言葉もなく二人は抱きしめあった。

 幾度となく体を重ねてきたが、心までもを重ねた抱擁は初めてだったのかもしれない。

(結月は……こんなにも暖かかったんだな)

 それを初めて知った気がする。

 これまでは互いに一方的な想いをすれ違わせていた。互いに相手を思いながらも、自分のために相手を思っていたにすぎなかった。

 相手が本当に望むことではなく、自分の都合を押し付けてしまっていた。

「結月」

 今は、違う。

 互いに心をさらけ出し、相手の負の気持ちすら受け入れ十年近くすれ違わせていた心を重ねた。

「……結月」

 玲菜は愛しい相手を抱く腕に力を込めて、何度目かわからないほど甘美に響く名を呼ぶ

「玲菜ちゃん」

 結月もまたしっかりと玲菜に抱擁を返し、噛みしめるように心を通じ合わせた相手の名を呼ぶ。

「……なぁ、結月」

「なぁに? 玲菜ちゃん」

「キスを、してもいいだろうか」

 数えきれないほど口づけは交わしてきた。心を重ねた今であればそんな許可は必要ないのかもしれない。

 だが、玲菜は言葉にしたかった。結月に自分を受け入れてもらいたかった。

「……うん。もちろんだよ」

「……そうか」

 その一言を発したのち玲菜は、結月の頬に手を添える。

「可愛いな、結月は」

「っ、も、もう急に何言うの」

「言いたくなったんだよ。お前があまりに可憐だから」

 急に結月の外見が変わるわけはない。変わったのは結月を見る玲菜の心。玲菜の心が結月をこの世のなによりも魅力的に見せていた。

「…………」

 じっと自分を見つめる玲菜に赤面しつつ、結月がゆっくり目を閉じると

「……………」

 玲菜も瞳を閉じ、結月の唇に自らの唇を合わせた。

「……………」

 暖かく、弾力を持ち、何よりも優しく感じるキス。

 長い長い口づけ。

「………ふ…あ」

 一分近く続いた口づけを終え、玲菜は緩んだ顔で呆ける。

「玲菜ちゃん? どうか、したの?」

「いや、こんなにも嬉しいものなんだなと思ってな」

「キスが?」

「あぁ……正確には、愛して欲しい人に愛されるということが、だな」

「っ……玲菜ちゃん」

 愛の告白にも等しい言葉。玲菜の傷を知る結月にとっては自分がその対象になれたことがあまりに嬉しくて

「…………」

 瞳に喜びの涙を浮かべ、

「あ……」

 その涙を玲菜の指で掬われて

「なぁ、結月」

「……うん」

「お前が、欲しい」

「……………うん」

 再び玲菜の口づけを受けて、ベッドへと倒れ込んでいった。

 

 

「……玲菜ちゃん」

「……結月」

 くしゃくしゃになったベッドの上で二人は見つめあう。

 体中が疲労感に襲われてはいるが心の中はこれまでになく充実している。

「もう、玲菜ちゃんてば激しすぎ」

「す、すまない。その加減がわからなくて」

「……あはは、怒ってるわけじゃないよ。びっくりはしたけど嬉しかったし」

「そうか。なら、よかった」

 実は終わった後にこういう会話はほとんどしたことはなかった。少なくても笑いがこぼれるような話はこれまでしたことがない。

 それが自然とできる幸せに結月は再び玲菜に体を寄せ、無言でキスをせがんだ。

「……ん」

 玲菜は結月の気持ちを察し軽く唇を触れ合わせる。

「えへへ……玲菜ちゃん」

 どうしても喜びに顔がゆるんでしまう結月。

 当然かもしれない。こんな風に本当の意味で玲菜と気持ちを通じ合わせることができたらと望んではいたが、玲菜と自分の異様な関係にいつか諦めてしまっていたから。

 だから今があまりにも嬉しくて……

「………大好き」

 何度でも玲菜を求めてしまう。

「結月……」

 玲菜はそんな結月をしっかりと抱きしめながら……表情を変える。

「なぁ、結月……」

 真剣な表情。玲菜には似合っているかもしれないが、今この場には少しだけ不釣り合いな顔。

 それほど緊張を込めた顔で玲菜は

「…………いや、やはりなんでもない」

 軽く首を振ってそういった。

「? どうしたの? 何かあるならいって」

「……いや、その……」

 一転玲菜は表情に窮する。ただ、それは困ったというよりは照れていると言った表現がふさわしいような顔。

「……今度話す」

 それはどこか二人の過ちのはじめとなった時をほうふつとさせるが

「うん」

 結月は大きく頷いた。玲菜を信じられるから。

「ありがとう。それと、だ」

 結月の頷きに感謝する玲菜は再び、照れた表情となる。

「?」

「……お前と行きたい場所があるんだ」

 そして、決意と覚悟と……希望を口にしていた。

 

12−4/12−6

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