「ふーん」
お風呂上りに玲菜の部屋を訪れていた結月は玲菜から今日の話を聞くとわざと甲高い声を出した。
今日、というよりもほぼ毎日だが結月が玲菜の部屋に来る。反対に玲菜が結月の部屋に行くのは用事があるときくらいで、二人の時間の大半はここで過ごすことになっている。
「楽しかったんだぁ」
我が物顔でベッドに横たわる結月は椅子に座る玲菜に多少口をとがらせる
「まぁ、そう言っていいかもしれないな」
「ふーん」
(ん? 結月のやつ、機嫌でも悪いのか?)
結月の方から今日はどうだったかと聞かれ素直に感想を伝えたのだが、結月の反応は芳しくない。というよりも悪いとすらいえる。
「ねぇ、玲菜ちゃん」
「なんだ?」
「膝枕して」
「なんだいきなり」
「いいからー」
「まぁ、かまわないが」
玲菜には理由がわからないが、そんなものがわからずとも結月がそれを望んでいるのなら断る理由はない。
「ほら」
ベッドに向かいそこに座ると、結月を呼ぶ。
「わーい」
結月はさっそく玲菜の膝に頭を乗せるとその極上の感触を楽しみながら玲菜を見上げた。
「まぁ、でも玲菜ちゃんがそうやって私以外の人と出かけるのも悪いことじゃないよね」
そのまま手を伸ばして玲菜のすべすべの頬を撫でる。
「かもしれんな」
代わりに玲菜は結月の髪に優しく触れる。
「あーあ、なんかちょっと寂しいかも」
「何がだ?」
「今までは玲菜ちゃんのこと独り占めできてたのになって」
「ふ、心配することはあるまい。今日は確かに楽しかったのは否定しないが、私はお前のものだよ」
「も、もう、玲菜ちゃんってば。そういうことすんなり言わないの」
胸の奥に玲菜が言う心配とは別の心配を抱きつつも結月はそれを隠すために顔を赤くし、口をとがらせた。
「事実なのだからしかたないだろう」
玲菜は結月が感じた心配にも、それを隠すために照れて見せたのにも気づかず表情を変えずに答えた。
「だ、だから玲菜ちゃんはぁ……」
その姿に玲菜の玲菜らしさと、先ほどの不安をまた感じながらも、まっすぐに気持ちを伝えてくれる玲菜に不安や心配とは別に自分も玲菜が大好きだということを改めて思うのだった。
連休が明けるときは大体の人間が同じようなことを思う。
前日の夜あたりから徐々に気が重くなり寝る前には朝がこないことを願い、憂鬱な朝を迎えて、しかし学校について友人たちと会うと途端にいつもが始まる。
連休明けに学校へ行く。それは玲菜にとって意識をするようになってからは初めてのことではあったが、特に前日から憂鬱になることはなかったが、玲菜にとっていつもが始まるのは、放課後になってからだった。
洋子は今日文芸部の方に顔を出すということでいないが、休み明けであっても一年生は特にけだるそうな様子もなく、それどころか天音などは休み前よりも活発に練習をしていた。
「ほら、ちゃんとお腹から声だして!」
普段なら玲菜はそれの光景を本に目を通しながら、時折様子をうかがう程度だったが今日は本を手にしてはいるもののほとんどの時間を練習を見ることに費やしていた。
「香里奈、手を抜かない」
声だしに始まり、筋トレや簡単な台本を使っての実技。
やっていることは普段と変わらないが、今日の天音は休み前よりも熱心にかつ楽しそうに見えた。
(まぁ、私が勝手にそう思っているだけかもしれないがな)
玲菜の目から見てもともと天音は指導に手を抜いた記憶はない。だが、それでも今日そう見えるのは、天音を見る玲菜の目が変わったからかもしれない。
この前のデートで玲菜の天音に対する印象はかなり変わっていた。当日に天音にも言ったことだが、当初玲菜は天音のことをそれほど本気でやってくれるとは思っていなかった。
だが、天音の演劇に対する気持ちは、方向性は違うのかもしれないがこの部を作った結月よりもある意味高いものだと知った。
人は主観でしか物事を見ることはできない。
それゆえ、玲菜の目には天音の姿が良く映っていた。
「うぅぅ、部長―、あまねんがいじめるよー」
休憩に入ってすぐ、香里奈がそんなことを言いながら玲菜に近づいてきた。
その大きな体に似合わない高い声で甘えるようにして玲菜の座るソファの後ろに体重をかける。
「いじめているわけではないだろう。お前のためを思ってしていることだ」
もう部長という呼び方を訂正することはなく玲菜は泣きついてきた香里奈をなだめる。
確かに今日、香里奈が天音に注意をされることは多かった。というよりももともと天音を一番怒らせるのは香里奈だった。
香里奈は不真面目というわけではないのだが、玲菜の最初の印象の通り天然かつ、子供であって他のことに興味を囚われてしまい、結果的にそれを天音に注意されることが多かった。
「本番となった時、ちゃんと実力が身についていなかったらその時に恥をかくのはお前だぞ。天音はそうさせたくないだけだよ」
「むー、部長まであまねんの肩を持つー」
「そういうわけではないよ。ただ、天音がお前に厳しくするのは理由があるということを察しろということだ」
「はぁーい」
いくら子供のように思えても高校生なのは間違いなく香里奈もその程度わきまえている。素直に返事をして、同じ一年生たちの輪の中に戻っていった。
結月以外の人間をかばうようなことは玲菜の記憶では初めてであり、それが天音であったことに玲菜自身以外な感じを受けたがそれも特に悪い気はせず休憩中に談笑をする一年生たちを見つめた。
(天音が入ってくれたのは、思わぬ僥倖だったようだな)
そう思う玲菜だったが、同時にあることをも思っていた。
それは、なぜ天音がここへ来たかという理由。
デートに行く前はそんなこと気にもしていなかったが、デートでの天音を思い出すとそれが腑に落ちなかった。
天音のしたいことはきっとこれではないとそう感じさせるほどの熱がデートの日の天音にはあった。
(……………)
再び一年生たちを見つめた玲菜。
今はまだ想像もできない。
しかし数日後、玲菜は意外な形でその理由を知ることになる。