、こんな目に会っているのかしら?)

 体が弱っていると心まで弱くなるらしくて、最近はこんなことを考えてしまう。

 医者っていう仕事が嫌なわけじゃない。人の命を救う仕事。誰にでもできるわけじゃないし、やりがいは感じているわ。

 でも、私はどうして医者を目指したのかしら?

 子供のころから自分は医者になるんだって思っていて、そのための道ができていて私はずっと親の敷いたレールの上を歩いてきた。

 そのことを不満に思ったり疑問に思ったりしたことはあっても、結局は用意された道を私は歩いてきて今こうしている。

 本当に自分の意思で私は医者になりたかったの? 誰のために、なんのために医者を目指したの?

 もっとほかにも私の道はあったんじゃないの?

 そうやって思うとこのつらい今を受け入れることができなくて涙すら浮かべてしまう。

(……穂乃果はすごいわね)

 急にそんなことを考えた。

 穂乃果が穂むらを継ぐつもりだと聞いた時のことはよく覚えている。

 これまでお店の手伝いはしていても、まともに和菓子の勉強などしてこなかったはずの穂乃果が店を継ぐと言った。

 音ノ木坂を好きだったように、この街が好きだからずっとこの街で生きていたいと、その街の一部である穂むらを大切にしていきたいと。

 時が経っても穂乃果は穂乃果で私はその姿に尊敬を覚えた。

 そして、今はその敬愛の念が不安にも変わっている。

 穂乃果は自分の道を見つけて、夢に向かって真っすぐ進んでいる。

 対して私は、自分で決めたはずの医者の道に迷いを覚えている。

 そんな私が穂乃果と釣り合うの? 穂乃果の側にいていい資格があるの? そんな不安ばかりを覚えている。

 けど、最近こうも思うのよ。そんなのは言い訳じゃないのかって。

 穂乃果と私の関係がうまくいかないかもしれない理由を探してるんじゃないかって。

 だって、やっぱり私たちの関係は普通じゃないから。

 今がつらいことも、穂乃果との差を気にしているのも嘘じゃないけどそれ以上に不安なのよ。

 音ノ木坂に通っていたあの頃は何にも不安なんてなかった。

 穂乃果が私を好きって言ってくれて、私も穂乃果を好きって言って。

 穂乃果のプロポーズを受け入れて、これから先ずっと一緒にいられるって根拠も何もなく思っていたわ。

 けど、時が経てばあの時の誓いがどれだけ現実感がなくて、容易じゃないものなのかなんてわかってしまう。

 確かなものも、何にも保障もない関係。言葉は悪いけど、口約束だけで繋がっている関係。

 法的に結ばれることもできないどころか、普通は隠さなければいけない関係。隠したくなんかなくても隠さなければ生きづらくなるのが現実。

 今まで打ち明けられたのはμ’sだったみんなにだけ。

 そんな関係をこれから先ずっと続けて行けるのかって不安で、心細くて………

(……【理由】を探してるのかもしれないわね)

 

 

 

 私は終わりの理由を探しているのかもしれない。

 穂乃果との関係自体には何にも不満もない。それどころか、穂乃果がいなかったら私はやっていけなくなると思う。

 研修医としての仕事がどれだけ忙しくて、つらいものだとしても穂乃果がいてくれれば乗り越えていける。

 穂乃果の声を聞くだけで頑張ろうと思える。穂乃果に抱きしめてもらうだけで元気になれる。穂乃果にキスをしてもらえるだけでどんなことがあっても大丈夫になれる。

 穂乃果がいなかったら私は今のつらさを、ひいては生きていくことを受け入れられないかもしれない。

 こういうのを依存しているっていうのかもしれないわね。

 でも、それと同時に私は穂乃果との関係を終わらせる理由を探してる。

 穂乃果との今に不満はなくても、穂乃果とのこれからには不安がある。

 何度も言うけど、私たちは普通じゃない。

 世間にも、社会にも、友達にも、もしかしたら家族にも、ううん家族にこそ認めてもらえないかもしれない関係。

 いつかこの関係が生きる上で重荷になっていくかもしれない。

 そのことは穂乃果との関係を始める前にも思ったこと。その時は、大丈夫って思った。誰に認められなくても穂乃果さえいてくれればって。

 今だってそう思ってるわよ。穂乃果への気持ちは一分子たりとも失われていない。

 でも、音ノ木坂にいたころのように無邪気に幸福な未来だけを信じられるほど子供でもなくて、不安に押しつぶされそうになる。

 過ごした時間が、積み重ねた思い出が大切であればあるほどいつか来るかもしれない別れに怯えてしまう。

 その不安から私は理由を求めるようになっていて、だけど穂乃果と別れるなんて想像したくもなくて私は相反する感情に翻弄されながら日々を過ごしている。

 そんなある日。

 私は、私の都合だけじゃない理由を見つけることになる。

 

 

 久しぶりに時間の空いた日。

 その日はなんでもない平日で日々の疲れから私は一日のほとんどを部屋で過ごした後、ふと思った。

 穂乃果に会いに行きたいって。

 せっかくの休みだし、好きな人に会いたいという単純な気持ち。

 普通なら連絡をするところだけど、仕事中だろうしたまには内緒で会いに行ってみようなんてそんなことを軽い気持ちで思った。

(穂乃果だってたまにするものね)

 約束もしていないのに会いたかったからなんて笑って私に会いに来てくれることがある。そんな単純なサプライズが、単純だからこそ嬉しくて穂乃果にもそれを味あわせたかった。

「こんにちは」

 私は、穂乃果の驚く顔を想像しながら穂むらののれんをくぐるとお店番をしている穂乃果のお母さんに挨拶をした。

「あら、西木野さん」

「穂乃果いますか?」

「えぇ、今日はもう上がってて二階にいるわ。上がってて」

「はい。ありがとうございます」

 他愛のないやり取り。娘の友人が訪ねて切れくれたことを嬉しく思う母親の姿。

(……私たちの関係を知ったらこうはいかないんでしょうね)

 なんて、余計なことを考えつつも私はお店の奥に入っていって階段を上がっていった。

「けどさぁ、お姉ちゃん。いいのこのままで?」

 穂乃果の部屋の前に辿り着いたところでそんな声をきいてつい足が止まった。

「この前だってお母さんに怒られてたでしょ。仕事休んでばっかりちゃんと働く気があるのかって」

 どうやら妹さんと何かを話しているみたい。それも、愉快でなさそうな話を。

「けど、真姫ちゃん今大変そうだから私が合わせてあげないと」

(え……?)

「それはそうなんだろうけど。お母さんたちからすれば休む理由だってはっきり言われてないんだし、怒られるもの無理ないんじゃない?」

「うーん。そう言われちゃうとなぁ……」

「いっそちゃんと話した方がいいんじゃない? 真姫さんとのこと」

(っ!!?)

 なんとなくそんな話だっていうのは分かっていたけど、私と穂乃果の関係のことを話している。それも深刻な様子で。

 盗み聞きなんてとは思うけれど、今更何食わぬ顔で部屋に入っていくわけにも行かなくて私はその場に釘付けになった。

 それに穂乃果がどう答えるのか聞きたいと思うから。

「………………………」

 穂乃果はなかなか答えようとしなかった。

(……どうして?)

 もちろん、答えづらいことだって私も思ってる。

 でも、その少しのはずの間は私にとって余計な想像を掻き立ててしまう。

「……………うん。いつかは、そうするつもり」

 そして、穂乃果の答えに動揺した。

(………………【いつか】)

 その答えは私に複雑なものをもたらす。

「だからそれをいつかじゃなくて、近いうちにしたほうがいいんじゃないって言ってるの。お母さん、このままじゃ継がせられないって言ってたよ」

(っ……)

 妹さんの一言が私の心を突き刺した。

(そうだ。穂乃果の夢は……)

 この穂むらを継ぐこと。穂乃果の愛するこの街で生きていくこと。

 それを改めて自覚した私は、弱い自分に付け込まれる格好の理由を見つけてしまったの。

 

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