玲菜が相手をしてくれない。
怒涛の金曜から一日が経ち、土曜日の夜。
結月は部屋の中で一人ふてくされていた。
週末にはほとんど毎週どちらかのベッドで寝ることが普通になっていたが、一人になりたいといって断られ、それだけでも多少むくれたというのに翌日もデートの誘いを断り部屋にこもりっきりだ。
はっきり言って面白くなく、結月は頬を膨らませたまま一人自分のベッドでごろごろとしていた。
そろそろ日付がまわることもあり、もう寝てしまってもいいのだが胸の中で玲菜への不満が渦巻いて眠る気に慣れず、かといって何かをする気にもなれず無為な時間を過ごしていた。
「あー、もう、玲菜ちゃんてば何してるかくらい教えてくれてもいいのに!」
不機嫌にそう漏らす。
これも結月の不興を買っている一因だ。部屋で何をしているかと問いかけても、気にしないでくれとの一点張り。
理由のわからぬことの方を優先され面白い訳がない。
「……はぁ。水でも飲んでこよ」
いつのまにか喉が渇いていることに気づき私はベッドから起き上がると部屋を出ていく。
「……玲菜ちゃん、まだ起きてるかな?」
廊下を歩きながら玲菜の部屋の前に来るとそれが気になった。怒ってはいても、いや怒っているからこそいつもよりも何をしているのか気になってしまう。
「玲菜ちゃん、入るよ」
以前であればしていたノックをせず、声だけをかけて結月は扉を開けると。
「玲菜ちゃん?」
予想していなかった光景が目に飛び込む。
それは机に突っ伏す玲菜の姿。結月が入ってきても微動だにせず、
(寝てるの?)
居眠りをするなんて珍しいなと玲菜に近づいていくといくつか気づくことがある。
チョコの山が机に置かれているのは部屋に入った時からわかっていたがそれだけでなく
(手紙、かな)
それらしきものがいくつも置かれている。
手紙だとすれば何かは大体想像がつく。
「……ラブレターなんだろうな」
そういうものである可能性は高い。
(………むぅ)
それを読んでから玲菜は自分と過ごしてくれなかったのだろうと、察する結月は複雑な顔になった。
理由がわかったのはいい。玲菜の性格であれば仕方ないとはいえ自分よりも他の子を優先されたというのも事実であり、結月はちょっとした反抗心のようなものから玲菜の手元にある手紙を取って、読み始める。
「? これって……」
まず見たことのある字だなと不思議に思ったが、読み進めていくうちに自分の心情が変わっていくのを感じた。
(お返事の手紙)
それに気づいて読んでしまったことに罪悪感を覚える。
簡単に内容を言えば気持ちは嬉しいが、他に好きな人がいるから気持ちには応えられないというようなことが書いてあった。
「まさか、これ全部に?」
結月は机の上に置いてある手紙に視線を移す。チョコの全部についていたわけではないだろうが、それでも数十の手紙はある。
(昨日から部屋にずっといたのって……そういう、こと?)
これだけの数だ。読むだけでも大変なのに返事まで書いている、しかもこれは勘でしかないがおそらく一人一人異なった文面で。
(なんていうか玲菜ちゃんだなぁ)
結月は毒気を抜かれた気分になり穏やかな瞳で玲菜の寝顔を見つめる。
手紙を出した相手のほとんどが返事なんか期待していたなかっただろう。本気は込められているかもしれないが自己満足に近いことも確か。それに対して玲菜は本気で応えている。
それが玲菜らしくて、呆れもするが同時に誇らしくも感じた。
「ちょっと妬けちゃうけど……邪魔はできないか」
返事を書いている途中で居眠りをしてしまったであろう玲菜に毛布を掛けて部屋を去ろうと考えた結月は玲菜のベッドから毛布を取ってきてそっと玲菜の肩にかけたのだが。
「……ん、う……ん? 結月……?」
「あ、起こしちゃった?」
「…う、あ……いや……ん」
玲菜はまだ状況が把握できていないのか寝ぼけ眼で結月を見ると
「っ……見たのか」
目ざとく結月の手に握られている手紙を見つけてはバツの悪そうにいった。
「ん、まぁね。何してるかと思ったら返事書いてたんだ」
「そういうことだ。こういうのは人に見せるものではないだろう」
「まぁ、そうだけどさ。でも、そこまでするんだ」
邪魔をする気はないが人のために一生懸命になっている姿はやはり嫉妬の対象でもあってついそんなことを口にしてしまう。
「そうだな。確かに返事を期待していないものもいるかもしれない。だが、どうであれ私に想いを向けてくれたのは事実だ。なら私は私なりにそれに応えたい」
玲菜は当然かのように言い放った。
不器用な玲菜。それがまたこのような事態を招くかもしれないし、本気を返された子はむしろ傷つくかもしれない。
それでも、目の前の気持ちに一生懸命に答えようとする玲菜はやはり魅力的に映った。
「? 結月」
自分の好きな人が素敵な人だと改めて認識した結月はその想いに突き動かされて自然と玲菜のことを抱きしめていた。
「えへへ……玲菜ちゃん。大好き」
「どうした? いきなり」
「いきなりじゃないよ。いつも思ってる」
「それは知っているが」
「……うん」
困惑する玲菜と自分でも不思議なほど笑顔の結月。お互いに大好きな相手の感触を確かめ合いながら抱擁を交わす。
「えへへ……」
「なぁ、随分長くないか」
最初は一分もせずに離すだろうと抱き寄せながら結月の髪を撫でていた玲菜だったが、そろそろ五分が経とうとしたところで声をかける。
「だって、こうしてたいんだもん。この二日玲菜ちゃんが相手してくれなかったしぃ」
自分から嫉妬しているとはあまり言うつもりのなかった結月だが、今はそれが自然と口にすることができた。今ならそういうことを表に出してもいい気分だ。
「む……それはすまないな」
「いーの。そういうところも含めて玲菜ちゃんのこと愛してるんだもん」
「ありがとう」
「でも、あんまり邪魔はできないか」
明らかに名残惜しそうに言いながら結月はようやく体を離す。
「終わったらちゃんと私にかまってよね」
と言って踵を返す結月だったが。
「待て」
と、手を掴まれた。
「え?」
そのまま引き寄せられ、目の前に玲菜の顔を見た結月はそれだけで胸を高鳴らせてしまったが、
「んっ……」
重ねられた唇に目を見開いた。
「……ふ、ぁ……ん」
舌を絡ませることはないが何度か角度を変えながら感触を楽しむ玲菜。ぷるっとした触感が心地よく、二人とも口づけに酔う。
「っ……すまなかった、だが片時もお前のことを考えない時なんてない。それだけはわかってくれ」
キスを終えた玲菜は凛々しい顔で歯の浮くようなことを口にする玲菜。
「う……ぁ」
いっそ逆に恥ずかしいとすら思ってしまう状況ではあるが玲菜にはそれを言う資格があるように思えて結月は頬を染め、瞳を潤ませながら玲菜を見返してしまう。
「今日中に終わらせることにする。明日はバレンタイン本番だ。お前と一日過ごせるようにするよ」
畳み掛けるように恋人として過不足のない言葉。
「う、ん……」
色々思うところのあったバレンタインであるが、やはり自分は玲菜が好きだと思い知らせれた結月だった。