(どう考えても、結月のせいじゃないか)
自分が落ち着いて本を読むだけの状況になれない原因を思い返した玲菜だったが、考えるまでもなくその原因にたどり着いた。
あの部活紹介の日、結月が膝枕などをせがんできてそのまま寝てしまったのが原因なのは明白だ。
何せ今集まっているメンバーは姫乃はともかくとして、玲菜を見てやってきたものばかりだ。
部長は結月なのだから、入部をした時点で玲菜の手を離れているのだが、自分が連れてきたという意識も働き話しかけてくる部員たちを邪険に扱うわけにもいかず、自らが望んだ結月のことだけを心配しながら本を読むということができなくなってしまったのだ。
結月に対して本気で文句を言いたいわけではないが、あの一件がなければおそらく姫乃以外のメンバーは集まらなかったことを思うと不思議なものだと玲菜は思った。
(悪い奴らではないがな)
玲菜はソファに座りながら、一人ずつ部員を見回していく。
一番に玲菜の瞳がとらえたのは姫乃だ。
四月も末となり、暑い日も出てきたが相変わらずの冬服とタイツ姿で机の上で書類とにらめっこをしている。
本来、申請や部費の管理などは結月がすべきことだろうが、結月が苦手なのと姫乃は中学時代に生徒会長をしていたこともあってそういう作業になれているため今は姫乃が事務作業をすることが多くなっている。
また、人前に立つことには慣れているためか練習でも堂々とした演技を行えている。
(結月よりも姫乃のほうが部長に向いているかもしれないな)
と、姫乃の感想を総括し今度は部屋の中央で部員たちの練習を指導している天音に視線を移す。
結月と同じで小柄だが、初日に見せて演技力は本物だった。はっきり言って、中学の頃にしていた結月ですら比べることができないほどの実力を持っている。
聞けば、小中と演劇をしていただけでなく両親がプロということで、発声のコツや練習の指導などすでに欠かせない存在になっている。
天音の実力を感じるほど、通常の演劇部に行かなかった理由への疑問を感じなくもないがもともと結月以外の人間への関心が薄い玲菜はそれに対し入部以降触れたことはない。
気がかりと言えば想像通り結月と言い合いをすることが多いということだが、本気で喧嘩をするというわけでもないので玲菜はそれに関し干渉をすることはほとんどない。
とにかく言えるのはこれから結月が本気でやって行くのであれば、天音の存在は欠かせないものになるということだ。
次に玲菜はこの中でひときわ目立つ存在を見つめる。
と、玲菜の表情は珍しく曇った。
結月以外にはもともと感情を動かすことすらすくない玲菜だが、香里奈相手だけは例外だった。
何度訂正しても部長と呼んでくることや、気づくと話がかみ合わなくなってしまうこと、話をしていてもまるで子供のようにふらふらとどこかに行ってしまうことなど、ペースを乱されてしまうことが多い。
天音の出す練習メニューは意外にそつなくこなすが、練習用の劇をするときなどは台本通りでなく自分の思ったことを言いだしたりなどをして、周りを困らせる。
良くも悪くも自分勝手だが、すべての行動に悪意がないというか意図すら感じられなく憎めないというのはほとんどの人間の印象のようだが、玲菜にとっては憎んでいるというわけではないが珍しく苦手と思える相手だった。
(大体なぜいつまでも私を部長と呼ぶのだ)
もしかしたらわざとしているのではないかと思いながらも玲菜は最後の相手を見る。
唯一の二年である洋子は文芸部と掛け持ちということもあって、常に来れるというわけではないが練習は真面目に取り組んでいる。
最初はまるで大きな声を出すこともできず後輩である天音にあきれられていたが、ここに来た理由が自分を変えたいということもあり徐々に改善をしてきた。
もっとも、玲菜と話すときは相変わらずしどももどろになってしまうことが多いが。
また部活とは別に玲菜は洋子が書いているという小説を読ませてもらっている。読書が趣味の玲菜にとってはそれが思いのほか楽しみなもので、去年一年完全に孤独に過ごした玲菜の唯一といっていい同じ学年で話せる相手だった。
(とにかく、ありがたいものだな)
全員を改めて見た玲菜はそう思う。
児童演劇は特に大会があるわけでもなく、今のところ候補はあるものの正式に講演の予定はない。つまりはこのままこの練習も無駄になるかもしれないということだ。
そんなはっきりとした目標のない中続けていくのは簡単なことではない。結月には目的があるようだが、それについてきてくれる部員たちはありがたいものだ。
結月の望みを叶えるということは玲菜にとって何よりも重要なことなのだから。
そんなことを思っていると、書類と格闘していた姫乃も加わり全員で簡単な劇の練習を始め出す。
玲菜はそれを時折気にしつつ、自分は文庫本を読み出し玲菜にとって望ましい時間を過ごす。
普段もこうであればいいと思いながら、あっという間に時間はすぎていき空が夕日に染まっていった。
「じゃあ、今日はそろそろ終わりにしよう」
部長である結月がそう声をかけると「はーい」という返事とともにみなそれぞれ帰宅の準備を始める。
「玲菜先輩」
いち早く準備を終えた天音が玲菜の元へとやってくる。
「なんだ天音」
「これから何か食べていきませんかぁ?」
玲菜以外にはわかるあからさまに甘えたような声を出して寄り道を誘ってくる天音。
それは一週間に数度のことで、ほとんどの場合玲菜は断っていたが
「まぁ、かまわんが。今日は早く帰らなければならない日ではないし」
珍しく了承の返事を出す。
「あ、じゃあ私も一緒にいくー」
と、そこへ香里奈がやってくる。
「ちょっと、あんたのことなんて誘ってないんだけど」
玲菜と二人きりで寄り道をすることを望んでいた天音は口をとがらせるが
「えー、一緒に行こうよー。あまねんが厳しくてお腹空いちゃったもん。それに今日お昼前にお弁当食べちゃったからずーっと食べてないしー」
「それ、私関係ないじゃないの」
「あ、それで確か駅前に新しいクレープ屋さんができたって聞いたからそこにしよー」
「話聞きなさいよ。ってあれはもう一か月も経ってるわよ」
「そうだっけ? でも私行ったことないからそこでいいや」
「って、だからあんたのことなんて誘ってないって。一人で行きなさいよ」
「えー、ぶちょーと一緒がいいなぁ」
目の前で繰り広げられる不毛な言い争いに部長と呼ぶなとだけ返し、玲菜はどうすればいいかと思案をする。
そんな三人を遠巻きに見つめるのは結月と姫乃の二人。
「あんなことなってるけど、結月的にはほっといていいの?」
「別にいいんじゃない? 玲菜ちゃんにとっては悪いことじゃないと思うけど」
「じゃなくて、玲菜ちゃんのこと盗られちゃうーとか思わないの」
「そんなこと思うわけないじゃん」
「さすがに余裕ね」
「そんなんじゃないってば」
昔から玲菜を知る二人は余裕のある会話をする。
「ねー、ぶちょ―。私も一緒に行っていいよねー?」
「私はかまわんが」
「えー。玲菜せんぱ〜い」
「別にかまわないだろう? たまにはこういう交流をすることも必要だとこの前呼んだ本に書いてあったしな」
「そういうことじゃなくてぇ………まぁ、一緒にいけるならいいですけど」
天音は意図を察してくれない玲菜に気づき、しぶしぶとうなづいた。
「そういうわけだ。おまえたちはどうする?」
寄り道をしていくことを決めた玲菜は結月と姫乃に問いかける。
「いくー」
「お邪魔でなければ」
「そうか、神守はどうする?」
二人とも軽く了承をし、玲菜は控えめに様子をうかがっていた洋子にも同じように誘いをかける。
「え、えっと……わ、私も、一緒で、いい、の?」
「どこに駄目な理由がある?」
「あ、じゃ、じゃあ、私、も」
「よーし、そうと決まればみんな早くいこー」
全員が了承したのを確認すると結月が元気よくそう言い、皆帰る支度を早めた。
(まったく、普段からこうして周りをまとめてくれればよいのだがな)
などと心の中で結月に軽く文句を言いつつも、人生で初めてこれほど多くの人間とかかわる玲菜は
(……まぁ、悪い気分ではないさ)
と、そんな風に思うのだった。