姫乃が加わり部活という体裁自体は整った気もするが、演劇をすることを考えればどう考えてもまだまだ不足と言わざるを得ない。

 練習は発声練習や体力をつけるなどはできるが、それもやはり人が集まらなければ意味を持たず、この日結月と姫乃は部員集めのためチラシを掲示板に張りに行っていた。

 一人部室に残った玲菜はいつもの定位置で今日は落ち着いて本を読んでいた。

「…………」

 四月の半ばということもあって、外に出ればまだ肌寒く感じることもあるが、室内で日差しのあたるこの場所は暖かく心地のいい場所でついうとうととしてしまうそうなほどだ。

(やはり、静かだと落ち着くな)

 ここ数日は騒がしかったこともありそれを強く感じる。

 結月と姫乃という昔から知っている二人ではあっても、こうして一人で過ごした時間が圧倒的に多かった玲菜はやはり一人が好きだった。

「ふあ……ぁ」

 誰かに見られるという意識もなく大きなあくびをする玲菜だったが、自分の部屋ならいざ知らず学校ではこの一人の時間はそうそう長続きするものではない。

 コンコン

(ん?)

「失礼しまーす」

 ノックの音に何かと思った瞬間、ドアが開いて小柄な少女が入ってきた。

 結月ほどではないが、高校生には見えない身長と、その身長に似合った童顔の少女。玲菜の記憶にはない人物だが、スカーフの色で一年生ということだけはわかる。

「あの、あっ」

 少女は最初不安そうにしていたが、玲菜のことを認識すると途端にパアっと表情が明るくなった。

「私、宮守天音と言います。入部希望です」

 言いながら少女、天音は手に持っていた紙を玲菜に差し出してきた。

「ふむ、それはありがたいが」

 玲菜は言葉とは裏腹に若干訝しげな眼をしながらそれを受け取った。

 天音と名乗った少女の目が、数日前多く来た興味本位なだけの少女たちと同じものに見えた。

 さらには次の天音の一言にも警戒の念を強めてしまう。

「あの、先輩。お名前、なんていうんですか?」

「私か、久遠寺玲菜だが」

「素敵なお名前です、玲菜先輩」

「私自身特にそう思ってはいないが……まぁ、一応ありがとうと言っておこう」

 わずかに表情を変える玲菜。おそらく結月でなければ気づけないほど、微妙に。

「この前の部活紹介、すごくかっこよかったです。憧れちゃいました」

「そう、か」

 この時点で玲菜は天音に対しいいイメージを持たなかった。やはり、この前来たのと同じで結月にとってプラスになる人間ではないなと思ったが

(……………)

「君は、なぜ今日にきたんだ。見学なら、翌日に来るようにと言ったはずだが」

 この前結月に叱られたこともあり帰れとは口にしない。

「他の………演劇部の方を見てたので」

「演劇部?」

 それはもちろん、こちらのではない。以前からこの学校にあったものだろう。

「なら、なぜそちらではなくこっちにこんなものを持ってくる?」

 演劇をやりたい、ということであればこのようなまともに活動ができるかすらわからないほうではなく、以前からあり活動の実績もあるほうへ行くのが当然だ。

 やはり、本気でする気ではないのかと思う玲菜だったが

「あっちは……ちょっと、嫌……合わなそうだったので」

 一瞬天音の表情に陰りが生じ、それを瞬時に隠したことが玲菜の心を若干動かす。

「……ふむ」

「あ、でも自信がないとかじゃないですよ? っていうか、昔からちょっと演劇はやってたから自信はあります。なんならテストしてもらってもかまいませんし」

「いや、それには及ばない。というよりも私が見ても、上手い下手などわからないしな」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

 言いながら天音は、いつ気づいたのか結月が初心者である姫乃のために用意していた寸劇の台本を手に取って軽く眺めると

「これ、やってみますからちょっと、見ててください」

 一分もしないで読み終えて、玲菜に台本を渡してそういった。

 ここまでされては断るわけにもいかないなと玲菜は再びソファに座って素直に天音の演技を見ることにした。

「すぅ……」

 と、目を閉じながら短く息を吸う姿に玲菜は目を奪われた。

 先ほどまで、小動物のようだと思っていたが、その空気が一気に変わった。さっきが子猫のようだとしたら今は成熟したシャムネコのようだ。

(これは………)

 しかも、天音の演技は完璧だった。

 セリフを覚えていることは、短いこともあり難しいことでもないかもしれないが、子供二人、青年、母親、祖母と登場人物が多い中、天音は素人目に見てその各個人の特徴を感じさせた。

 子供らしい無邪気な声に、大げさなしぐさ。青年の少し低い声と、若者を感じさせる雰囲気。母親の威厳と、疲れを感じさせ、年寄のしわがれた声。

 各人物、一言二言しかない中に、台本を見ずとも誰が、どんな人物かすらを把握できるような演技だった。

「どうでしょうか」

 そして、演技が終わったとたんにまた子猫のような雰囲気へと戻るところを含め天音が同年代の経験者と比べてもはるかにうまい部類に入ることは玲菜にもわかった。

「見事だった。素人目にも君がうまいということはわかったよ」

「えへへ、じゃあ、入部認めてもらえます?」

「初めから認めないとは言っていないが……」

「えー、でも、玲菜先輩。あんまりいい顔してませんでしたよぉ」

「む……」

 それは事実であるが、玲菜はその感情を表に出したつもりはなかった。

「演劇って、人を見ながらするものですから」

 不敵に笑う天音に、玲菜はその言葉の意味を理解する。

 感情を表に出したつもりはなかった。だが、言葉やしぐさにそれが漏れていてそれを天音は敏感に察したのだ。だからこそ自分の演技を見せつけたのだろう。

「だが、君はなぜここに入ろうとする。君ほどの実力があれば普通の演劇部の方ですぐに役をもらえるのではないか」

「でしょうねぇ」

 自分の自信を隠そうともしない返しだが、それに有無を言わせないだけの力は今見たばかりだ。

「でも、あっちには玲菜先輩がいないじゃないですかぁ」

「そういうごまかしは好きではないが」

「えー、本気ですよぉ。私、この前の部活紹介みて本当にかっこいいって思ったんですから」

 相応の理由があるのだろう。と、玲菜は勝手に思った。

 自分への憧れ云々は置いておくとして、少なくとも初め演劇部の方に行ったということはそちらに入るつもりだったはずだ。しかし、そこで何かがあったのだろう。

「わかった。君を歓迎しよう。天音」

 だが、それを初対面で聞くべきことではなく、また戦力として天音がいてくれるに越したことはないと判断した玲菜はそう告げていた。

「はーい。よろしくお願いします、玲菜先輩」

 満面の笑みで天音はそう告げるが、玲菜は

(今回は結月に怒られずにすみそうだな)

 と、やはり結月のことを思うのだった。

 

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