抜けるような青空の下。

 やわらかい陽の光がさすさわやかな五月晴れの日。

 肌には涼やかな風を感じる。

 きっと日本のほとんどが幸せを感じるような連休も終わりの近づく日。

 そんな中私はとても幸せとはいえない気分と表情で朝から一人で出かけていた。

 寮からバスに乗って駅前に向かい、そこからまた別のバスに乗り換えて、あるところについたところだった。

 そこは中学のとき部活の大会でよく行ったような運動公園。野球場やテニスコート、体育館、そして、これから私が向かう先、陸上競技場が一まとめになった結構規模の大きなもの。

 私はまず各施設の中央にある広場から陸上競技場の建物を見つめた。

 五月の太陽に照らされる赤みがかった建物は少し年代を感じさせる。周りには参加者って思われる人たちがいっぱいいて、一人でこんなところにいる私は少し浮いている感じ。

 まだ自分の学校がどこにいるのすらよくわからない私はきょろきょろと視線を動かして、ある人物をさがそうとするけどざっと見て百人以上はいるのに、いくら誰よりもわかる相手だからって簡単に見つかったりはしなくて、仕方なく私は競技場の中へと入っていった。

 中も手入れが行き届いてないってほどじゃないけど、古びたコンクリートの観客席にはあまり人はいなくてここでもやっぱり個人でいるようなのは私くらいだった。

(……夏樹ちゃん、どこにいるのかな)

 今私がこんなところにいるのはもちろん夏樹ちゃんのことを見に来るためだった。

 応援、じゃなくて。今はまだ見に来ただけ。

 そう思っては来たけど、夏樹ちゃんが何時ごろ試合に出るのかは知らない。話してすらいないんだもんあたり前。だから、こんなまだ始まってすらいないこんな時間に来ちゃってた。

 とりあえずベンチに腰を下ろした私は一面を見下ろせるトラックをぼーっと見つめる。

 トラックの中には競技場の外と同じように学校ごとって思える集団がいくつもあって、そこから夏樹ちゃんを探し出そうとするけどやっぱりそう簡単にはいかない。見れば一目瞭然だとしてもいなきゃどうにもならないんだから。

「まぁ、いいや。どうせ、暇なんだから」

 ……夏樹ちゃんのせいで。

 最後のは口に出さない。というよりも出したくなかった。

 そして私の夏樹ちゃんと一緒じゃないけど、夏樹ちゃんのために使う連休の一日が始めたのだった。

 

 

 夏樹ちゃんが陸上を始めたのは小学生の頃。特別なきっかけがあったわけじゃなくて、単純に小学校の頃に入った部活動が陸上部だったから。それで中学生の頃もそのまま続けて、今天原に来ても陸上部に入った。

 夏樹ちゃんは誰よりも一生懸命で練習をさぼったりなんか一度だってなかったと思う。放課後はもちろん、休みの日だって故意に休んで遊んだりなんかしなかった。

 だから、中学生のときは部長だってやってたし、県大会で上位のほうに入ってなんかりもしてた。

 私はそんな頑張る夏樹ちゃんが好きだし、夏樹ちゃんを応援するのも当たり前だった。

 ピンポンパンポーン。

 過去に思いを馳せながら、トラックを眺めていた私はそのチャイム? の音に聞き耳を立てる。

「八百メートルに出場する選手は集まってください」

 近くにあるメガホン? からそんな言葉が聞こえてきて私はトラックのある場所に視線を移す。

 八百メートル。

 夏樹ちゃんが天原から始めた新しい種目。

 さすがにもう夏樹ちゃんのいるところは見つけてて、夏樹ちゃんはユニフォーム姿でトラック中心に向かっていっていた。

(…………夏樹ちゃん)

 当然、夏樹ちゃんは今日が初めての試合。

 今はどんな気持ちでいるんだろう。

 夏樹ちゃんはああ見えて意外に度胸がなくて、いつもスタート位置につくまで落ち着かない様子を見せてた。そんなときはいつも、私があげたお守りを見てるなんて昔教えてもらったことがある。

(……今は持ってるのかな?)

 ここからじゃ夏樹ちゃんがいるっていうことはわかってもさすがにそこまではわからない。

「あ……」

 そんなこんなのうちに夏樹ちゃんが赤茶色のトラックに入っていって、レーンについた。

(………ドキドキする)

 自分のことじゃないのに夏樹ちゃんのことってなると自分のことみたいに胸がドキドキして手に汗が滲む。

 それはきっと夏樹ちゃんを応援しているから。

(……負けちゃえって思ったっていいのに……)

 私は本気で怒ってた。ここに来た理由はともかく、少なくても喧嘩を始めたときに本当にどうせ負けちゃう。私との約束を破って出る試合なんて負けちゃえばいいのにって思った。

 なのに今はこう思ってる。ドキドキしてる。

「……だって、知ってるもん」

 ピー!

「っ!?

 小さく呟いた私の耳にスタートを知らせる音が聞こえた。

 トラックに並んだ女の子たちが一斉に駆け出していく。夏樹ちゃんも引き締まった体を精一杯に揺らして息を弾ませていた。

 ここからじゃどんな顔をしているかなんて見えないけど、わかる。夏樹ちゃんが今どんな顔をして走っているのか。

 前を見つめる瞳、真剣な表情、弾む息。

 わかる。夏樹ちゃんの見ているもの、感じてる風、目指すゴールが。

「……夏樹ちゃんのことだもん」

 夏樹ちゃんがいつもどんなに頑張ってるか知ってる。頑張ってるから、楽しい。頑張ってるから嬉しい。だから、夢中になれちゃう。

 それは当たり前だけど、とても大切なこと。

「…………」

 もちろん、私のことほっぽかれたりなんかしたら、嫌だけど。

 でも。

(……こんな喧嘩中学のときにもしたっけ)

 まったく同じじゃないけど、似たようなことはした。夏樹ちゃんの一生懸命さのせいで私とすれ違ったこと。

 夏樹ちゃんの一生懸命が私以外に向くのが面白くないのかもしれない。

(だって、私は夏樹ちゃんが大好きなんだもん)

「頑張れ、夏樹ちゃん」

 でも、だからこそ私は一生懸命な夏樹ちゃんを応援したいんだ。

 

1/3

ノベルTOP/S×STOP