「……ごめんね」

 玲菜は結月の手の温もりを感じながらその声を聞いた。

 それはおそらく玲菜が最も聞きたくなかった言葉。ある意味では嫌われること以上に玲菜のことを傷つける言葉だった。

「結月……謝らないでくれ。悪いのは……私なんだ」

「ううん、私だっておんなじだよ。玲菜ちゃんが傷ついてたことに気づけなかったんだもん」

「そんなことできるわけないだろう。私が勝手にお前を妬んでいたのに」

「それでも、玲菜ちゃんを傷つけたのは変わらないから」

「違う、お前は悪くなど……」

「……うん」

 それは結月の正直な感想だった。傷つけてしまったという罪悪感はあっても悪いとは思えない。

「けど、玲菜ちゃんのことを傷つけてたのなら謝りたい。悪いとか悪くないとかじゃないよ。玲菜ちゃんだってそうでしょ」

「それは……」

 言葉だけで言えばその通りではある。理由など関係なく結月を傷つけてしまったのなら謝罪をしたいし、するべきだと思っている。だが、今はそういうことでなく玲菜は「いや、違う」と首を振った。

「…………玲菜ちゃん」

 その姿に結月は一瞬口を閉ざす。

 これでは駄目だと、悪いとか悪くないなど言っても意味がない。玲菜は決めつけてしまっている。自分がいけないのだと、それを正面からこじ開けようとしても余計に頑なになるだけだ。

 それをわかった結月は自分が心に秘めたことを言葉にすることを決めた。

「……………私もね、玲菜ちゃんに謝らないといけないこと、あるよ」

「?」

「私ね、玲菜ちゃんのこと縛ってたんだ」

 玲菜が自分をさらしてくれたように、自分も隠すはずだった醜い自分を見せる。

「何の、ことだ……?」

「……はじめて、玲菜ちゃんのことを………求めた、のは心配だったからだけど、いつの間にかね、違くなってたんだよ」

 初めて玲菜と体を重ねた時、それは結月にとっての抵抗だった。自傷行為という衝撃と理由を話してくれない玲菜に対して、せめてもの抵抗だった。

 しかし、それが抑止力にすらならないとわかっていてもやめられなかったのは、玲菜を……自分のものにするためだ。

「……玲菜ちゃんは、優しくしてくれるでしょ? 私に悪いって思えば、思うほど……私のことを想ってくれたよね」

「それは……」

 理由すら話せないで自傷行為を続けるという罪悪感が、結月への想いに変わる。結月はそれを自覚していたからこそ、無駄だとわかっていながら玲菜のことを求め続けてきた。

「……玲菜ちゃんが困るってわかってたよ。玲菜ちゃんとエッチするたびに、玲菜ちゃんが私のことで傷つくって知ってたよ。……だから、やめられなかったんだよ。そのたびに玲菜ちゃんが私のものになってくれる気がしたから……」

「結月……」

 それは、衝撃的な告白であり、またその通りであった。

 結月に求められる度、結月を思わなければいけないという無意識の脅迫を自分でしていた気がする。

「……それも、自分のせいだなんて言わないでよ」

「っ」

「私が勝手にしてただけなんだから、本当はもっとちゃんと話をしてやめてって言えばよかったのに、玲菜ちゃんに疎まれるのが嫌でそうやって玲菜ちゃんのことを縛ってきたんだよ、私」

「しかし……」

 そもそも自分が醜い嫉妬などをしなければと玲菜は考えた。だが、結月は

「どっちが悪いとか、悪くないとかじゃないよ」

「っ……」

「そんなの言い合っても何にもならないじゃない」

 ここで責任の所在を求めても意味はない。今、大切なのは、

「……私はね、玲菜ちゃんのことが好きだよ」

 素直な気持ちを伝えることだ。

「……結月。だが、私は……」

「確かに、玲菜ちゃんの話を聞いてびっくりした。玲菜ちゃんが……私をそんな風に見てたなんて考えたこともなかったもん。……けどね、私はそれで玲菜ちゃんを嫌いになったりなんかしない」

 いつだって大切なことは単純だ。

「玲菜ちゃんはいつだって私の一番大切な人だよ。もし、世界のみんなが玲菜ちゃんのことを嫌いだって言っても、玲菜ちゃんのことをいらないって思っても。私は絶対に玲菜ちゃんのことを大好きだって言うよ。玲菜ちゃんが必要だって思うよ」

 たった一つの想いで世界を変えることができる。

 結月は玲菜の腕を取った。

「っ……」

 傷に触れて、

(あぁ……そうだ。初めからこうすればよかったんだ)

 怯む玲菜をよそに結月は心の中の霧が晴れたような気分になった。

「玲菜ちゃん、私はね。玲菜ちゃんが好き。だから………しないで、欲しい。好きな人が自分で自分を傷つけるのなんてやだよ」

 それは初め玲菜に言ったのと同じ意味なのかもしれない。表面的な意味と求める結果は同じだ。

 しかし、そこに込められた意味は違う。

 初めの時はただ、やめてという一方的な気持ちをぶつけたにすぎなかった。今は玲菜の理由も知り、受け入れたうえでして欲しくないと伝える。

「私のことをもっと信じて。嫌なことでもなんでもお話して。私はどんな玲菜ちゃんでも玲菜ちゃんのことを大切に想うよ。だから自分を責めないで、傷つけないで」

「っ……結月……」

 単純な言葉。強い想い。

 たったのそれだけ。

「私はね、玲菜ちゃんに笑っていて欲しいの。いつだって私の隣で笑っていて欲しい」

「……だが、私、などが……」

「自分なんかが……なんて言わないで。私は可愛い玲菜ちゃんが好き。かっこいい玲菜ちゃんが好き。弱い玲菜ちゃんが好き。情けない玲菜ちゃんが好き。私は玲菜ちゃんの全部が、大好きで私には必要な玲菜ちゃんなの」

 結月の心がまっすぐな言の葉となって玲菜の心に響く。

 自分が結月に想われていることは知っていた。だがそれはあくまで表面に見せた、結月に好かれるための姿でしかなかった。

 本当の自分など、弱くて醜くて情けない自分など、誰にも好かれるはずがないと、この世から消えるべきだと思っていた。

 しかし

「……そう。そう、だな……」

 いらないと思っていた。こんな自分など。親に捨てられた自分、救ってくれた相手に嫉妬をし、心配する相手に嫌われることを恐れ、さらに傷つけてきた自分など。

 だがこの世で何よりも大切な人がそんな自分を必要だと言ってくれるのなら、大好きだと言ってくれるのなら……

「……私は……ずっとお前にそう言ってもらいたかったのかもしれない」

 惨めな自分と太陽のように暖かな結月。

 あまりに対照的だと思っていて、守りたいとは思っていても必要とされたいと思うなどおこがましいと思っていた。

 しかし、本当は………世界で一番憧れている結月に世界で一番大好きな結月に……本当の自分を認めてもらいたかっただけなのかもしれない。

「……ありがとう、結月」

 それに気づいた玲菜はとめどなく涙を流しながらも、笑顔で結月のことを抱きしめるのだった。

 

12−3/12−5

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