玲菜の毎日の予定はほとんど決まっている。
朝、結月と一緒に登校し、学校につくと用事があるとき以外は自分の席で本を読む。昼休みまでの休み時間をそうやってすごし、昼休みは結月と一緒に昼食をとる。場所は、部室だったり中庭だったり、眺めのよい渡り廊下だったりとさまざまではあるが決まっているのは結月と一緒だということ。
午後になっても午前中と同じようにすごし、放課後になると一直線に部室に向かう。
そして、部活動が終われば結月と一緒に帰るというのが一日だった。
(……………?)
今日もその一日の予定の後半、部室に向かうところだったのだが。
「……………」
どうにも違和感を感じていた。
校舎と部室のある旧部活棟はそれなりに距離があり、また今でもそこで活動している部活も数個はあるが基本的に向かう人間は多くない。
だからといって偶然ではないということにはならないが、玲菜は先ほどからつけられているような感じがしていた。
校舎を出たあたりから背後から足音が聞こえ、それが一定の距離を保ったまま体育館わきをぬけ、景観の整った並木道を通り、目的の場所まで来ても聞こえてくる。
もちろん、先ほど言った通りここではほかの部活も活動しているのだから、おかしくはないがそれでもまったく変わらぬ歩調でついてくることを考えると、偶然という可能性は減る。
(……ふむ)
玲菜は建物の入口で腕を組んで立ち止まると、少し思案をしてから正体を確かめることにした。
もし本当に付けているのだとすればこのまま振り返っても逃げられるかもしれないと考えた玲菜は建物に入るとすぐに外からは見えないドアの陰に隠れ、付いてくるであろう相手を待った。
「あれー?」
と、あまりにも簡単にそれに引っかかったのは思いのほか大柄な少女だった。玲菜は百六十五センチを超え背の高い方だが、その玲菜よりも高く七十は超えている。また肩幅も広く、胸も大きい。スカーフの色からやはり後輩だということはわかるが、玲菜が圧倒されてしまうほどの存在感を感じさせた。
「君、何か用なのか?」
だが、玲菜は大きさに多少驚いたもののそれを表に出すことはなくいつも通り静かな声で問いかけた。
「わ、こんなところにいた」
少女は、体格に似つかわしくない高い声をあげて玲菜の前へとやってきた。
(同年代に見下ろされるのは珍しいな)
自分よりも背の高い相手はいることはいるが、見下ろされるとなるとめったにないことだった。
「先ほどから私を付けているようだが、一体何の用だ」
もちろん、見下ろされているからと言って玲菜の態度が変わることはない。
「んーと、どっかで見たことある人だなーって思って」
「…………」
あまりに想定外の答えに玲菜も思わず口を閉ざす。
「……同じ学校なのだから、顔を見たことくらいあるだろう。というか、君はそんな理由で人のあとをつけるのか」
まるで幼児のようだな。とまでは口に出さなかった。
「あはは、そんなわけないよー。ただ、綺麗な人なのに忘れてるなんてめずらしいなーって思ったから」
「さっきといい、ナンパでもしているのか君は」
「そうじゃないけど、それでもいいかも。おねーさん綺麗だし」
「……………」
玲菜は珍しく困った顔をした。
先ほどから微妙に話が合わないというか、論点をずらされてしまっている気がする。それも向こうが意図しているわけではないのに。
(これが、いわゆる天然というものなのか?)
「……すまないが、私に用があるわけではないようなので失礼させてもらうよ」
もともと人づきあいが得意でも、好きでもない玲菜はこの色々大きい少女との会話をやめることを決めた。まともに相手をしていては疲れてしまいそうだ。
だが、玲菜が少女に背を向けて歩いていこうとしたその時
「あー、思い出した!」
背後から大きな声を出されてしまい、仕方なく振り返る。
「演劇部の部長だー。部活紹介でみた」
「近いようで、大分違うな」
思い出したと大声を出した割には、少女の言葉の中にある正解は部活紹介で見たというところだけだ。
「えー、でも部長―、ここでやってるって言ってなかった?」
しかし、少女は自分の間違いに気づくことなくすでに玲菜が部長という前提で話を続けようとしてきた。
「もう何度か言ってきたが私は部長ではない」
「? 何言ってるの? 部活紹介って部長がするんでしょ」
「本来やるべき人間が眠ってしまったので私が代役を務めただけだ」
「? ふーん?」
「あと、ついでに訂正させてもらうが演劇部ではなく、児童演劇部だ」
「児童演劇? 何か違うの?」
背が高い割に少女は幼いところがあるのか、小さな子供のように頬に指を当てながら首をかしげる。
普通そういう仕草であれば上目使いをするのが定番だろうが、やはり見下ろされているのは変わらず玲菜は妙な気分を味わいながら。
「……君に説明をするのは面倒そうなのでやめておくよ」
一見冷淡にも思える言葉を発していた。
もっとも玲菜もそれほど詳しく違いを把握しているわけではないので、少女にどういうことと詰め寄られた際に応えられないことを避けるためでもあるが。
「えー、ケチー」
頬を膨らませながらそう告げるしぐさに、やはり外見とのミスマッチを感じてく少しおかしく思う玲菜だが次の少女のセリフに珍しく驚くことになる。
「まぁ、いっか。違いはやりながら知れば」
「それは……入部する、ということか?」
これまでの話の流れからしてそんな要素はどこにもなかったと考える玲菜はわざわざ確認を取る。
「ん、そだよー。まだ部活決めてなかったし」
「真面目にしてくれるのであれば、かまわないが……」
不安、というわけではないがどことなくそれに近いものを感じてしまう。だが、同時に子供相手であれば波長があうのではないかとも思い、
「わかった。とりあえず話してみよう」
結月のところへ連れて行くことは認めた。
「そうだ。名前を聞いてなかったな。私は……」
「あ、初音香里奈だよー。よろしくね、ぶちょー」
「……だから、部長ではないと言っているだろう」
玲菜は名乗ることすら許されず、完全に部長と思い込んでいる香里奈を見ては
(やれやれ、疲れそうな相手だな)
と、軽く心で嘆息をもらした。