「……ん……」
その日玲菜が目を覚ましたのは昼近くだった。
「結月……?」
気だるい疲労を感じながら目を開けると、そこにいるはずの相手が見当たらない。
部屋の中を見渡してみるがやはりいてほしい相手の姿は見当たらず、代わりに枕もとの物置に一枚の紙を見つけた。
「……出かけたのか」
そこには出かけてくるという旨を伝えるもので、玲菜はその紙を見つめながら若干心を沈ませた。
「……出かけたのか」
それからもう一度同じ言葉をつぶやく。
玲菜は上半身を起こしてその紙を見つめる。
(……何か、約束があったかもしれないしな)
勝手に理由を想像する。それは、そばにいてほしかったという願望の現れでまだ昨日のことを引きずっているという証明。
「……ふふ、勝手だな私は」
結月を心から受け入れようとしないくせに、都合よく結月を求めて心の安寧を図ろうとした。それが一時しのぎにしか過ぎないことも、結月に余計な心労を与えてしまうことも知りながら。
(……私は、何をしているんだろうな)
その原因となった手首の傷を見つめて、玲菜は心を深い闇へと沈めていく。
いつまでもこんなことばかりしていられないのはわかっている。こんなことをしても何の解決にもならないと実感している。
自分を心配してくれる相手を裏切り、自分を自分で傷つけ、そんな自分を嫌悪するのに、今度はその嫌いな自分に耐えられなくなり、さらに自分を傷つけて気持ちを紛らわす。
一瞬の高揚と、憐れに思う自分を得たくて。
自分で自分に同情し、自分を可哀そうと思うことで自分を慰めて、そんな自分に絶望して、自分に罰を与える。そして、そんなことでしか精神の均衡が保てないくせに時にはそれに耐えられなくなって、涙を流し、更なる自傷に走る。
そんな循環を続けている。
助けを求める相手はいるくせに、その相手はきっとどんな自分であろうと受け入れてくれるとわかっているのに。
「………結月」
心をさらけ出す勇気はなくて、それでもその相手のことを求めずにはいられなかった。
結月が今どこで何をしているかも知らずに。
(……落ち着かんな)
結月の部屋から戻り自室で本を読んでいた玲菜はそう思っていた。
それは昨日からのことを引きずっているというのもあるかもしれないが、それだけでないような予感めいたものがあった。
「………………ふむ」
読んでいた本を閉じ、窓の外を見つめる。
正門が見えるが、都合よく結月が帰ってくる姿が見えることはない。
(……………………)
結月のことを意識してしまった玲菜は窓から目が離せなくなる。
先ほど落ち着かないと表現したが、それは違うと思う。
落ち着かないのではなく不安だ。
理由がわからないのは同じだが、こちらの方が今の玲菜の気持ちを表現するのに適している。
背中に感じるぞわぞわとした感覚。地に足がついていないようなおぼつかなさ。
(……こういうのを虫の知らせとでもいうのだろうか)
あまりそう言ったものを信じない玲菜だが、今この時はそれを意識してしまった。
それはもしかしたら単純にこのところの玲菜の心を揺さぶっている出来事がそう感じさせるのかもしれないが、とにかく玲菜は不安を感じる。
(………………結月、帰ってきてくれ)
自分勝手にそれを思う。
最愛の相手を待つという感覚。
人や、状況によっては楽しみを感じる場合もあるのかもしれないが、玲菜はそれが嫌い、というよりも恐れてしまう。
なぜなら、その絶望を玲菜は知っているから。
帰ってくるはずの相手が帰ってこない、その絶望を。
(まぁ………結月が帰ってこないなどあるわけがないだろうがな)
それは考えるまでもないことだが
「っ………」
玲菜はつい涙を流してしまう。
自分の人生が変わった瞬間を思い出してしまったから。
自分が両親に捨てられた時……誰も帰ってこない家で帰ってきてほしい人を待つ瞬間を。
そして、帰ってこないと自覚したあの時を。
「ふ、ふふ……」
玲菜は自嘲する。
「っ…ぁぁ……」
(考えて、しまった……)
自分ではそれを受け入れている。そのはずだが、油断をするとその現実が玲菜の心を体の内側から食い破ろうとする。
だから、意識はしてもはっきりと思わない様にしてきた。
「っ……く、ひっく……ぁあ……ぁ」
無意識に傷に触れ、玲菜はぼろぼろと涙を流す。
何故考えてしまったのか、この痛みを避け続けていたのに。目を背け、耳を塞ぎ、自分の殻に閉じこもっていたはずなのに。
「…っ……ぁ、……あ、助けて………っ……ぁあ、うぁあ」
何をどうすれば【助け】になるのかそんなことは自分でもわからず、ただ子供の、幼児のようにうずくまり玲菜はそれを求めた。
誰も叶えてくれなかったそれを。
誰も叶えてくれないであろうそれを。
玲菜は無意識に求め
「玲菜、さん………?」
意外な声をきいた。