事情を聞くっていっても、須藤さんが泣いたのはもう負けを認めてたようなもので先生の前じゃ素直に白状した。
簡単にいうと、当番を忘れていた須藤さんが急いで給食の鍋を取りにいったんだけど急いでたせいでそれを盛大に落としてしまう。クラスの人から何言われるか怖くなった須藤さんは目の前にたまたまいた星野さんを犯人にしちゃったってわけ。
あたしの言ったとおり、星野さんならいつも小物とか隠してもなにも言ってこないように黙ったままでいるだろうから。黙ってれば普通はやましいことがあるから黙ってるって思うだろうし。実際皆思ってたみたいだし。
だから、気に入らないはずの星野さんを攻めてるにしては元気なかったってわけ。
さすがに先生の前じゃごめんなさいって泣きながら謝ってたけど。
でも、話聞いてる限りじゃ星野さんがやってないってのを誰かが見ててもおかしくない気もするけど、事件が起こるまでわざわざそういうのに注目する人もいないだろうししょうがないのかな。
ま、とにかく色々あったけど当然無罪放免であたしたちは先に解放されてそれぞれのクラスに向かうために廊下を歩いていた。
「あのさ、ところで」
んで、気になることが一つ。
「もう制服離してもいいんじゃないの?」
星野さんの両手はいまだにしっかりとあたしたちの制服を掴んでいた。あの場から職員室で事情を聞いているときも、終わった今も。
フルフル。
「もう須藤さんたちだってやってこないって。大勢の前あんだけ恥かいた上に、自分が悪いことしたって自覚あるみたいだから。またいちゃもん付けてくるほどバカじゃないでしょ」
「そうよ。それになにかしてきたら今度こそ私が再起不能にしてあげるわ」
……なにサディスティックな笑みを浮かべてるんですかこの人は……
「……怖かった」
『え?』
星野さんから発せられた意外な言葉に思わず耳を疑う。
「……ほんとは、怖かった。どうして、靴、とか、筆入れとか、隠されるのか、わからなかったし。さっきも、私なにも…ひぐ……してないのに、みんな私がやったって……見てきて……すごく……怖かった……ふぁ……ひっく」
ポツリ、ポツリと星野さんが泣きながら自分の気持ちを吐露していく。
「……ふぇ…ひく…だか、ら…二人が……うぐぅ…かばって、くれ、たの……うれし…、すごく……うれし、かったよぉ……」
星野さんが抱きついてくる。
でも、あたしたちはただ、驚いていた。
星野さんも【普通】の女の子だったんだ。いっつも、無口で、無表情で確かに何かんがえてるのかわかんない。周りなんて全然気にしてないようで、いじめを受けててもどうでもいいなんていってたのに。
それはただの強がりで、ほんとはただの、どこにでもいるか弱い女の子だった。
いつも無口だから、なんか特別なんじゃってあたしたちも勝手に勘違いしてた。
(ふ……)
あたしたちは、星野さんの頭に軽く手を乗せる。
「……ゆめ。友だちを助けるなんて当たり前だよ」
「そうよ。私たちがゆめを助けたかったからそうしただけ。特別なことじゃないわ」
「……みず、なし、さん。ふた、み、さん。」
「ゆめ。彩音に、美咲、ね」
「……あや、ね。みさ、き。……ひっく」
ぎゅっ、と絶対に離さないといわんばかりにゆめの手に力がこもる。
「あはは、そんなにされたら痛いって」
「ほらほら、そんなに泣いてばっかりじゃせっかくの可愛い顔が台無しよ?」
「そうそう、友だちに見せるのは泣き顔なんかじゃなくて、笑顔笑顔。ほら、笑ってみなって」
あたしのその言葉にゆめはやっと手を離して、あたしたちから一歩距離をとった。
「……うん」
そして、【微笑】なんかじゃない心からの笑顔をあたしたちに見せてくれた。
この後はもういっつも三人で集まるようになったね。
でも、ゆめは話せば話すほど面白くてさ、昔は思ったこともほとんど口にしないような子だったのにあたしたちが「もう少し、思ったことはっきりいったほうがいいんじゃない」みたいなこといったら、いつのまにかなんでもいうようになったし。
あー、でもゆめの笑顔はあんまりないな。あのときの笑顔が強烈すぎたってのもあるけど。
まぁ、こんな感じかな。ゆめと仲良くなった経緯って。
「そうなんだぁ。……いいお話だね」
あたしが話し終えると、澪は自分の心うちに染み込ませるように呟いた。
「なんか今思うと、偶然に偶然が重なったって感じなんだよねー。初めて話したのから、ゆめへのいじめ知ったりとか、あの現場に居合わせたのだって偶然だし」
ゆめとのことがどこかひとつでも欠けてたら、あそこに居合わせてもゆめのことを庇ったりなんてしなかったかもしれない。ほんと、偶然だ。
「ううん、偶然なんかじゃないよ。彩音ちゃん」
澪は優しく首を振った。
「……それはね、運命なの。偶然が重なるのは運命なの。きっと、今彩音ちゃんが話してくれたようなことがなくたって、彩音ちゃんとゆめちゃんと美咲ちゃんは今みたいになったの」
「……そう、かもね」
運命。言われてみれば、そうなのかもしれない。
偶然かもしれない、でもそれは運命。
そう思うとなんかむしょうにうれしくなって自然に笑みが浮かんだ。
「そっか。だからゆめちゃん……」
そんなあたしを置き去りに澪は何かを納得したように呟く。
「あのさ、ゆめがどうかしたの?」
ここに来てからゆめのことばっかりきにするなんてあたしとしては悲しいことこの上ないんだけど。
「うん……」
澪はどこか名残惜しそうに、その愛嬌のある瞳であたしを見てくる。でも、あたしを見てるはずなのにあたしを見てもらえてないような気にもさせられる不思議な目。
そういえば、澪といるとたまにこんな目をしてくることがあった。あたしだけど、澪の目の前にはいないあたしを見られているような気分にさせられる目。
「彩音ちゃんって、本当にゆめちゃんのこと大好きなんだね。ずっと前からわかってたけど、さっきの彩音ちゃん、すごく嬉しそうで楽しそうだったよ。ゆめちゃんのこと大好きで大切に思ってるってすごく伝わってきた。ゆめちゃんのことうらやましくなっちゃうくらい」
愛らしい唇からつむぎだされるその言葉はあたしにとっては嬉しいものでもあるはずなのに体に震えをもたらしてきた。
なんだか、背筋に悪寒が走る。
「すぅ……」
澪はそんなあたしとは対照的に迷いのない顔で軽く息を吸う、覚悟を決めるかのように。
「……だからね、彩音ちゃん。もうわたしたちあんまり会わないようにしよ?」
そして、はっきりとそういった。
「………………え?」
今、何言われたの? 澪、何を言ったの? 話がいきなり飛んでしまった気がする。
目は見開かれ、口は半開きもまま閉じられない。
体と心は固まり、呆然と澪をみるしかなかった。
「私ね、彩音ちゃんのこと大好きだよ。三年生のとき一緒のクラスになったときからずっと見てたんだ。笑顔が素敵だなぁって」
澪が何を言っても今のあたしは聞こえているだけで理解ができない。
「だから、卒業式のときに好きって言ってくれたの嬉しかったよ。でも、私といるときの彩音ちゃんはちょっとちがった。それでも、彩音ちゃんといるの楽しかったけど、今の話聞いててわかったんだ。私は、ゆめちゃんや美咲ちゃんといるときの彩音ちゃんが好きなんだって。そんな彩音ちゃんを見ていたかったんだって」
……何? 何を言ってるの? 澪。
「私、彩音ちゃんのことは大好きだけど、ゆめちゃんから彩音ちゃんをとったりなんてできない」
ゆめ? ゆめがなにか言ったの?
それまで澪の言葉に何の反応もできなかったあたしは、そこでやっと思考が働きだした。
ここに来たときから澪はゆめのことばっかりを気にしていた。それは、つまりゆめを気にするような出来事があったから。
ゆめが、澪に何かをいったから澪はあたしにこんなことを……
「っ……」
唇を噛み締めた。澪に会わないようにしようと言われた悲しみはそのまま、ゆめへの……
「だからね、彩音ちゃん。私なんかのことよりもゆめちゃんのこと気にしてあげて。ゆめちゃんには彩音ちゃんが必要だもん」
憎しみに変わる。
ゆめへの憎しみを自覚してからは、もう澪が何をいったか澪と何を話したかほとんど覚えていない。ただ、次の休みに行こうといっていた買い物を断られたのは記憶に残っている。
「……じゃあね。彩音ちゃん」
最後にそういって部屋を出て行った澪に対してあたしは玄関まで送ることすらしないで、うんと小さく呟いただけだった。
澪のことを考えている余裕なんてなかったから。
「………………」
ゆめ……ゆめ、…………………ゆめ!!
澪になにいったの!? 何を吹き込んだの!?
言ったくせに、応援するって言ったくせに!
「……っは、…あ っはぁ」
胸の内から湧いてくる憎悪が荒々しい息を吐かせる。
しばらくベッドでゆめのことを考えていたあたしはふらふらと立ち上がってこの部屋にきたときに澪が見ていた写真立てを手に取った。
中学の卒業旅行の写真。
あたしと美咲とゆめ。
花畑をバックに、ゆめを中央してあたしと美咲が二人でゆめの腕を取っている。あたしと美咲は笑っていて、ゆめはわかる人がわかるくらいの微笑。
仲良し三人組みがとるような写真としてはありきたりなものかもしれない。
たとえ澪のことが好きでも、あたしにとってはかけがいのない思い出。
……だった。
「ゆめ……」
あたしは今の感情のままに言葉をつむいで……
ペキ!
その写真立てを音を立てて割った。