(……あんなきっかけで好きになっちゃったんだなぁ)
ベッドであおむけになる姫乃は玲菜との想い出を振り返りながら、そのことを多少バカらしく思った。
人を好きになるのに理由も、きっかけも必要ないかもしれないが本当に些細なことだった。
あの事から玲菜のことを目で追うようになり、大した用もないくせに結月の家を訪れるようになった。
はっきり好きだと気づいたのもいつだったのか定かではない。気づいたら好きと言えるようになっていた。
その時同時に気づいてしまった。
結月と玲菜の間には入り込めないと。
(だって、普通じゃないもの)
二人の間にある絆は通常のものではない。おそらく、【普通】じゃ手に入らないもの。恋人とも、姉妹とも、友人とも、家族ともつかない異様な関係。
だからこの数年諦めたふりをしてきた。自分に嘘をついて、それでもあきらめきれずにいた。
望みのない片思いを続けて、告白もできずにいつしか思い出にする。そんな恋の終わりをなんとなく想像していた。
おそらくそうなっただろう。玲菜の傷さえ見ることがなければ。
だが、知ってしまった。玲菜の傷を。玲菜の秘密を。玲菜が隠そうとしていたものを。
リストカットは玲菜の秘密の一端にすぎないだろう。本当に見なければならないのはそれをさせた理由。
姫乃が求め、解決したいと思うのはそのことだ。結月には届かなかったその理由。
簡単な道ではないことはわかっている。
それが簡単なものなら結月がたどり着いている。
結月にはあんなことを言ったが、結月だって何もしなかったはずはない。そのくらいは少し考えればわかることだ。
結月だって迷い苦しみ、そして……
(見捨てたのよ、あんたは)
心の中でそれを繰り返す。
どんな理由があったのだとしても結果玲菜は自傷行為を続け、結月はそれを許している。
そこに事情は関係ない。結果だ。
結月は玲菜を救わなかったという結果。
救うことを止めた結果がある。
それが許せない。
救えないだけでなく救おうとしない結月のことを許せない。
結月を信じていた自分を許せない。
結月にならと諦めていた自分が許せない。
自分なら、自分が玲菜と一緒に住んでいれば絶対に諦めなかった。例え玲菜に拒絶されたとしても。
(……私は絶対に諦めない)
そう心に強く思う姫乃。
それが結月も通った道であるとわからないはずはなかったのに。