初めてしたのはいつのころだっただろうか。
玲菜はもうそれを正確には思い出せない。
ただ、中学二年の秋ごろだったということを覚えている。
その時は今とは違い、学校にも通っていなく本当に結月だけが玲菜の世界のすべてだった。
玲菜から見た結月はいつも輝いていた。
明るく快活で、社交性も高く多くの友人がいる。加えて恵まれた家に生まれ、優しい両親や家の者に囲まれ何一つ不自由のない生活。
玲菜が持っていないものばかりを、望んでも得られないものばかりを持つ結月。
それに対して、自分はどうなのかといつも考えていた。
普通の家庭に生まれ、十年と経たずに両親に見捨てらた。結月に拾われることで命をつなぎとめはしたが、その後の人生も褒められたものではない。
帰った家に誰もいないかもしれないということに怯え、小学校には通えなかった。
中学では最初一か月は通ったものの、あまりにも自分と周りは違うように感じてしまい、結局なじめずに不登校になった。
それをこの家の人間は受け入れてくれた。無理をするなと優しくしてくれた。
…………みじめだった。
叱られてくれたの方がよかったと当時から思って、しかしその優しさに甘えてしまう自分が嫌だった。
せめてと家の勉強は励んだが、一人でそれをする時間はあまりに虚しい時間だった。
そのころから自分はいったい何をしているのだろうと考えるようになった。
親に捨てられ、拾われた先で優しさに甘え結月以外とはまともに話すことのない生活。
心に鬱々とした何かをためていくだけの時間。自分などいなくても世界は何も変わらないという現実と、これから先にどう生きればいいのかという不安。自分には何もなく、これから先何もできないのではないかという悲観。
そんなものが合わさって、玲菜は自分に価値がないと思うようになっていった。
もともと捨てられたということがトラウマになり、自分が悪いから、愛される人間ではないから親から捨てられたと考えていた玲菜。それは玲菜に限らず、捨てられた人間特有の反応かもしれないが、今となっては答えはわからず価値のない自分と考えだけが残った。
そして、いつしかそんな自分への自傷を考えるようになっていた。
そのはっきりとした理由はわからない。自分への罰のつもりなのか、自己否定が自己嫌悪に変わった故なのか、そうすることで気を引きたかったのか。
どれもが正解なような気がして、どれでもなく感じる中、そのための道具を買ってしまった。
ただ、そのから初めてまでは時間が空いた。
その勇気がでないということ、本気でのつもりでなく腕に刃を押し当てた時の恐怖。その恐ろしさは想像を超えていて、すぐにナイフを机の奥へとしまった。
その後も興味はあれど、できるはずがないと玲菜は思っていた。
しかし、ナイフが机の中で眠っていても玲菜の問題は解決するわけもなく自己否定と自己嫌悪は強くなる一方で、ある時ふと結月と自分を比較してしまった。
そこに見えた天と地ほどの差。
すべてを持つ結月と何ももたない自分。
冷静になれば生まれた家はともかく、それ以外のものは結月が自分の力で手にいればものだとことはわかっても、いやその生まれた環境も含めて玲菜は結月をうらやましく思った。
嫉妬をした。
うらやましいと思うどころではなく、妬ましいとすら思った。
その日の夜。
あまりに強い自己否定。
助けられておいて、その相手に嫉妬をするという醜すぎる自分を見つけ玲菜はぼろぼろと泣き、気づけばナイフを取り出していた。
してはいけないとわかっていたし、恐怖もあった。
だが、それ以上に
誰よりも大切なはずの相手に負の感情を持った自分が情けなくて、恥ずかしくて。そんな自分がなによりも嫌で、惨めで……………初めての一線を越えてしまった。