中学生のあたしにとって学校にいく理由を聞かれれば、まぁ色々あるし、いきたくない理由もいっぱいあるけどいく大きな理由のひとつは。

 キーンコーンカーンコーン。

「よしっ! 給食だ」

 あたしは授業が終ると同時に誰に言うまでもなく、言葉を発する。

 それから、机を給食を食べる形に移して食後の歯磨きのために水道に……

「彩音。プリント」

 いこうと、コップを机に出したところでクラスの友だちにそんなことを言われた。

「今さっき持ってけっていわれたばっかだったでしょう。また怒られる前に早くいけば?」

「へーい」

 まぁ、別に早く用意したからって早く食べられるわけじゃないしね。あたしはおとなしく教卓の上に提出してあるプリントを持って職員室に向かっていった。

「失礼しまーす」

 手早く用件を済ませて、職員室を出て行く。

 ってか、さっきの時間に集めたんだからそのまま持ち帰ればいいじゃん。なんでわざわざ持ってこさせるんだか。

「ん、彩音」

「お、美咲」

 職員室から歩き始めて、二年の階に戻ろうと階段にたどり着くと丁度そこで美咲と遭遇した。

「なにやってるの?」

「プリント届けに行った帰り。美咲は?」

「さっきの授業技術室だったの。日直で黒板消したりしてたから遅くなったってわけ」

「ふーん」

 とまぁ、適当なことをいいながら階段を上っていって二年の階に着くと、なにやら配膳室の近くに人だかりが出来ていた。

 美咲と一緒になんだろうという顔をして、すぐにそこによっていく。

「ねね、どうしたの?」

 そして、手近にいた友達に詳細を尋ねてみる。

「さぁー? よくわからないんだけど、なんか須藤さんが給食の鍋こぼしたみたい。それで、星野さんが突き飛ばしたからだ、なんていってるけど?」

「星野さんが?」

『…………』

 あたしたちが二人してまさかと顔を見合わせる。

 さらには須藤さんという符号が府に落ちないものをもたらす。

「ちょっと! 何かいったら!?

 これは……須藤さんのグループの人の声、だな。状況が状況だけに粋がっちゃって。

「ごめん、通して」

 あたしと美咲は人波を掻き分けて周囲の取り巻きの先頭まで来た。

 中心にいるのはゆめ、ちょっと離れた位置に件の須藤さんとその周囲に二人の取り巻き。ん、でも、なんだか当の須藤さんがあんまり元気なさそう。

 星野さんは……

「………………」

 無表情、だね。いつも通り。

 いつも、通り、かな?

 そうだとは思う。眼鏡に隠された何にも興味なさそうな瞳。無人の荒野をいくようなたたずまい。

世界から一人、切り取られたような存在。

 いつも通りに見える。はず、なんだけど……

 なんだか、お腹にストンと落ちないような感覚。違和感を感じる。

「彩音。星野さん、少し変じゃない?」

「……やっぱ、そう思う?」

 耳元で囁いてきた美咲に同じようなことを返す。

 まぁ、普通ならこんな状況でなんともない素振りを出来るほうが異常っていうか、普通はできない。

「あなたっていつもなに考えてるわけ? 今日の給食どうしてくれるの?」

 取り巻きがうるさいことで。でも、やっぱ本人は何にもいわないね。

 状況が把握できなくて様子を窺っていたあたしたちに今度は周囲からヒソヒソ話が聞こえてくる。

 

 星野さんて、何考えてるわかんないよねー。

 そうそう、いつも黙って何やってもおかしくないっていうか。

 私いつか、なにかやるような気がしてたのよね。

 じゃあ、私のクラスおかずなし? うわ。最悪。

 

 なに、これ?

 聞こえてきたのは、星野さんへの陰口。

 最初からいたわけじゃないし、真相も知らないけど、なんだか星野さんがやったっていう空気が周りに出来あがってる。

 一ヶ月くらい前、星野さんと話したことないあたしだったら今周りにいる人たちと同じようなことを思ったかもしれない。

 でも、今のあたしは星野さんと何度も話したことあって、そんなことやる子にはとても思えない。

 ……いつも通りに見えるはずなのに、違和感を感じる星野さん。

心なしか小さく見える心細そうな背中を見つめていると

(…………………………………たすけて)

 小さく、星野さんが囁いたような気がした。

 ううん! 気じゃない。聞こえた。助けてって、そう言ってる。あの、星野さんが。

 だから、あたしは

「ちょっと待ちなよ!」

 星野さんをかばうように前に出た。

「彩音!? ……っもぅ、あとさき考えないんだから」

 後から、美咲が軽く不満をいってあたしと同じように星野さんの前に立つ。

「な、なによ水梨さん。あなたには関係ないでしょ」

「関係あるね。あたしの友だちを不当にいじめてんだから」

 あえて強気にあたしは喧嘩腰になる。

 不当だなんてこの時点じゃあたしの勘。でも、ここはもう仕方ない。勘と自分の目を信じよう。

 ぎゅ。

「ッ!?

 あたしが言い終えた直後、制服の端に重みを感じた。

 何かと思ってちらりと、振り返ると……

(ふ……)

 こんな時なのに口元に笑みが浮かぶ。

 星野さんがあたしと、隣にいる美咲の制服を掴んでいた。まるで、小さな子供がお母さんにでも頼るかのように。仲間に頼るかのように。

 友だちに頼るかのように。

 確信した。星野さんはやってない。真相はまだわかんないけど、それだけは確定。

 この場で絶対ひけないどころか、負けられないっての。

「不当って。その子がなにやったか知ってるの!?

「須藤さんを突き飛ばして鍋ひっくり返させたっていうんでしょ?」

「そうよ。それで、ごめんなさいの一言もないのよ」

「まずそこから聞きたいけど、本当にあんたがみたの?」

 あたしはさらに語気を強める。星野さんがやってないならこいつらに仕組まれているってことなんだから。

「っ……み、見たわよ!」

「……じゃあ、須藤さんは? やられた本人でしょう? 本当に星野さんが突き飛ばしたりなんてしてきたの?」

 あたしけんか腰で頭に血が上っている状態だけど、対照的に美咲が冷静にとりまきじゃなくて須藤さんに問いかける。

「……………そ、そう、よ」

 と、何故かやっぱり覇気もなく誰とも目すらあわせようとしない。

「……ふーん」

 それを見ながら美咲がなにやら悪巧みでも考え付いたような笑み。

「どうも妖しいわね。本当にそうならもっと自信もっていっていいと思うけど?」

「………わ、私が嘘ついてるっていうの?」

「さぁ? そこまではいってないわよ。それとも、なにか思うところがあるのかしら?」

 ……味方ながらやな言い方。美咲は嘘でも、ほんとみたいにいうし、知らないことでも全部見透かしてるようにいったりもすれば、知ってることを知らないように装うこともできる。

口げんかはしたくない。

「それで、あなたたちはみたの? 本当に?」

 今度は横にいる二人の取り巻きに挑発するように問いかけた。

「っ……」

 二人は言葉を詰まらせる。つまりは見てないって言ってるようなもの。

「断言できないみたいね。そういえば、あなたたちってよく星野さんにちょっかい出してるらしいじゃない」

「ッ!

「あら? 噂になってるの知らなかった? まぁ、星野さんは誰かに言ったりなんてしないものね。だから、今までだって安心だったでしょ? でも、どこで誰が見てるかなんてわからないものよ?」

 ……そんな噂聞いたことないって。くやしいっていうか、正直にいうと星野さんに関心寄せてる人なんてほとんどいないんだから。

 つまり、皆美咲の想像というか、美咲のブラフ。平気で嘘ついて反応を見ようとしてる。

「まぁ、いつもは靴とか隠したり程度なのに今日みたいなことするのだけはほめてあげるわ。よく、こんな大それた嘘がつけたわね。こんな騒ぎにまでして」

 よくこんなことぺらぺらといえるよ。おかげであたしのほうが口はさめる状況じゃなくなったっての。

「な、なによ!? へんな言いがかりつけて、そっちこそ証拠でもあるわけ!?

 美咲に押されていた取り巻きの一人が苦し紛れのような反撃をする。探偵漫画の犯人みたい。

「ふっ」

 美咲は嘲笑しながら、制服から携帯を取り出した。

「ケータイ。本当は持ってきちゃいけなくても、やっぱりあると便利よね。動画までとれるんだから技術の進歩はすごいわ」

 本来ならここでこんなこと不自然。携帯を出すのはともかく、動画がどうとか言い出すのは墓穴を掘ってるようなもの。実際にその場面を取ってるなんてことおかしすぎるから。そもそも、美咲の携帯は動画なんて取れないし。

 ただ、今の状況は異常。須藤さんたちのグループは美咲の追及からとにかく逃げたがっている。

「昨日の放課後、星野さんの靴下駄箱から取り出すところがしっかり取れてるわよ。隠したところはないけど、勝手に靴取り出すだけでもおかしすぎるわよねぇ?」

 美咲はあくまで挑発的、完全に下にみた相手に対してわざと隙を作っている。

 普通ならこんなワナにかかったりはしないだろう。普通の状態なら。

「あはは! なにいってるの昨日はそんなこと……っ!??

「ふーん。【昨日は】ね。ごめんなさい。一昨日だった?」

「っ………」

 美咲は笑顔。対して、須藤さんたちは殺しきれない怒りがあるのにそれをどうにも処理できない感じ。

 ……美咲。やなやつ。

 あたしたちからすれば有利になることをしてるのに、あたしはまずそれを思う。うん、やなやつ。友だちになりたくないね。……親友だけど。

 美咲は一瞬で場の空気を変えてしまった。

 どうせ周りにいる人たちなんて日和見主義の集まりでここにきたときみたいな星野さんを一方的に攻めるような空気はなくなってる。

 っていうか……

(あぁぁぁ、心なしか星野さんのあたしを握る手に力が入ってない気がする。た、頼られてない……)

「だ、だから、なんなの! ここで星野さんがやってないって証拠にはなんないじゃない!

「まぁ、そうね。でも……」

 いや、別に頼られてないわけじゃないだろうし、たとえ美咲の方が頼られてるとしてもこの場を切り抜けるのが先決なのはわかってる。わかってるけど……

「そんなの、そっちだって同じじゃん! 星野さんがやったって証拠はないでしょ!

 美咲ばっかりにいいかっこはさせてらんない!

「もし、星野さんなら反論してこないとかたかをくくって言いがかり付けてるだけなら、ただじゃおかないから!

「まぁ、そういうことね。これからも靴隠したりとか、妙なことするのなら容赦しないわ」

 あたしたちは星野さんの手が離れない程度に一歩前にでて眼前の仇をにらみつける。

「ぅ……うぁあ……ああ」

 それに気圧されたのか、須藤さんは泣き出した。それこそが星野さんがしてないっていう証拠でもあってあたしはやっと胸を撫で下ろす。

 この場はこれでお終いかな、と安堵しかけた瞬間。

「あなたたちなにやってるの!?」

 騒ぎに駆けつけてきた先生が乱入してきて、あたしたちは給食に向かうこともなく事情聴取を受けることになった。

 

 

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