「……それが、私が初めてした時だよ」

 ひとしきり涙を流した後、玲菜は姫乃に結月にすら、いや結月にこそ話せなかった秘密を語っていた。

 なぜそうしたのかははっきりとしていない。

 自責や自棄なども考えたが、

(……………こうすることを、望んでいたのだろうか)

 その可能性を考え、そして否定できなかったことに玲菜の心は余計にすさむ。

 悩みがそこにあれば、それは誰かに聞いてもらいたいという気持ちが付随するのは当然のことかもしれなくても、玲菜は自分がそんな当たり前をすることが嫌だった。まして、結月以外の相手に。

「おかしな……いや……呆れた話だろう?」

 だから、玲菜は相も変わらず自己を責めるようにいった。

「…………そんなことは、ありません」

 知りたかった秘密を知った姫乃は、その重さに驚きつつも本心からそれを言った。

 玲菜の話は正直言って姫乃の処理できるレベルを超えていた。親から捨てられたことが心の傷となり行為に及んだという予想していたことでさえ、普通に育ってきた姫乃には理解の及ばないことであるのに、あの結月に対する負の感情が原因であるなど何を言っても玲菜の心を救う力にはならないような気しかしなかった。

 それでも、

「玲菜さんは……悪くなんて」

 玲菜をかばおうとして

「っ! なら、結月が悪いとでも言うのか!!」

 鋭く返した玲菜の言葉にビクついてしまった。

「っ……すまない」

 心が過敏になっている。

 玲菜は結月が原因であると自分では知っていて、それを決して認めたくはなかった。

 結月には本当に感謝をしている。今生きていられるのは結月のおかげなのだ。その結月のせいで自分を傷つけているなど認めていいはずがなかった。

 それを認めてしまったからこそ、なおさら結月が悪いなど思っていいはずがない。

「……だが、これでわかっただろう。私がどんな人間なのか。どれほど、醜い人間なのか」

「……そんな、ことは……」

「……君が目の前で私が悪いと言える人間でないことは知っているよ。しかし、事実だろう」

 普段より少し饒舌に、そして感情をあらわにする玲菜。

 いつも冷静で、他者に流されることなく結月だけを見つめ、想ってきた玲菜。

 玲菜が自分を責める理由も、結月を想う理由も知った姫乃は

「……玲菜さんは、悪くなんてない、です」

 根拠もなくそう言った。

「……なら、結月が悪いのか?」

「違い……ます」

 姫乃は自分を恥じた。

 一時の感情のままに親友を叱責してしまった自分を。

「なら、悪いのは私だな」

「違います!」

 それも違う。それを認めていいはずがない。

「……そんなの、悲しすぎるじゃないですか。だって玲菜さんはこんなにも傷ついてるのに、全部を自分のせいにするなんてそんなの……嫌です」

「……君が嫌だといって、どうにかなるものではないだろう」

「そうですけど、でも! でも、嫌です!」

 ただの感情論。理論立てて考えれば玲菜が悪いのかもしれない。

 こういってはそれこそ玲菜に悪いだろうが、玲菜は圧倒的に恵まれている。

 同様に親に捨てられた子供たちからすれば。

 結月という親友に、衣食住を保証された生活。生きることすらままならない子供がいる中で玲菜は甘えていると言ってもいいかもしれない。

 だからと言って、玲菜が傷ついていないはずはない。

 親に捨てられ、命の恩人に嫉妬し、自分を傷つけた。それが結月を傷つけるとわかっても、行為を止められずに悪循環に陥った玲菜。

 そんな玲菜にすべての責任を押し付けるなどできるわけがなかった。

「玲菜さんっ……」

 たまらずに姫乃は再び玲菜を抱きしめた。

「玲菜さんは………玲菜さんは、悪くなんてないです……結月、だって。だから、これ以上自分を傷つけないでください」

 玲菜は自分で自分を傷つけている。体だけでなく心も。いや、心こそ。

 自分で腕に傷をつけるたび、本当に傷ついていたのは心のはずだ。結月を悲しませる行為を続けることに心が悲鳴をあげていたはず。

 そして、その罪悪感から逃れるためにその傷を繰り返していく。

「そんなことしたって、誰も救われない。玲菜さんも、結月だって!」

「っ…………」

 抱擁に拒絶も抱き返すこともしなかった玲菜は悔しそうに表情を変える。

「こんなこと続けても……同じです。何にもならない……二人が傷つくだけ……そんなのことを続けてどうするんですか……」

「………っ。なら、どうしろと言うんだ」

 玲菜の低い声。そこには玲菜がめったに見せることのない怒気が含まれている。

「こんなことを続けても何にもならない? そんなことはわかっている!」

 誰に指摘される必要もない。そんなことは玲菜こそが一番わかっている。

「なんにもならんさ! こんなことを続けても結月が悲しむだけなどいうことくらいわかっている。だが、どうしろというんだ! どうすればよかったというんだ!」

 普段の玲菜なら言葉を飲み込み、感情を隠しただろう。しかし、心を暴かれた今はそんな冷静なことなどできるわけもなかった。

「結月にお前のせいだと言えばいいのか!? 結月に嫉妬したせいで、私が自傷行為を働いていると言えばいいのか!?」

 そんなことはできるはずもない。

 それこそお互いが傷つくだけ。しかもその傷は決して癒えないものになる。結月を傷つけたという自責に玲菜は耐えられないだろうと確信している。

 結月もまた玲菜に対し穏やかでいられるわけがない。助けられておいてと怒るかもしれないし、自分のせいで玲菜が傷ついたと落ち込むかもしれない。それはどちらにしても玲菜には耐え切れないこと。

 そんな未来が確信できているのに結月に本当のことが言えるはずがない。

「……………そう、です」

 ただし、あくまで玲菜の中では。

 姫乃は意を決した。

 今の玲菜が昔の自分に重なって見えたから。いや、もっと言えば玲菜の過去を話してくれた時の結月も。

「話、しなきゃだめですよ。玲菜さん、昔言ったじゃないですか。話すべき相手がいるなら話をするべきだって」

 それは、姫乃が玲菜を想うきっかけになった出来事。

「それと、これとは……」

 まさか同意されるとは思っていなかった玲菜は戸惑いながら当たり前のことしか返答できなかった。

「……同じです。私の時と同じだなんていえないかもしれないけど……言っちゃいけないかもしれないけど、同じですよ。話さなきゃいけない人がいるなら、話せる相手がいるなら話をしなきゃいけないんです」

 玲菜を好きになるきっかけの時、玲菜がなぜこんなことが言えたのか今ならわかる。

「………結月とは、話せるじゃないですか。……………玲菜さんの両親とは違って」

「っ!!!!??」

「だから話したい相手が目の前にいるなら……話しをしなきゃいけないです」

 同じこと続ける姫乃。それは数秒前とは違う重みをもって玲菜に向かって行った。

「ひめ、の……」

 玲菜の弱々しい声。その反応に玲菜の心が自分の望む方へ傾いたことを知った姫乃はゆっくり玲菜から離れる。

「……話、してください。大丈夫ですよ、結月は……玲菜さんが思っている以上に玲菜さんのことを大好きですから。結月を信じてあげてください」

「信じる………」

「……約束、ですからね」

 結月と玲菜の心を知り、二人の絆、想いを改めて知った姫乃は玲菜の返答を待たずに勝手な約束を取り付けて部屋を去っていった。

 

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