「………………」

「………………」

 部活動紹介から二日後。

「………………」

「………………」

 児童演劇部の部室は沈黙に満たされていた。

「……………」

 玲菜は気に入っているソファの端で二日前のように文庫本を読み、結月もその前方の机で雑誌を読んでいた。

「……暇、だね」

 二人でいるには広すぎる部室を一望し結月がつぶやく。

「そうだな」

 玲菜は結月を一瞥することもなくペラと本をめくりながら答える。

「あーあ。昨日はあんなに賑やかだったのにな」

 机に突っ伏しながら結月は、意味深な視線を玲菜に送る。

「……また、その話か」

 恨みがましい結月の視線を玲菜は疲れたように本を閉じて、結月と向き合った。

「私はお前のためにしたんだぞ」

「それはわかるんだけどさー」

「なら、何が問題だというのだ」

「全員帰すことなかったんじゃないの」

「私は真面目にやれる相手だけに来いと言ったんだ。それなのに、なんなんだあの子たちは。興味本位で来ただけじゃないか」

「興味本位っていうか、玲菜ちゃん目的だったのがバレバレだしねぇ」

「それの意味がわからん。私がここにいることと部活に入ることにどこに結びつきがあるんだ」

「……玲菜ちゃんのそういうところ……まぁ、好きだけど。でもさぁ……はぁ」

「お前だって真面目にしない部員がいても困るだけだろう」

「……それは、まぁ、そうなんだけど」

 玲菜が正論を言っているのがわかる結月はしぶしぶ玲菜の言うことに同意をするが、それでも昨日のことを思い出してはため息をつくしかなかった。

 昨日の出来事はこうだ。

 部活紹介の玲菜の演説に興味を持ち、十人以上の生徒が部室を訪れた。しかし、そのすべて、かどうかまで正確にはわからないが、少なくても大半は玲菜が目的のものばかりだった。

 部長である結月の本来の部活紹介をそっちのけで玲菜に話しかけたり、質問することが玲菜の逆鱗に触れた。

 活動に口を出すつもりはなかったが、そこに集まった生徒たちが結月のためにならないと判断した玲菜は、真面目にする気がないのなら帰れと、一喝してしまった。

 それは前日の演説を思い起こさせる迫力でもともと玲菜を目的に来ていた生徒たちはほとんどが散り、しかも幾人か残ったものに対しても、鋭い眼光でにらみつけ(本人としては、やる気があるのか見定めようとしていただけ)萎縮した全員が結局かえってしまった。

 そして、誰もいなくなったというわけだった。

 もっとも、その姿にさらに憧れというか、ある種の想いを強めたものも幾人かはいたかもしれないが、自分の近づける相手ではないと思ったのか二日連続して訪れるものはいなかった。

「っていうか、昨日の玲菜ちゃんのせいで微妙にクラスで気まずかったしさ」

「そこまで責任はもてん」

「でもさ、実際このままだとまずいんだから。せめてもうちょっと我慢してよね」

「…………善処しよう」

 昨日の対応を間違ったというつもりはないが、結月に怒られたことと最大のチャンスに部員を獲得できなかった事実に玲菜も頷く。

 コンコン。

 と、そこにノックの音が部屋に響いた。

「っ」

 二人で顔を見合わせる。

「玲菜ちゃん」

「……わかっているよ」

 結月のおとなしくていてという視線を受け玲菜は神妙にうなづいた。

「どうぞー」

 普段より少し高い声を出して、外にいる相手に声をかけるとガララとドアが開いて

「失礼します」

 と、涼やかな声が聞こえた。

「あ……」

 そして、入ってきた相手を見た二人の緊張がとかれる。

 そこにいたのは落ち着いた雰囲気のセミロングの髪と、スカートの下からスーっと伸びる黒タイツに包まれた脚をした女の子。

 名は

「なんだ姫乃ちゃんかー」

 片倉姫乃。

 結月の小学校の頃からの友人であり、結月の家に何度か遊びに来たこともあって玲菜も顔見知りだった。

「なんだとは何よ」

 いきなり、あからさまにがっかりされと口をとがらせながら二人の前へとやってきた。

「君か、久しぶりだな」

 入部希望者かと期待し、落ち込む結月とは対照的に玲菜は座ったままそう声をかけた。

「お久しぶりです。久遠寺先輩」

 玲菜と話す時は、必要以上に緊張してしまうものが多い中姫乃は昔から知っていることもありそういったこともなく普通に話ができる。

「む、先輩、か……」

「学校同じになったんですし、先輩って呼ぶべきかと思うので」

「前も、学校は同じだったが?」

「学校で会ったことはないじゃないですか」

「まぁ、当然だな」

 事情を知らぬものが聞いたら、わけを問いただしたくなるような会話をする中

「で、なんか用?」

 話に入らなかった結月が不機嫌そうに声をだして、ソファに座った。

「昨日は面白かったみたいね」

 姫乃も結月の隣に腰を下ろし二人に、少しいたずらっぽい顔を向けた。

「……君までそのことを言うのか」

 結月に様々なことを言われるのは慣れているが、他の人間、まして結月以外では唯一と言っていいまともに話せる相手にまで言われると、さすがの玲菜もまずいことをしたのではと考えてしまう。

「昨日ので余計に熱が入っちゃった人もいるかもしれませんね」

「? 何を言っている?」

「でも、近くにいるより見ていたいって思う人が多くなったかもですね」

「あー、確かにね。玲菜ちゃんって色々面倒だし」

「二人とも何を言っている。というよりも面倒とはなんだ」

 自分が他人にどう見られているかをわかっていない玲菜は二人の会話がまるで理解不能なものだった。

「って、そんな話しに来たんじゃないでしょ。それとも、みじめに二人でいるのを笑いにきたの?」

「二人にそんなことをするわけないでしょ」

 言いながら姫乃は持ってきた紺色のスクールバックを開けると、プリントを結月に差し出した。

「なに、これ?」

「見てわからない?」

 結月が受け取った紙には、

 入部届の文字と、希望者の欄に綺麗にかかれた片倉姫乃という文字。

「え?」

「入ってくれるのか?」

 突然のことに理解が追いつかなかった結月の代わりに玲菜が多少驚きつつも、冷静な態度で問いかけた。

「二人ではちょっと心配ですし。このまま一人も集まらなかったら結月が可哀そうなので」

「か、可哀そうじゃないよ。っていうか、ちゃんと集めるし」

「じゃあ、それいらない?」

「いるに決まってるじゃん。もらったらもう返さないからね」

「最初から撤回する気なんてないわよ」

「結月、少しは素直に喜んだらどうだ」

「う………」

 初の部員と、親友が一緒にいてくれるということに嬉しさを感じるものの、親友ということに若干の照れを抱いて皮肉めいたことをいう結月の気持ちを手に取るように把握し、いさめた。

「……ありがと、姫乃ちゃん」

「よろしくね、部長」

 照れながらもそう伝える結月に姫乃はさわやかな笑顔を返し、初めての部員が加わったのだった。

 

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